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子カフェ  作者: 絶対完結させるマン
始まりの事件

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3ヶ月前

 その少女との運命の出会いは、横断歩道で信号が青になるのを待っている時だった。


 彼女は赤色のランドセルを背負って、俯いて地面を眺めていた。

 今どき、赤色のランドセルは珍しい。


 私が小学生だった頃は、女子のランドセルは圧倒的に赤が多かったが、昨今は男女共に黒色を選ぶ子が最も多いらしい。

 というか昔と比べて、色のバリエーション自体増えた。赤・黒だけでなく、水色や紫やピンクなど。全体的にカラフルだ。


 この街に小学校は一つしかないが、下校時間に散歩に出ると、様々なカラーの鞄を背負った小さい背中が見える。


 赤は昔の色、という風潮が子どもたちの間であるらしく、何人かの小学生とすれ違っても、赤色を背負っている子は一人もいなかった。


 だからその少女が妙に目についたのだ。また、彼女が首を痛めそうなほど下を向いていたというのも、何となく気になっていた。


 信号が青になり、横断を促す音が鳴る。

 私が一歩踏み出すのと、少女が顔を上げたのはほぼ同時だった。


 瞬間、少女から目が離せなくなった。

 遥だ。

 そう、思った。


 今は亡き夫と私の遺伝子が組み合わされば、こんな娘が産まれるだろうな、と毎日頭の中で思い描いていた顔と瓜二つの少女が、そこにはいた。


 少女がこちらに近づいてくる。心臓がドクンと鳴る。

 少女は、一歩踏み出したまま動かぬ私を不審そうに横目で見やると、横断歩道を渡り切って、そのまま歩き去っていった。


 「待って——」

 そう言った時には、少女はとっくに声の届かない距離を歩いていた。


 だが、背中はハッキリと見える。

 追いかけられる。


 待って、遥。

 お母さんを置いていかないで。


 何かに取り憑かれたように、私は足早に少女の後を追った。

 ようやくその背中が目前に迫ってきた頃、ふいに彼女がある建物の敷地内に入った。


 「あっ……」

 待って、と伸ばした手が、頼りなく宙に浮かぶ。

 少女は振り向くことなく、建物内に入る。


 ここが彼女の——遥そっくりの少女の家なのか?


 首をひねる。それというのも、彼女は自動ドアをくぐっていったからだ。マンションでもない限り、入り口が自動ドアなんて家、そうそうお目にかかれない。


 頭上を仰ぐ。

 一見、何の変哲もない平屋に見える。特筆すべき点と言えば、外壁が黄色というところだろうか。なかなか見ない色だ。


 何かの店なのだろうか。もしくは学童みたいな場所?

 そこまで考えて、あっ、と思い当たる。


 もしかして、怪しい女に追いかけられていることに気づいた少女が、目についた家に逃げ込んだ……とか?


 ああ、どうしよう。怖がらせたかったわけじゃないのに。

 私はただあの子と——。


 「あのー……一名様でいらっしゃいますか?」

 突如かかってきた声に飛び上がる。


 男性が自動ドアの内側に立って、こちらを奇妙な眼差しで見ていた。

 「あ、すみません」

 咄嗟に謝ってしまってから、そうだ問いかけられたのだ、と気づく。


 一名様?

 ということは、やはりこの建物は何らかのお店なのか。


 「すみません。ここは何屋さんなんでしょうか?」

 「え? ああ、ご存知なかったんですね。確かにパッと見じゃ分かりませんよねぇ」


 男性の警戒が解けて、柔らかい雰囲気になる。


 「最近オープンしたばかりなので、認知度も低いでしょうし」

 「そういえば建物が新しそうですね。可愛い見た目ですし、ひょっとしてお菓子屋さんですか?」

 「子カフェですよ」

 「は……」


 口が半開きの状態で固まる。


 子カフェ。

 そこにあの子が入っていったということは——。


 「大丈夫ですか?」

 よほど青ざめた顔をしていたのだろう。男性が心配そうに私の様子を窺う。


 それに何と答えたのかは、よく覚えていない。

 ただ、私は気がついたら自宅にいて、検索エンジンに『子カフェ 近く』と打ち込んでいた。


 何件か出てきた店の名前と外観。ずらっと並んだ写真の中から、黄色い外壁の建物の写真を見つけ、タップする。

 『イエローカフェ』というあまりにも安直すぎる店名は、オーナーが命名したらしい。


 幸福を表す色と言ったら黄色。訪れた人々が幸せな気持ちになれますように、という願いを込めて、この名前をつけたのだという。外壁が黄色いのも、通りかかった人が明るい気分になるのを祈ってのことだと。


 ホームページに載せられているオーナーの言葉は、歯の浮くようなキラキラしたものばかりだった。


 スクロールさせていくと、当カフェに在籍する子どもたちの声、という項目が出てきた。

 私は食い入るように見る。

 はるかちゃん(10歳)という文字に、心臓が止まりそうになる。


 『少し前まで別のお店にいたのですが、そこと比べてみてもイエローカフェは、とても風通しが良いです。正直、この仕事自体辞めようと思っていたんですが、あたたかく受け入れてくれるこの店があったから思い留まったんです』


 さらにスクロールさせていくと、当店最年長のはるかちゃん、というコメントと共に、笑顔のあの子の写真が載せられていた。


 遥。名前まで一緒なんて。

 口元を押さえる。遥の笑顔が瞬く間に歪んで見えなくなっていく。


 ああ。この子は本来、私のところに来るべきだった子だ。

 私のお腹に宿り、私の股から出てくるはずだった。

 何かの間違いで一度流れてしまい、それからまた別の人の元に宿ってしまった私の娘だ——。


 その大切な娘が、あんなところで働かされている。

 あの男は店長だろうか。一発殴ってやるべきだった。

 いやいや駄目だ。そんなことしたら出禁確定。

 遥に近づけなくなる。


 遥に会うには、あそこに客として行くしかない。そのために多少の怒りは抑え付けなければ。

 それに確かめたいこともある。


 『あたたかく受け入れてくれるこの店があったから、思い留まったんです』


 この言葉が本心から出たものなのか、ちゃんと見極めなくてはならない。


 もし本当は嫌でしょうがないのに、無理矢理言わされていた場合は、私が遥を助けなければ。

 翌日。私はまた、あの建物の前に来た。

 自動ドアをくぐり、受付に向かう。


 「いらっしゃいませ。当店のご利用は初めてですか?」

 「はい」

 「ご来店ありがとうございます! では各コースのご説明をしますね」


 どこの店も、大体同じようなシステムのようだ。ネットやテレビなどで見聞きしたコース内容が、説明されていく。

 どのコースを頼むのかは決まっている。


 「できれば10歳くらいの女の子がいいんですけど……いないですかね」

 「ああ、ちょうど10歳の女の子がいますよ! 当店最年長のはるかちゃんという子です」

 「本当ですか? それは良かった」

 「では指名コースでよろしいですか?」

 「はい。よろしくお願いします」


 指名料が上乗せされて、1時間5000円。ちなみに一番安いコースで500円だ。


 「でもお客さん、珍しいですね」

 「はい?」

 「この年頃の子を指名する人、なかなかいないんですよ。どうしても年齢が下の子に指名が集中しちゃって……」


 人気がないのか、遥は。

 少し悲しくなると同時に、安心感が湧く。

 人気なんてない方がいい。可能な限り勝手な大人たちに振り回されないでいてほしい。


 店員が、不思議そうな目で見ているので、私は寂しげに目を伏せて言った。


 「実は娘を事故で亡くしまして……生きていれば今頃は10歳だったんです。亡くなった娘と同い歳の子が笑っているのを見れば、報われるような気がして、初めて子カフェを訪れたんです」

 「そんな事情が……」


 店員が眉を下げ、顔面で「お気の毒に」と語る。

 こう言っておけば、不審に思われることはないだろう。

 「今日は目いっぱい楽しんで下さいね」

 「ありがとうございます」


 この店員は、日々何を考えて働いているのだろうか。

 子どもたちに対して、何を思っているのだろうか。

 こんな仕事してて恥ずかしくないんですか、と言いたいのをグッと我慢して、微笑みを返した。




 「よろしくお願いします」

 遥がペコリと頭を下げると、つむじが一瞬視界に入る。


 指名コースを選んだ客は、店内の奥にある指名客専用のスペースに通される。


 大勢の子どもたちによって騒がしくなっているメインフロアから扉一枚隔てて、5歩ほど廊下を進んでいった先にあるその部屋の中には、今は誰もいなかった。


 「完全に個室ってわけではないんだね。まあ、当然か」


 誰に聞かせるわけでもなく呟く。


 さすがに客と二人きりにするのは危ない。

 部屋といっても、入り口にドアもないので、わずかに幼い子どもの笑い声が耳に入る。


 部屋の広さは学校の教室くらいだった。

 床はフローリングで、一面にタイルカーペットが敷かれている。小さい子どもが座る用の小さい椅子が、部屋の隅に何脚か置かれていて、一つだけある大きな窓から射す陽の光が、椅子に描かれている国民的アニメキャラクターの顔に降り注いでいた。


 大人用の椅子は見当たらない。クッションや座布団はあるから、これを敷いて座れ、ということらしい。


 二つ掴んだクッションの一つを遥に渡すと「ありがとうございます」とまたペコリと頭を下げられる。

 「子カフェに来るのは、初めてだって宮内(みやうち)さん、じゃない。店員さんから聞きましたけど……」


 受付で対応した女性は、宮内というらしい。


 「うん。だからどういう風にするのが正解か、よくわからないんだよね。遥が教えてくれない? 子カフェって場所がどういう感じなのか」

 「うん、いいよ」


 私は粗探しをするように、改めて室内を観察する。


 入り口から見て左側にガラス張りの壁があり、隣の部屋の様子が見えるようになっている。

 隣の部屋には、3台のデスクがあり、そのうちの1台に人がいて、パソコンを扱っていた。


 事務仕事の傍ら、こちらの部屋に問題がないか監視しているのだ。

 これなら客がおかしな行動をした場合、すぐに駆けつけてこられる。


 「大体ここに最大で5・6組くらい入るの。今日は平日の昼前だから、私たちしかいないけど。休日はそのくらい入ってる」


 遥が説明してくれる。


 「なんか、すごいラフな雰囲気だね。ソファーとかテーブルとかがあるのを想像してたけど」

 「基本的に床に座って遊ぶ感じ。私より年下のずっと幼い子と過ごすことを想定されて、作られたスペースだから」


 そうか。小さい子どもは、歩き回ったり転げ回ったりして、ソファーになど大人しく座っていられないだろう。


 窓から近い位置にある棚に、人形や絵本などが仕舞ってある『おもちゃ箱』があるのを見ても、ここは幼児と遊ぶことを想定されて作られた場所なのだと察し得る。


 一面にタイルカーペットが敷かれているのも、納得がいく。

 幼児は床を汚しがちだし、よく転ぶ。洗濯ができて衝撃を受け止めるタイルカーペットは、このスペースに適している。


 『子ども部屋』をうんと広くしたような印象。

 一言でこの場所を表すとすれば、そんなふうだった。

 「娘さん、どっちに似てたの?」

 ボーッとしていると、遥に質問された。


 質問の意味がわからなくて、しばらく考えていると、ああ、宮内という店員から、あの作り話を聞いたのか、と合点する。


 「どっちにもかな。ちょうど私と夫を足して割った顔立ちをしていて……」


 遥の顔を、じいっと見つめながら話す。不躾な視線でジロジロ見られることは慣れているのか、緊張している様子はない。


 「……本当に似ている。奇跡的なくらいに」

 「? 似ていた、じゃなくて?」

 「あっ、そうだね」


 失言を誤魔化すために、新しい話題を振る。


 「学校はどう? 楽しい?」

 「楽しい時もあるし、そうじゃない時もある。……なんかその質問、親みたいだね」


 親なんだよ。本来なら、あなたは私の娘として生まれるはずだった。

 私には今のこの状況が——客としてこの子と向き合っているという状況が、何かの間違いのように思えてならなかった。


 「そういうこと聞いてくるお客さんもいるけど」

 「ああ、いそうだね。世間話の一環として質問してくる人」

 「うん。でもここに来る人は、子どもと世間話がしたいわけではないよね。無垢な子どもが無邪気にはしゃぎ回る姿に癒されに来てるんだ」


 そう言った遥の顔に、一瞬だけ影がさしたのを私は見逃さなかった。

 「……大人が嫌い?」

 「嫌いっていうか。馬鹿だな、って悲しくなる。子どもが純粋な生物だって、信じ込んでいるところとか」


 はあ、とため息を吐く。


 「大人に好かれるために、()()()()()()を必死に演じてる、なんて思ってもいないんだろうな」

 「…………」

 「ごめんなさい。暗い話しちゃって」


 遥はよいしょっ、と立ち上がり、おもちゃ箱の方に寄っていく。


 「もうこんな物で遊ぶような歳じゃないけど……無駄話してるよりかは、お客さん的には楽しめるでしょ」

 「遥……」

 「ダメだね。ちょっと気が緩むとこれなんだから。こんな暗い性格だから、私は人気がないんだよね」

 「遥の性格が悪いなんてことはない。ただその……どうしても小さい子にお客さんが流れていっちゃうのは、しょうがないというか……だからそのままでいいと思う。遥は遥のやりたいようにすればいいよ。醜い大人たちに好かれるために、自分を偽って心をすり減らす必要はない」

 「ふふふ、ありがとう。優しいね、お客さんは」


 振り返って笑顔を見せる遥。その笑みには、どうしたって拭いきれない哀愁が漂っていて、いくら口角を上げても、隠しきることはできなかった。


 「おばさんには、なぜか話したくなっちゃう。なんか安心感があるんだよね。今日初めて会って、ほんの少ししか一緒に過ごしてないのに……不思議だな」


 ドクン、と心臓が高鳴る。

 遥も私に運命を感じているのか。

 私と同様に。

 なら——。


 「お母さんって呼んで、ほしい」


 ふっ、と笑みをもらす遥。


 「わかったよ、お母さん」


 ああ——。

 遥。私の娘。この子は紛れもない私の子どもだ。


 「ありがとう……ありがとう……本当に……生まれてきてくれて、私と出会ってくれて、ありがとう……」


 あなたを見つけられて、良かった。

 あなたのためなら何でもできる。

 あなたに憂いを与える者は、決して許しはしない。

 絶対に何があっても、何をしてでも、私が遥を幸せにしてあげるから。


 この日、私は母親になった。

 我が子のためなら、何も迷わない聖母に——。

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