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子カフェ  作者: 絶対完結させるマン
彼女のこと

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37/123

不理解——大人

 その日の朝、施設の子どもたち全員が体育館に整列させられた。


 私は壇上に上がって、"お別れの挨拶"みたいなことをさせられていた。

 私は体育館の上の方——みんなが立っているのとは全然違う方を、じっと見ていた。


 みんなの目を見つめ返すのが怖かった。

 それに須美ちゃんがどんな顔をしているのか、知りたくなかった。どんな顔をしていたとしても後悔しそうな気がした。


 デカポンの顔も見たくなかった。デカポンと目が合っただけで、立っていられなくなるはずだと確信していた。


 施設から離れて、新しい生活を送っているうちに、デカポンがどんな顔をしていたかなんて思い出せなくなるんだろう。


 でもそれ以外のことも綺麗に忘れられるんだろうか。

 そうなってほしい。そうなってもらわなきゃ困る。


 「今まで本当にありがとうございました。ここで手に入れた色んな思い出は絶対に忘れません」


 思ってもいない言葉にピッタリのやる気のない拍手が返ってくる。

 頭を下げて、ステージ裏に引っ込もうとした時——。


 「はるかちゃん!」


 須美ちゃんが私を見ていた。

 須美ちゃんは泣いていた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を、ステージの上の私に向けて叫ぶ。


 「ありがとう! 私ずっと応援してるから……頑張ってね!」

 「勝手に喋らないで!」


 先生がマイクを手にして叫ぶ。先生は自分が作り出した流れを子どもに邪魔される、ということをとても嫌っていた。

 須美ちゃんもそれはわかっていた。それでも私を励ますことの方を大事にしたんだ。


 体育館に白けた空気が流れる。

 罰としてあとで廊下を雑巾掛けしなさい、と先生に言われた須美ちゃんに、ざまあ、と誰かがつぶやいた。




 少ない荷物を持ってグラウンドに出ると、門のところで宇佐さんたちが待っていた。

 これからは、お母さんお父さん、と呼ばなければ。


 「はるかちゃーん!」

 後ろから声がする。

 ゆっくりと振り返ると、須美ちゃんがそこにいた。


 「これっ! もらって!」

 そう言って渡されたのは、大人の手のひらに収まるほどのサイズのテディベアだった。


 このテディベアは、須美ちゃんの"妹"だった。

 お母さんと離れ離れになる前の日に、お出かけ先で買ってもらった大切な宝物なんだと前に話してくれた。


 「この子を妹だと思うの。私はお姉ちゃんだから強いんだ。私はこの子の面倒を見なきゃいけないから、辛いことにも耐えられる」


 お母さんに買ってもらったぬいぐるみを家族と思うことで、須美ちゃんは嫌なことを乗り越えてきた。

 須美ちゃんにとってそのテディベアは、けして手放してはいけないお守りだった。

 それを私にあげる?


 「ダメだよ! 須美ちゃんのなんだから私にあげちゃダメ!」


 勢いよく突き返すけれど、須美ちゃんはそれ以上の勢いで押し付けてくる。


 「イヤだ、はるかちゃんに持っていてほしいの! お願いお願い!」

 「なんで——なんでなの? だって私……私は……」

 「だってはるかちゃんに忘れてほしくない!」


 その言葉に、グサっと心臓を刺されたようになる。


 「このままじゃ、はるかちゃんは私のことなんて忘れちゃうじゃん! お母さんとお父さんが見つかって、これから友達もたくさんできるだろうし……これを持ってれば私のこと忘れたりしないって思ったの!」


 須美ちゃんは、地団駄踏んで泣き叫んでいた。私がぬいぐるみを受け取らなければ、死んでしまいそうな勢いだった。


 「絶対に受け取って! 忘れないで……私のこと絶対に覚えてて!」


 須美ちゃんが、今度は封筒を渡してきた。

 テディベアと封筒をすごい力で押し付けてくるから、もう少しで後ろに転びそうになった。


 「わかった。受け取るよ」

 私が受け取ったのを確かめると、宇佐さんが、

 「終わった?」

 と訊いてきた。


 その声があまりにどうでもよさそうな冷たい声だったから、ビックリする。


 今のって、人が見たら結構感動する場面じゃなかった?


 離れていく友達に、一番のお気に入りのぬいぐるみを渡して「私のことずっと覚えててね」と言う子ども。


 なんていじらしいんだろう、とジーンとくるのが普通じゃないのか。


 「まだかかるの?」

 「あ……いや……だいじょうぶ」

 「じゃあ早く行きましょう。結構待ってたから足が疲れちゃった」

 「うん。……須美ちゃん、バイバイ」


 力なく手を振って、やっとそれだけを言う。


 「また会おうね」


 須美ちゃんがそう返した時には、私はもう宇佐さんに手を引かれて、歩き出していた。

 本気で言ってるわけじゃないだろう。お別れの挨拶みたいなもの。


 だってどうやってまた会うんだ。私はもう絶対にここには来ないし、これから先どうなるかなんてわからない。

 ひょっとしたら引っ越して、県外に行っちゃうかもしれないし……須美ちゃんにも新しい家族が見つかったら、私のことなんてどうでもよくなる。


 大人になったら、須美ちゃんだって私のことを忘れる。

 だから私が須美ちゃんのことを忘れても別にいいはず……。




 私の新しい家は、歩いていればよく見かけるタイプのごく普通の一軒家で、だからこそ私にはすごく良い家に思えた。


 トイレ、洗面所、お風呂、というふうに家の中を紹介されて、お母さんとお父さんの寝室に通される。


 「何か困ったことがあったら、ここのドアをノックしてね。ノックなしにいきなり入られるとビックリするから、必ずノックして。私たちがドアを開けるまで立って待ってるんだよ」


 困ったこと以外では、あまり呼び出したりしないようにとも言われた。

 私をあまりこの部屋に入れたくないんだな、と伝わってきて、少し胸がチクっとした。


 「ここがはるかの部屋だよ」

 そこは、家の中で一番北側にあるひんやりした場所だった。


 お日様はちょっとしか当たらなそうだな。まあでも夏とかは涼しくていいかも?


 部屋の中には、折りたたみ式のちっぽけな机と無地の座布団、プラスチックの本棚とタンスがあって、隅の方に布団が畳んであった。

 必要そうな物しかないから、何だか面白みのない部屋だった。


 「布団は自分で敷いたり畳んだりできるよね?」

 「うん」

 「じゃあ朝起きたら、布団畳んでから部屋を出てね。テーブルの上に目覚まし時計あるでしょ? あれ使ってちゃんと自分で起きてね。じゃあゆっくりしてて」

 「え……」


 行ってしまった。

 もっとこう……何かないのか。そっちが私を引き取りたいと言ったんじゃないの?


 これからよろしくね、すらも言われていない。というか、施設からこの家までの道のりの最中、二人が笑っているところを一度も見ていない。


 明日になれば、二人の雰囲気も変わっているかな……と気分を切り替えて、私はさっそくカバンの中身を取り出す。


 須美ちゃんから渡された封筒の中身を確かめると、そこには黒い小型の機械が入っていた。

 見たことがある。確かパソコンに差すやつだ。


 私は、二人に頼んでパソコンを貸してもらった。簡単な操作方法を教わった後、一人にしてもらう。


 画面に映し出されたのは動画だった。

 ボタンを押して再生する。


 『はるかちゃん。親になってくれる人見つかったんだよね、おめでとう』


 画面の中の須美ちゃんが話し出す。


 『ビデオレターっていうのがあるって聞いて、はるかちゃんに渡したいって思ったんだ。だから先生に頼んで作ってもらった』


 須美ちゃんの背後に見える壁紙から、施設の一室で撮ったものだとわかった。


 『あっ、でも撮り終わるまでの間、先生には別の部屋に行ってもらうことにしたから。ちゃんと撮れてるかどうかも自分で確認するって言ったから、今から話すことははるかちゃんと私しか知らない』


 その念入りな口調からは、絶対に他人には聞かせたくない、という思いが浮かんでいる。


 『私はいじめっ子に殴られたり、コソコソ悪口を言われたりするよりも、大人に見放されることの方がずっと怖いの』


 そこから私は、一気に引き込まれていった。


 『だから、そんな子だとは思わなかった、って言われたとき、世界が終わったみたいに感じた。

 もう二度とあれはやっちゃいけないんだって思った。だけどどうしても我慢できなくて。どうしてもまたやりたくなっちゃうの。あれをやるたびに今度はやめなきゃって思ってた。

 でも無理なの。気持ちいいし、なんか落ち着くんだもん。先生に悪いって思っててもやめられなかった。それにずっとやってないと、一日中そういうことばっかり考えちゃって、考えるのをやめられないの。

 だから、みんなが寝てからこっそりやるようになった。絶対に誰も起こさないように息を抑えて。

 でもはるかちゃんに見つかっちゃった。

 でもはるかちゃんは、先生みたいに大慌てしたり、怒ったりしなかった。

 私がなにをやってるのか気になるだけ、って感じだったから、私もホッとして話しちゃった。

 全部聞いても、はるかちゃんは私を嫌ったりしなかった。

 すごくうれしかった。

 だから、はるかちゃんが知りたいなら、なんでも教えてあげたいって思ったの。

 はるかちゃんは私のことをおかしいって言ったり、からかったりしなかったから、すごく安心した。

 一緒にマンガを読みにいったの楽しかった。

 私の遊びにつき合ってくれて、ありがとうね。

 やめなさい、って言われたのにこっそりとアレをやっていることも、はるかちゃんとやってた遊びのことも、先生に全部バレちゃった。

 でもはるかちゃんのせいじゃないよ。デカポンに脅されてたんじゃ仕方ないよ。私だって言っちゃってたと思う。

 だから気にしないでね。

 先生にはたくさん怒られた。やっちゃダメ、って言われてたのにやってた私が悪いんだけど、なんでやっちゃダメなのかはやっぱり全然わからない。

 先生は絶対に教えてくれないし。わかってるのになんで教えないんだろうね。

 私のなにがいけなかったのかな。

 たぶん大人になればわかるんだと思う。

 このあいだ、先生たちが私のことを話してるのを、たまたま聞いちゃったの。

 あんな小さい子が、もう目覚めてるなんて。

 気持ち悪い。子どものくせして。

 他の子が影響されたら困りますよ。よけいな心配増やさないでほしい。

 大体そんなことを言ってた。

 子どものくせにいやらしい。

 先生たちは、みんなそう思っているんだって。私のことを気持ち悪いって。

 私が好きだと思っていたことは、子どもらしくなくて、子どもがしていいことじゃなかった。

 大人がやるのは別によくて、子どもがやれば犯罪みたいなものなんだろうね。

 ごめんねはるかちゃん。私、はるかちゃんを悪い遊びに巻き込んでたんだね。

 私の遊びにつき合わされたせいで、はるかちゃんまで先生や他の子たちに、悪いことをする子みたいに思われてるんじゃないか……って心配だった。

 デカポンに目をつけられてることも知ってたし……はるかちゃんのことがとにかく心配だった。私のせいではるかちゃんが辛い思いしてたらどうしようって。

 もしはるかちゃんが辛くて耐えられないなら、私が力になるしかない。私なんかじゃ何もできないし、話を聞くくらいしかできないけど……でも私は、それではるかちゃんに助けられたから。

 だから今度は、私がはるかちゃんのためにお話を聞けたらな、って必死だった。はるかちゃんに話しかけて、大丈夫かどうか聞きたかった。

 何回も話しかけようとしたんだけど、いつもうまくいかなくて、結局なんの役にも立てなかったよね。

 はるかちゃんと友だちになれて、ホントによかった。わたしと仲良くなってくれてホントにありがとう。はるかちゃんのおかげで毎日楽しかった。

 長くなっちゃってごめんね。

 はるかちゃんに知っておいてもらいたかったの。

 私がはるかちゃんに受け入れてもらえて、すごくうれしかったこととか、先生たちがたくさん私の悪口を言ってるのを聞いちゃって悲しかったこととか。

 私は、先生たちの話を聞いちゃった日から、一回もあれをやってない。できないの。

 先生たちが私のことを気持ち悪い、って言ってたのを思い出しちゃって、私も私のことを気持ち悪いって感じちゃうの。

 それに、もし他の子に見られちゃったら……っていう怖さも、前よりずっと強くなってた。

 だからもうできない。先生たちは喜ぶと思う。

 私が子どもらしくしていれば、先生たちは喜んでくれる。

 大人が言う子どもらしいって何だと思う?

 子どもの私たちにはわかんないよね。

 ホントに長くなっちゃってごめんね。それ以外のことも全部ごめんね。

 はるかちゃんの力になりたかったんだけど、迷惑だったよね。

 ごめんね。

 はるかちゃん、大好きだよ。

 今までありがとう。

 夢、叶ってよかったね。おめでとう。幸せになってね。

 最後にお願い。

 私のこと忘れないでほしい。はるかちゃんに覚えててほしい。私も絶対にはるかちゃんのこと忘れないから。

 覚えてれば、また会えると思うんだ。きっと。

 またね、はるかちゃん。

 ずっと友だちでいてね。

 くまのぬいぐるみあげるから。それを私だと思って大切にしてね。……じゃあね』


 須美ちゃんが画面から消える。隣の部屋にでも待機していた先生に、終わったことを伝えに行ったのだろう。


 動画が終わってからも、私はパソコンを閉じることができなかった。

 雷にでも打たれたような衝撃で体が動かせなかった。


 垂れてきた涙と鼻水が入ってきて、口の中がしょっぱい味でいっぱいになる。


 「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 蚊の鳴くような声で繰り返す。

 謝らなきゃいけないことがたくさんあった。


 須美ちゃんは、私に何度も話しかけようとしていた。

 それを私は、須美ちゃんは私を責めようとしているんだ、と思い込んで無視した。

 何十回も無視した。

 須美ちゃんがどんな表情をしているかなんて、見ていなかった。


 きっと私を睨みつけているんだろうと思って、見ようともしなかった。

 でも、須美ちゃんはひたすらに私を気遣ってくれていた。酷いことをした友達をそれでも心配していた。自分の方が大変なのに。


 私の想像よりもずっと、須美ちゃんはいい子だった。心の優しい友達思いの子だった。

 私の心が汚れているから、須美ちゃんを疑ってしまった。


 私は須美ちゃんを忘れる気まんまんだった。


 須美ちゃんとの思い出が、楽しかったものまで全部苦しいものに変わって、思い出すのも辛くなって——だから楽になりたいと思った。須美ちゃんの存在自体を忘れて、新しい生活のことだけを考えようとした。


 あそこで起こった色んなことは全て忘れて、これからは楽しいことだけを考えよう、と気持ちを切り替えようとしていた。


 もし私が須美ちゃんだったら——置いていかれる側だったら、とても耐えられない。


 ——このままじゃ、はるかちゃんは私のことなんて忘れちゃうじゃん!

 ——忘れないで……私のこと絶対に覚えてて!


 あの場所から離れて、新しい親のところで満ち足りた日々を送るうちに、古い友達のことなんて忘れてしまう。


 テディベアを穴が空くほど見つめる。須美ちゃんの必死な思いそのもののようなテディベアを。


 須美ちゃんという友達がいたことを忘れない。

 忘れちゃダメだ。


 また会おうね、か……。

 会えたとして、私は須美ちゃんの目を見れるんだろうか。

 須美ちゃんに会うのが怖い。

 もし顔を合わせたら、死んでしまいそうな気がした。


 でも会えた時は——全力で謝ろう。土下座して謝るんだ。許してもらわなくていいから。


 それまで絶対に須美ちゃんのことを覚えていよう。

 このテディベアをずっと大切に持っていよう。須美ちゃんの分身みたいなこのぬいぐるみを。

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