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子カフェ  作者: 絶対完結させるマン
彼女のこと

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25/123

自分だけの親がほしい

 物心つく前から、私には親というものがいなかった。

 生後何ヶ月とか、その時点でもう私の()は児童養護施設で、私は大勢の人間に囲まれて育った。


 まともな“自分の家庭"がある子どもたち全員に訊いてみたい。

 24時間、学校みたいな場所で過ごすのってどう思う? と。


 常にクラスメイトと一緒、と考えてみてほしい。

 最初は修学旅行気分で楽しめるかもしれないけど、集団生活は——大勢の他人と同じ空気を吸う、という生活はかなり気を張る。常に教室の中にいるみたいで息がしづらい。


 学校から帰れば、"自分の家庭"が待っている子は、()()()()()()()()として扱われたりしない。

 どんな子どもも、その家庭にとって唯一の存在で、親にとって特別な子どもなんだ。


 家庭によって、親との間に様々な問題を抱えていたり、悩みは色々あるだろうけど、こっちからすれば、自分だけの親がいて独自の関係を築いている、というだけでも"与えられた存在"に見える。


 私にはないものを持っている。私には生まれた時から親がいなかったのに、他の多くの子どもたちには親がいる。


 不平不満を言いつつも、本気で家を出ようとはつゆほども思わない。そもそも"離れ離れになって生きる"という考えが、頭から抜けている。

 親は当たり前にそばにいるもので、一緒に生きる以外の現実は存在しないかのように思っている。心の底から信じきっている。


 私は、その感覚が羨ましくてたまらない。"親子"という関係をずっと続けてきた子の感覚を、手に入れたくてしょうがない。

 決して手に入れられないとわかっていても、焦がれてしまう。


 私を引き取ってくれる大人なんているわけないからだ。

 私が人に好かれるわけがない。




 学校の先生や施設の先生——周りの大人たちは、私のことを「大人っぽい」とか「落ち着いている」とか言う。

 その言葉がネガティブな意味で使われていることを、私は知っている。


 学校で隣の席の人の良いところを書いてみよう、みたいな授業の時も、私は隣の席の子に「いつもれいせいで大人っぽいです」と書かれた。

 私のことをまったく知らないなりに、頑張って書いたのだと伝わってきた。


 思わず苦笑いすると、近くの席の子たちに「吉野(よしの)さんが笑った!?」と騒がれてしまった。


 褒められたことが嬉しくて笑ったのだと、周囲には勘違いされた。


 冷静で大人っぽい?

 ちょっとしたことで心が乱れてしまう、頼りない私が?

 大人っぽいも嘘だ。


 むしろ赤ん坊に近い。私はクラスの子たちよりもずっと幼稚な7歳児だ。


 クラスの子たちは、日曜日の朝にやっているアニメや、宿題のことや、誰々君が好きとか何々ちゃんが嫌い、みたいな話をする。


 でも一番は、やっぱり家族の話だ。

 うちのママがさー。パパがこの前……。お姉ちゃんが酷いんだよ。弟と昨日ね——。


 耳をすまさなくても、聞こえてくる家族に関する話。


 通信簿で3の数が増えたから褒められたんだ、とか、テストで100点取れたからケーキ買ってもらえたの、みたいな話が聞こえてきた時は、誰もいないベランダを一心に見つめてやり過ごした。


 自分だけの大人がいて、その大人から特別扱いされるクラスメイトたちが、羨ましくて妬ましくてならなかった。


 施設では『全員が楽しく過ごせるように』という決まりに従わなければならない。

 だから、誰か一人を特別扱いすることなんてないのだ。

 そんなことしてはいけない。


 みんな平等に。どんな些細なものでも、一人一人の取り分がきっちり決められていて、不公平が生まれないようになっている。


 そのやり方は間違っていない。そうしなければ大変なことになると、小学一年生の私にだってわかる。


 ちゃんとした家族がいる子が普段貰っているものを望んでしまえば、すぐさま大喧嘩が始まるんだって。

 喧嘩にならないためには、そこで暮らすどんな子どもたちにも、同じふうに接するしかないんだって。


 施設で暮らしている子たちは、自分だけのために何かをしてもらう、という経験を積んでいない。

 私みたいに、生まれた時からずっとそこで暮らしている子は、本当に一回もそういう経験がない。


 生まれた時からその状態なら、それを辛いとも思わないんじゃないか——私も3歳とか4歳ぐらいの頃は、自分の生活が当たり前だと思っていた。みんな同じように生きているのだと。


 でも、幼稚園に通うようになってから、少しずつ気づき始めてきた。自分が他とは違うのだと。

 みんなにはあるものが、私にはないのだと。


 そして、小学校に上がった頃には、私はハッキリと自分が周りとは違うのだとわかっていた。


 入学式が終わってからも、お母さんとお父さんが恋しくて泣いている子が何人かいた。

 家族から切り離されて、我慢やルールだらけの教室に放り込まれて、一人で心細くて泣いている子が——そんな子たちと比べると、私はとても落ち着いていた。まるで何年も学校にいるみたいに。


 一人だけ6年生のような顔をして、自分の席に座って先生の話を聞いていた。


 私は、学校って施設に似てるんだな、と考えていた。

 たくさんの子どもを何人かの大人が見ていて、叱ったり宥めたりしている。


 むしろ、学校の方が静かで居心地が良かった。

 私のいる施設では、急に泣き出したり、先生を怒らせるようなことをする問題児がたくさんいて、いつも騒がしかった。いつもどこかしらでトラブルが起こっていた。


 学校でも先生の言うことを聞かないで、おしゃべりをやめなかったり、泣いちゃったりする子がいるけど、施設の子たちみたいな不安定さはない。


 施設の子たちが泣いている姿は、何だか見ているだけでぞわぞわしてくる。泣いている子が今にも死んでしまうのでは、という不安が生まれてくる。

 そんな不安を追い払うために、私もその子と一緒になって、いつまでも泣き喚いていたいと——そんなふうな気分にさせられてしまう。


 私よりも、クラスの子たちの方がよっぽど大人っぽいと思う。

 メンタルが安定しているというか——多分、絶対的な安心感があるからだろうな。帰ったら自分の居場所があって、無条件に自分を愛してくれる親がいて。


 そんな環境でずっと育ってきたのなら、落ち着いた様子なのも頷ける。


 クラスメイトたちは、みんな自分が特別な存在だと思っている。

 自覚してはいないだろうけど、そういう意識を持って生きていることは間違いない。


 "ちゃんとした家庭"で育った子どもはみんな、どこかで自分は選ばれた存在で、周りに愛されるために生まれてきたのだ、と思っているのだと私は感じている。


 親に愛されて育ってきた人と、そうでない人。見ている世界はまったく違う。


 私にとって、楽しそうに家族のことを話すクラスメイトたちは、宇宙人だった。

 向こうからすれば、私の方が話の通じない宇宙人なんだろうけど。


 私も、あの子たちみたいな圧倒的な自信がほしい。

 私も、自分だけを愛してくれる大人がほしかった。あなたは特別なんだよ、と言葉でも態度でも示してくれる親がほしかった。


 私の——我が子のためなら、何だってやってしまえるような親をずっと待っている。

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