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子カフェ  作者: 絶対完結させるマン
私小説

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21/123

真相

 悲しい出来事は、これで終わりではなかった。

 むしろここからが、悲劇の始まりだったのだ。


 学校にも行かなくなったわたしは、ある日家を出たお母さんの後を、つけてみることにした。

 どうしてそんなことをしようと思ったのかは、わからない。もしかしたら、心の隅に疑心があったのかもしれない。それとも本当に気まぐれで、退屈しのぎでしかなかったのか。


 とにかくわたしは、仕事に出かけるお母さんのあとを、こっそりとつけていった。

 お母さんは、家から徒歩5分のところにあるスーパーで働いていた。


 やがて、お母さんの勤務先であるスーパーが見えてきた。

 しかし、お母さんはそこを通り過ぎていった。


 え、と思ってスーパーとお母さんを交互に見やるが、お母さんはそんな場所には縁はない、とでも言うようにスタスタと歩き続ける。

 狐につままれたようだったが、とりあえず尾行を続行する。


 どこに行くの、お母さん。

 職場はあそこじゃない。通り過ぎちゃったけど、一体どうしたの。


 嫌な予感が心を支配していた。

 大丈夫、大丈夫——。

 何を心配しているのかわからなかったが、わたしは何度も大丈夫、と催眠術のように囁いていた。


 お母さんの足取りには、迷いがなかった。わたしが子カフェに行っていた時のように、通いなれた道を進んでいる感じだった。


 やがて、あるマンションのエントランスへと、母は入っていった。まるで自宅のような気やすさで。

 そのマンションは2階建てで、さほど立派ではない佇まいだった。


 わたしはピンとくる。

 さては彼氏か。いつからかは知らないが、彼氏の部屋に通っていたのだな、と。

 お母さんに恋人がいるとは、予想だにしていなかった。少なくともそんな気配は感じなかった。

 しかし、不思議なことではない。


 親だって恋愛くらいする。

 わたしは、お母さんに恋人がいるからといって、嫌な気分になったりはしない。むしろお母さんに春が来たのを喜ばしく思う。


 わたしに遠慮して、隠れて恋人に会っていたんだとすれば、そんな気遣いは不要だった。堂々と言ってくれれば良かったのに。


 胸を撫で下ろして、来た道を引き返そうとしたその時——。


 「春奈さん!」

 母の名前を呼ぶ男の声に、動きが止まった。


 「理音(りおん)君! 会いたかったよお〜」

 初めて聴く甘ったるい声に、一瞬耳を疑う。

 お母さん、こんな声出せるんだ。知らなかった。


 気になって思わず振り返ってしまう。

 お母さんと“理音君“とやらは、エントランスで抱き合っていた。


 わたしからはお母さんの背中と、彼氏の顔面しか見えない。

 理音君は、想像していたよりずっと若々しかった。お母さんの恋人にしては、若すぎるような……。いや、カップルも色々だけど……。


 彼は、高校生だと言われても信じてしまいそうなほどだった。

 良く言えば若々しい。悪く言えば子どもっぽい。

 お母さんは、ああいう幼い感じの男の人がタイプなのかな……。


 抱擁がすみ、お母さんがカバンから何かを取り出した。


 「はい、持ってきたよ」


 男がいつも本当にありがとう、と深々と頭を下げて、差し出された封筒を受け取る。

 胸がザワザワした。目の前で展開されるシーンを、信じられない気持ちで眺める。


 二人がエントランスから消えた後も、しばらくはその場から動けなかった。




 来た道を戻っていき、お母さんが働くスーパーに入った。

 目についた店員に、声をかける。

 娘だということを説明して、お母さんのことを尋ねると、店員は「ああ、あの人」とつぶやいた。


 「2ヶ月前に辞めちゃった人。まあ、働き始めた頃から、不真面目な勤務態度だったから、そんな驚かなかったけど……娘さんがいたとは知らなかったわ」

 「……え?」


 お母さんがスーパーでの仕事を辞めた? 2ヶ月も前に?

 わたしはただ、お母さんの彼氏について、職場の人が何か知っていないか、ちょっと訊いてみるつもりでいたのに。思いもしない情報が出てきて、面食らう。


 店員にお礼を言って、スーパーから出る。

 嫌な予感は、誤りではなかった。

 再び、マンションへと向かう。お母さんと男がいる場所に。




 ちょうどエントランスに住人がいたので、声をかけてみた。

 このマンションに、二十代前半くらいの若い男性が住んでいるはずだが知らないか、という質問に住人は、

 「二十代の男なら、ここには一人しかいないよ。2階の角部屋に住んでる」

 と答えてくれた。


 わたしは2階の角部屋に行き、インターホンを押す。

 「今手が離せないから、春奈さん出て〜!」


 そう言う男の声が聞こえて、わたしはその場から全力でダッシュして逃げようかどうか、とんでもなく迷った。

 しかし、結局わたしは動かずに、お母さんを出迎えた。


 お母さんは、ドアノブを掴んだまま固まっていた。

 なんでここにいるの、という戸惑いが顔面全体に浮かぶが、別に致命傷を負ったわけではないことに気づくと、首を傾げてみせた。


 「明奈? どうしてお母さんの後をつけたりなんかしたの?」


 その口調に怒りは滲んでいなかった。

 むしろ、春太が死んでからは見せることのなかった優しい表情に、鳥肌が立つ。

 途中で声をかけてくれれば良かったのに、とお母さんは苦笑いする。


 「仕事辞めたんだね。なんで言ってくれなかったの」


 そう言うと、お母さんの表情が固まった。


 「あ、ああ……。すぐに言おうと思ってたんだよ? だってスーパーを辞めたの、つい最近だもの。ちょっと言い忘れてただけじゃない」

 「2ヶ月前に辞めたって、店員さんは言ってたけど」


 返答に窮するお母さん。

 適当な嘘だ。なぜわたしが仕事を辞めたという情報を知り得たのか。考えられる可能性は限られているのに。

 そんなすぐにバレる嘘をついて……。わたしを馬鹿にしているのだろうか。わたしなんか、適当に言いくるめられると思ってるのか。

 そんな詰めの甘い嘘で……。


 「春奈さん、どうしたのー?」

 男の怪訝そうな声がする。


 「あ……あ、明奈。とりあえず家に帰りなさい。帰ったら、ちゃんと説明するから……」

 「本当に? わたしのお金を若い恋人に流してたことについて、ちゃんと説明してくれる?」

 「な……何を言ってるの! 酷いわ明奈。親に向かってそんな根も葉もないことを……」

 「見たんだよ!」


 とぼけるな、と足を踏み鳴らす。

 その音に部屋にいた男が反応し、何だ何だと駆けつけてくる。


 「春奈さん、この子誰? 知り合い? ご近所さんの子どもとか?」

 「娘です」

 「えっ」

 「明奈!」

 「…………。春奈さん、子どもがいたんだね」

 「ちがっ、違うの。ねえ、話を聞いて。理音君……」


 子どもがいることを隠して、お母さんは彼と付き合っていたのか。

 最近ようやく成人しました、という風貌の青年に縋り付くお母さんは気持ち悪くて、見ていて情けなくなった。


 「俺さ、言ったよね」

 “理音君“の顔が、不快そうに歪む。

 彼は忌々しそうにわたしを見下ろし、お母さんに詰め寄った。


 「子ども大嫌いなんだって。だから、子持ちとは絶対に結婚できないって。私子どもいないから大丈夫、って言ってたから付き合ったのに……ずっと嘘ついてたんだ」

 「ごめんなさい。でも付き合ってくうちに、気が変わるかもって思ったの」

 「変わらないよ。人の信念とか性質は、そう簡単には変わらない。なんで女の人ってそうなんだ。相手が変わることを期待して付き合うんだ。いつか自分の理想の男になってくれるって思い込めるんだ。一人の人間を丸ごと変えてしまうなんて、そんな偉大な力が自分にはあるとでも思っているのか……」


 そう言って彼は、悲しげに目を伏せた。

 彼氏の言葉を聞いたお母さんは、私は今すごく傷つけられました、みたいな顔をしていた。ショックで何も言えずに、涙だけがポロポロと流れ落ちている。


 「ごめん、帰って」

 「ちょっ、ちょっと待ってよ。理音君!」

 「もう家にも来ないで。早くこの子を連れて、自分の家に帰りなよ」

 「やっ、やだ! やだよ、帰りたくないよ。お願い。お願いだから別れないで……。泊めて。私を泊めてってよ。理音君……」

 「もう無理だから! 小学生の子どもがいるのに、家に帰らないで彼氏の家にベッタリなんて……あなたはどういう神経してるんだ! 可哀想とか、少しも思わないのか!」


 バタン、と目の前でドアが閉まる。

 閉め出されたお母さんは、現実が受け入れられないらしく、しばらくは、「ねえ、嘘だよね?」とか何とか言って、ドアの向こうの彼に話しかけていたが、やがて膝から崩れ落ちた。


 「……お母さん」

 わたしはやっとのことで、それだけ言えた。

 何か言わなくちゃ、と思って出た呼びかけに、追随する言葉は出てこなかった。


 お母さんの肩がピクリと動き、すぐに体全体がワナワナと震えてくる。


 「……なんて子なの!」

 ワッと両手で顔を覆って泣き出す。子どもみたいに。


 「お母さんの幸せの邪魔をするなんて! 産んでやった恩を忘れたの!? 今こうして存在してられるのは、誰のおかげだと思ってるの!」


 ワーワーと喚き立てる姿を見下ろして、これがわたしの母親なのか? と冷めた気持ちで思った。

 こんな人間に、ずっと搾取されてきたんだ。

 こんな汚い人間のために、ずっとあの仕事をやっていたのか。


 母への愛情はこの瞬間、彼方へと押し流されてしまった。

 今のわたしには、憎しみがあるだけだった。


 母親を置いて、わたしは帰宅した。

 行く当てのなくなった彼女は、ここに帰ってくるはずだ。


 たっぷりと問い詰めよう。

 わたしが稼いだ金の本当の使い道を。

 通帳も見せてもらおう。

 言葉がいかに信用できないのかは、いい加減身に沁みた。

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