12歳に
春太が死んだ。わたしの弟が死んだ。
この世の楽しみも苦しみもわからないまま死んだ。ろくに人生を体験できないまま、学校にも通えないまま——。
春太の人生とは、何だったのだろう。
わたしは葬式の時も、ずっとそんなことを考えていた。
春太の死の原因について、お母さんは言葉少なにではあるが、語ってくれた。
春太は、食中毒で死んだのだという。
公園内に、海苔巻きが入ったフードパックが落ちていた。いつのものだかわからない、誰が持ってきたのかもわからないものだ。春太は、それを拾い食いしてしまったのだということだった。
「お医者さんが、食中毒だって言ってたの。腐ったマグロをたくさん食べてしまったんだって……」
声を詰まらせながら、お母さんは言った。
入れ物に入っているから、大丈夫だと思ったんだろう。落ちてるものを食べちゃいけないよ、とは言い聞かせていたけれど……。
パックに入っているんだから、“拾い食い“のうちには入らない。
春太は、そう思ったのかもしれない。
しかもあの時の春太は、お腹を空かせていた。白米にふりかけをかけただけの食事が、何日も続いていた。
ご馳走を見つけて、舞い上がるのも無理はない。我慢できずにバクバクと食べてしまうのも。
わたしが意地悪しようと思わなければ。ちゃんとご飯を作って食べさせていれば。
春太は死なずに済んだだろうに……。
誰が悪いのか、と言えば、それはわたし一人しかいないのだった。公園に海苔巻きを捨てた人も少しは悪いと言えるのかもしれないが、それでもわたしが、わたし一人だけが圧倒的に戦犯だった。
というかわたしが、『絶対に絶対に公園から出ないで』と約束させたのが、一番春太を追いやったことなんだろう。
約束を破ったら、もう二度と遊んでもらえない、という恐怖を植え付けてしまった。
何があっても絶対にここを動かない。公園から出ないで待っている、と春太の意思を固めてしまった。
春太は、懸命に約束を守ろうとしたのだ。再びわたしと笑い合うために。激しい食中毒の症状に見舞われても、わたしとの約束を優先した——。
「うっ……!」
トイレに駆け込み、胃の中をぶちまける。
全て出しても、消えない吐き気。
春太はこれよりも、もっと苦しかったんだ。
これほどのクズが存在するだろうか。そこらの犯罪者よりもわたしの方がよほど罪深く、醜悪じゃないか。
どうしてわたしが裁かれないのだろう。わたしが殺人者として断罪されないなんて——そんな世界おかしい。
葬式に来た人や病院の人などは、皆わたしのことをいたわってくれた。
明奈ちゃんのせいじゃないよ。あまり自分を責めないで、と。
わたしのせいじゃない? そんなわけない。悪いのはわたしだけで、春太の死に関してはわたし一人に全ての責任があるのだ。
わたしが春太を殺したんだ。
ほかに悪い人などいない。わたしだけが——。
お母さんとは、あの日からあまり口をきいていない。
お母さんは、わたしを責めた。事の真相を知ったお母さんは、わたしを怒鳴りつけ、罵倒し、何てことをしてくれたのだと、顔を覆って泣いた。
当然の反応に、心が痛めつけられると共に、安堵感を抱いた。
もっと責めてくれ。そうされて当たり前なんだから。
もっとわたしを罰してほしい。
お母さんが口を開く時は、もっぱらわたしを罵る時に限られていた。
わたしはお母さんの口からわたしを責める言葉が出てくるのを、悲しみながらもどこかで喜ばしく思っていた。
しかし、喜んでいる自分を自覚して、その度に自分に失望するのだった。
わたしは罵倒されることで、心を楽にしているからだ。
結局わたしは、自分が楽になりたいだけで、本当にただそれだけしか考えていない浅ましい人間だと、思い知らされた。
お母さんは、本心ではわたしを責めたくないと思っているはずだ。ただでさえ後悔に苛まれている娘に、こんなことを言いたいわけじゃない。抑えたいのに……と張り裂けそうな思いでいっぱいのはずだ。
わたしは本来であれば、お母さんにそんなことを言わせてしまったことに、責任を感じるべきだった。春太にしてしまったことだけでなく、お母さんに悲しみを背負わせてしまったことに関しても、償いたい、と思わなければならなかった。
もちろんお母さんに対しても、申し訳なさと償いたいという気持ちは、持っていた。
しかし、愛している娘に罵詈雑言を浴びせたい親が、どこにいようか。
お母さんの気が済むなら——とその時のわたしは考えていたが、これも結局、わたしが抱えている罪悪感を軽減させるための卑劣な考えだった。
美しい自己犠牲精神などかけらもなく、わたしはひたすら自分を楽にするために、むしろお母さんを利用したのだった。正しい償いの方法ではなかった。
様々な言葉、様々な言い回しで『あなたのせいだからね』と言われるたび、わたしは胸が散り散りになるようだった。
悲しみの後に、また一つ許されたような安堵感がやって来る。そして次は、浅ましくも安心している自分への嫌悪が襲ってくる。
悲しみと喜び。たくさんの相反する感情が、胸の内で激しく波打っていた。おびただしい心の揺れ動きに悶え苦しみ、発狂しそうだった。
これから先、どうなってしまうのか。
この苦しみから逃れられるのなら、わたしは死んでもいいと思った。死んだ方がよほど天国だと。
でも、そんなの許されない。わたしは決して楽になってはいけない。
大罪を犯したわたしは、自分の欲望を優先させてはいけない。
あんなに純朴で、あんなに愛らしくて、あんなに慕ってくれた弟を殺したわたしは、決して幸せになってはいけない。
わたしはこれからの人生で、自分の願望を叶えようとしてはいけないのだ。
今後のわたしの人生は、全て償いに当てなくてはいけない。
お母さんも、わたしに言った。
「春太の分まで生きてね。死んじゃった春太の分まで、お母さんを愛して」
そうすれば、春太も少しは報われるかもしれないから——とお母さんは言った。
わたしは、春太がいなくなった悲しみを、肩代わりしなくてはならない。肩代わりなんてできないだろうけど、できるように努力しなければならないことはわかっていた。
自分の人生を捨て、殺してしまった春太の分まで、お母さんを大切にする。
わたしは、何でもやってやるという気になった。
いや、何でもやらなければならない、という義務感か。
そんなこんなで、いつの間にかわたしの12歳の誕生日が過ぎていた。
これでもう、子カフェでは永久に働けなくなった。
はるかはナンバーワンになっただろうか。あれから色んなことを他人に言われたりしただろうが、きっとちゃんと働いているんだろうな。
そうするしかない。
はるかみたいな子どもは、今たくさんいる。
子カフェなんてものがなくとも、遥か昔から子どもを売り物にする親なんて、ごまんといた。
子どもを一人の人間としてではなく、自分の所有物、自分が栽培した果実か何かのように扱う親なんて、たくさん——。
しかし、そんな親は、そんな大人は、徹底的に否定されなければいけない。
全ての人間にそれは悪いことだと認識されなければいけない。
社会がそんな大人を肯定するのは、あってはならないことだ。
でも、今のこの社会では、そういう悪い人間が肯定されている。
子カフェが存在していることが、何よりの証拠になっている。
子どもが消費され、搾取されることを止めるのではなく、いいぞもっとやれ、と子カフェは後押ししている。
子どもが大人に奉仕する社会を推進している。
どうか、子カフェなんて早くなくなってほしい……と願うが、それは難しいだろうな、と確信してしまう。
子どもを愛らしいペットのように見ている大人や、子どもを所有物のように扱う親は、いなくならないだろうから。
わたしが生まれるよりもずっと昔からある、巨大な“価値観“とも言える考えだ。この価値観は、あまりにも浸透しすぎていて、普遍的なものとすら断言できるほどかもしれない。
本人たちも、そういう価値観を持っていることに無自覚なくらいに、大多数の人間の中に自然なものとして存在しているのだ。だから彼ら彼女らは、誤った価値観をわたしたち子どもに押し付けているなんて、思いもしない。
それでも、子カフェなんてものが出来る前は、まだマシだったのに……。
こんなのおかしい、と思っても、違和感や不快感を大人以上に上手く言い表せない子どもは、何も言うことができずに、モヤモヤした思いを溜めていく。
もし正確に伝えられる子がいたとして、そもそも向こうは子どもの意見なんて、聞く耳持たないのではないか。
「子どもの言うことだから……」と何でもないことのようにあしらい、それで解決だ。よくあること。昔から懲りずに繰り返されてきたセリフ。
こうなったら、もう子カフェの増殖は止められないのではないか……。
時代の流れを変えることなんて、滅多に出来るものではない。
何かを大きく変えるには、大きな力が必要なのだ。これまでの常識を変えざるを得ないような、大きなきっかけがなければ——。
時代の流れ。このふざけた子カフェ・赤カフェブームが、一時的な流行であればどんなに良いだろう。
もし……このまま子カフェ・赤カフェが、永続的に社会の中に、そういうシステムとして取り組まれてしまったら……。
悪夢だ。
そんな地獄の未来は、どうかやって来ないでほしい。
どうかどうか……この時のわたしは、他力本願に祈ることしかできなかった。
誰かが革命を起こして、子カフェ・赤カフェを滅ぼしてくれるのを、ただひたすらに祈っていた。
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