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子カフェ  作者: 絶対完結させるマン
私小説

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幸せだった頃

 口角を上げる度に高い声を出す度に、わたしは吐きそうになる。


 おかしくも楽しくもないのに笑うのは、とても力を使う。体力も使うけど、それ以上に精神的な力がごっそり削られる。


 働いている時の自分も、そんなわたしに会いにきて褒めてくる客たちも、わたしは好きになれない。いや、大っ嫌いとまで言い切れる。


 でもしょうがない。わたしの夢のためだから。夢を叶えるためなら、何だって出来るんだから。

 だからわたしは、今日もどうでもいい奴らに媚を売る。

 全ては夢のために。


 ***


 「すごいよ、明奈(あきな)! 先月の二倍じゃん! 頑張ったねえ」


 給料明細を見たお母さんは、小躍りせんばかりに喜ぶ。

 わたしは家族のそんな姿を見る瞬間が、一番頑張って良かったと思える瞬間だった。

 学校も友達もどうでもいい。


 金を持っている人間が勝つ。

 それが大手の子カフェでナンバーワンにまで登り詰めたわたしのモットーだった。


 金は全能ではない。金で解決できない問題も世の中にはある。

 だけど、それ以上に大金さえあれば解決できる問題も多い。

 全能ではないけれど、万能ではある。


 金は、全能ではないけど万能。


 小学六年生のわたしが辿り着いたこの世の真理だった。


 この歳から、自分の実力で金を稼ぐことをしていれば——また、注がれる金額=愛という世界にいれば、このような考え方になるのは当たり前だと思う。


 子カフェで働いている以上、こんなことを思ってしまうのは、しょうがないと言える。

 指名客が一人もいないで、メインフロアでのほほんと過ごしている子たちは違うけれど。ああいう子たちは猫カフェの猫みたいなもので、わたしがいるギラギラした世界とは無関係だ。


 指名客が何人もいる、自らナンバーワンを求めて、金金金、人気人気人気、と闘争心をたぎらせている何人かの子とは、明確に違う。


 今月も無事にナンバーワンを維持できたことに、ホッとする。

 わたしももうすぐ12歳。引退が近づいてきている。それに、人気だって確実に落ちてきている。


 子カフェでは幼い子の方が人気だから、わたしもそういつまでも一番でいられない。最年長のわたしが奇跡的にナンバーワンを維持できているのは、ひとえに熱心な固定客がついてくれているおかげだ。


 ちょっとでも気を緩めようものなら、後から入ってきた子たちやもっと幼い子たちに、売り上げを抜かれてしまう。


 年齢の力は絶大。


 これも経験の末に辿り着いた真理だった。


 なんだか、水商売で働く人みたいだと思う。

 夜の世界では若さが求められる。基本的に若ければ若いほど需要があり、喜ばれる。


 子カフェも同じ。若ければ若いほど——幼ければ幼いほど需要がある。店側からも客側からも喜ばれる。


 わたしの需要が目減りしていくのを成長と共に感じる。本来であれば歓迎すべき成長を素直に喜べないわたしがいる。

 ぼんやりしていられない。これ以上大人っぽくなってしまう前に、子カフェでの寿命が尽きる前に稼ぎ切らなきゃ。


 わたしの命よりも大切な夢のために。


 ナンバーワンは、SNSでデカデカと紹介される。この子が一番人気ですよー、と宣伝してもらえるのだ。そうすると、さてどんなもんか、と思ってやって来る客が何人も訪れる。その大勢の中から通い詰めてくれる客を収穫できるので、ナンバーツーに落ちれば稼ぎに結構影響する。


 一番人気なもの、一番良いと言われているものに群がる人間は多い。SNSの力は絶大なので、なおのこと。


 7歳の時にナンバーワンになってから、わたしはずっと今の店でその地位を維持してきた。

 このまま一番をキープし続けたまま、引退まで駆け抜ける。


 そのために、あいつは邪魔だ。


 ***


 「明奈ちゃん、久しぶり!」


 教室に入ると、何人かの女子に声をかけられた。


 本当は学校なんて行かずに、ずっと子カフェで働いていたい。


 子カフェで働いている子どもは、多少の欠席は目を瞑ってもらえる。定期的に開催される学力テストに合格すれば、授業を欠席しまくっていてもお咎めナシだ。


 しかし、いくら何でも一週間で一度も登校しない、なんていうのは許されない。わたしは渋々週に一日だけ登校して、クラスのみんなと過ごすことにしていた。


 「おはよう、ゆうなちゃん。ホント、すっごい久しぶりな気がする〜!」

 「前の週は家族みんなで旅行に行ってたから……そのまた先週は風邪で休んじゃってたんだよね。タイミング悪かったね」

 「ね、タイミングが噛み合わなかったね」


 学校なんて友達なんて、どうでもいいと思っているわたしだけど、孤立したいわけではないし、友達っぽいクラスメイトが一人もいないのは色々と不便だから、わたしは登校すると、このゆうなという女子とつるむことにしている。


 ゆうなは親が金持ちで、家族で頻繁に国内外問わず旅行に行く。そんな時は、必ずわたしにお土産を買ってきてくれる。その他、いらなくなった服やアクセサリーなどを譲ってくれたり、スーパーでは見たことのない珍しいお菓子をわたしにだけ分けてくれる。

 洋服代が浮くのでお母さんも喜んでくれるし、ゆうなと付き合うのはメリットしかなかった。


 だからわたしは、

 「ゆうなちゃんが一番の友達だよ」

 「ゆうなちゃん以外の友達はいなくてもいい、って思ってるくらい」

 など、ゆうなが舞い上がるような言葉を定期的にかけていた。


 嘘は言っていない。友達の括りに入る子の中では、ゆうなが一番仲が良いし、ゆうな以外のクラスメイトたちとの交流に必要性を感じない。

 ゆうなは狙い通り、明奈ちゃんにはわたししかいないんだ……! と感動してくれた。


 グループに入っては弾かれて、ということを繰り返していたゆうなにとって、わたしはかけがえのない親友になった。

 時々ベッタリした友情がうざったくなるけど、たかだか週一の交流だ。我慢の範囲内だった。


 わたしは、わたしに得をもたらしてくれる人としか関わりたくない。何のメリットもないのに他人と関わるのは時間の無駄でしかない。

 こんなことを人に言えば、可愛くないとか子どもらしくないとか言われるんだろうな。


 でも、友達選びに打算的になるのは、他の子たちも同じだと思う。クラス替えの日、自分と似たレベルの範囲内で、できるだけグレードの高そうな子に声をかける。


 10歳頃にもなれば、そういう立ち回り方をみんな覚えてくる。

 子どもらしい子どもなんて、大人が思っているよりもいないものだ。


 学校の先生はまだマシだけど、子カフェに来る客なんて、ほぼ全員ひどい思い込みを抱いている。


 フィクションの中でしか子どもを知らないことが原因だろう。親になる大人がめっきり減ったことで、子どもというものがどんな感じなのかわかる大人が、ほとんどいなくなったのだ。


 わからないから、最近の大人たちが想像する子ども像は、リアリティを欠いた、大人たちにとって都合の良い存在になっている。


 わたしみたいな少女が、こいつはどれだけ貢いでくれるかな、と客たちを真剣に値踏みしているなんて、きっとあの人たちは思いもしないんだろう。

 そんな計算はできないと信じ込んでいる。わたしたちのことを、実際よりもうんと馬鹿だと思っているから。


 どうして、そんなふうに信じ込めるんだろう。

 自分たちにだって子どもだった時期があるはずなのに。

 時が経てばその頃何を考えて過ごしていたかなんて、綺麗さっぱり忘れてしまうのだろうか。



 ゆうなからもらったお土産を持って、帰宅する。

 築50年のボロアパートのドアを開けると「おかえりー!」と元気いっぱいの声が出迎えてくれる。


 弟の春太(はるた)は、来年で小学生になる。いつもわたしが帰ってくると、太陽みたいな笑顔で質問責めにしてくる。


 「ねえねえ、今日学校行ったんでしょ? 給食何だった?」


 わたしが学校から帰った日は、決まってこの質問から始まる。


 弟は特別食いしん坊というわけではないのだけど、給食が一番の楽しみ、という子は低学年の生徒には珍しくない。

 それなのに、わたしは春太からこの質問をされるたび、おかしくなってクスッときてしまう。


 「今日はカレーだったよ」

 「えー! ずるいー!」


 給食のカレーは、一年生の口にも合うよう甘めの味付けにしてあるので、正直そんなに美味しくない。

 でも、春太には「ほっぺたが落ちるくらい美味しいよ〜」と言っている。


 「そうだ。お姉ちゃん、友達にお土産もらったんだ」

 「おみやげ!?」

 「しかも春太の大好きなチョコレートでーす!」

 「やったー!!」

 「さっそく食べちゃおう。あ、お母さんにも残しておいてあげようね」

 「うん! お母さん早く帰ってこないかなあ」


 ウキウキと時計を見る春太の幸せオーラを浴びて、わたしも幸せを感じる。

 歳の離れた弟の存在は、わたしにとって何よりの癒しだった。


 動物の動画を見るよりも、好きな音楽を聞くよりも、ずっと効く。

 乾燥してカサカサになった指がハンドクリームで潤っていくように、春太の笑顔はわたしの心のあかぎれに効く。


 子カフェで精一杯働いていると、精神がすり減ってしんどくなる瞬間が何度かある。


 自分に向けられる好意に、えずきたくなる時。

 他人がどんどん信じられなくなって、人間そのものが嫌になってしまいそうな時。

 人を人とも思えなくなってきている自分に、ふと気づく時。


 そんな時、家族の存在がわたしを食い止めてくれていた。


 ずっとこんな仕事をしていると、色々な感覚が麻痺してくる。そして、麻痺している自分をふとした瞬間に自覚することがある。


 そのうちそういった自分を顧みる瞬間が段々となくなっていって、しまいには完全に消えてなくなるのではないか——という予感がして、鳩尾のあたりが冷たくなる。


 いっそ消えてしまえばいい。

 もうどうにでもなればいい。

 誰に何をしたって構わないし気にすることはない。


 子カフェで働き出してしばらく経ってから、わたしはこんな風にしばしば捨て鉢な気分になった。


 自分のやっていること、自分がどのように見られているかを考え出すと、苛立ちが抑えられなくなる。


 正気に戻って客観的に自分自身を見る時、腹立たしいやら情けないやらで、どうして! と無性に叫び散らしてやりたくなる。


 そんな時に、家族のあたたかさを思い出して、わたしはわたしの大切な感覚を守っていた。


 母と弟。二人の家族のおかげで、わたしはしょっちゅうグラつきつつも、何とか誤った方向に行かないで済んでいた。


 21時半になって、お母さんが仕事から帰ってくる。


 「おかえりなさい。今日は早めだったね」


 パジャマ姿で玄関まで行き、出迎える。といっても狭い家なので廊下らしい廊下もなく、玄関から部屋までの距離はあってないようなものだけど。


 春太を20時に寝かし付けてから、わたしは自分の寝支度に取り掛かる。シャワーを浴びて、パジャマに着替えて、歯磨きをして。


 そこからようやく鍛錬と勉強に時間を費やせる。わたしは1秒も無駄にするものか、と他のどんなことよりも真剣に、23時に布団に入るまでの僅かな時間を()()に使う。


 こんな程度の努力じゃ、まったく足りない。足りるわけがない、と焦りながら。


 今の時点ではこれで我慢するしかないことは、わかっていた。しょうがないことと割り切って、わたしはわたしがやれることを全力でやるしかない。


 「目が赤くなってるよ。練習してたの?」

 お母さんが、自身の目の下をトントン、と人差し指で叩きながら尋ねる。

 わたしは、目尻に浮かんでいた涙を指で拭い「うん」と頷く。


 「相変わらず熱心だねえ」

 「お母さんこそ。いつも遅くまで仕事お疲れ様」


 お母さんの帰宅は、大体22時以降だ。

 以前、夜中にトイレに目覚めた時、丑三つ時だというのにまだ帰ってきていなかったのには、びっくりした。


 「生活のためだからね」

 よっこらせ、とかばんを床に置いて息を吐き出す。


 父親はいない。いわゆる未婚の母というやつで、お母さんは女手一つでわたしと春太、二人の子供を育てている。


 家族の生活費を稼ぐため、一生懸命働いているので、帰るのはいつも遅い。家にいないことが多く、まだ幼い春太を泣く泣く留守番させて仕事に出ている。


 春太は幼稚園には通っていない。かなりの時間を家で一人ぼっちで過ごしていることになるが、幼稚園に通うのにかかるお金も節約しなければ、やっていけないのだろう。


 だからわたしは、春太が眠る時間になるまでは、できるだけ一緒に遊んでやることにしている。色々面倒を見てあげるし、時には簡単な夕飯を作ってあげることもある。


 わたしは母2号のようなものだった。忙しいお母さんに代わって、家事をすることが多いため、小学生にして掃除洗濯皿洗い、簡単な調理くらいは完璧にこなせるようになっていた。

 わたしの『友達はいらない』という考えは、こういう家庭の事情もあった。やることが多すぎて、友達と遊ぶ時間なんてない。


 わたしのお母さんを、人は酷い親だと責めるかもしれない。

 でもわたしはお母さんが好きだ。春太も同じ気持ちのはずだ。


 お母さんは、苦労をたくさんしてきた人なのだ。わたしは物心ついた頃から、お母さんの不幸なエピソードの数々を、寝物語に聞かされて育った。


 お母さんは、わたしの父親が生まれて初めてできた彼氏だったらしい。まだほんの少女だったお母さんは、妊娠がわかるとすぐに離れていった男を思って、枯れるほど涙を流した。悲しみにくれているうちに、いつの間にか出産の瞬間にまできていた。


 両親にはあまり頼れなかった。妊娠を知らされた両親は、娘をそれはそれは恥ずかしい存在みたいに考えた。出産にかかる費用だけは出してくれたけれど、他の面倒は見てくれなかった。勘当されなかっただけありがたいと思え、とでも言わんばかりの態度に、お母さんは自分から両親と縁を切った。


 それから数年、お母さんは赤ん坊だったわたしを抱えて暮らしていた。爪に火をともすような、ギリギリの生活を送っていたという。

 そんな暮らしをしている最中、わたしとお母さんの面倒を見たい、という男の人が現れた。

 その人が春太の父親だ。


 男性は、お母さんの同級生で、当時からお母さんに片想いしていた。妊娠して男に捨てられた情報を、どこからか嗅ぎつけて近づいてきたのだった。


 お母さんは、その同級生のことが、今も昔もまったく好きじゃなかったけれど……いや、むしろ嫌いだったけれど、背に腹はかえられない、と思って、その人の元に身を寄せた。

 判断力も落ちていたんだと思う。しょうがないことだ。


 なんせ、その頃のお母さんは、外出するのにも相当な勇気を必要としていた。生活必需品を買いに行くのだって、出来る限り人がいない店を選び、出来る限り人気のない道を選んでいた。


 わたしはまだほんの子どもだったけれど、人目を避けるように暮らしていたお母さんの姿は、印象的で覚えていた。


 道ゆく全ての他人に怯えていたお母さんは、当然大勢の人間が集まる場所には行けなかった。役場や病院なんて、もってのほか。


 わたしが風邪を引いた時も、病院にはかからずに自分一人の力で治そうと、つきっきりで看病していた。

 どうしても病院に行かなければならない時は、仕方なくお母さんの彼氏となった元同級生の男に、付き添ってもらっていた。


 他にも生きていく方法は、探せばあったはずなのにどうして——と言う人は、たいしてしんどい思いをしてこなかった人だ。気持ちがどん底まで落ちたことのない幸せな人は、平気でどうしてそんな風になっちゃったの、と言う。


 理性も判断力も、精神が健常な状態にあってこそ備わるもので、一度不安定になった心には、正しい道なんて見えてこない。何が良くて何が悪いのか、普段なら明らかにわかることが一つもわからなくなって、どんどん最悪な方向に舵を切ってしまう。

 お母さんもそうだった。


 違和感はあったはずだ。この人と一緒になって本当に良いのか——学生時代から嫌いだと感じていたのも、危険を本能で感じ取っていたからではないのか。


 春太の父親である男は、お母さんを引き取ったわりには、籍を入れることをしなかった。

 こことそう変わらないくらいのボロアパートの一室を与えられ、わたしたちは母子二人で暮らすことになった。男はしょっちゅう訪れたが、泊まっていくことは少なかった。


 その時点で分かりそうなものだが、病んだ精神にはわからなかった。あるいは、考えないようにしていたのだろう。

 男の妻がアパートに乗り込んできた頃には、お母さんは春太を身ごもっていた。


 お母さんはアパートを追い出され、男から絶縁された。既婚者だなんて知らなかった、という言葉は押さえつけられ、相手の女に高額な慰謝料をふっかけられた。


 半狂乱になった女から、何時間も罵詈雑言をぶつけられ、人格否定までされて、ただでさえボロボロになっていたお母さんの心は限界だった。知らなかったとはいえ、人の夫を奪ってしまった申し訳なさとその場から解放されたい一心で、お母さんは提示された金額を払うことを約束した。


 そこから、新たに春太を抱えての新生活が幕を開けた。

 子ども二人を養いながら、高額な慰謝料を払うなんて、とてもじゃないが不可能で——お母さんは、わたしを子カフェにやることを決心した。


 当時、子カフェに対する批判的な意見は、まだ世の中に蔓延っていた。子どもを子カフェで働かせる親は悪魔のように思われていたし、子カフェで働く子どもはなんて不幸せなんだろう、と憐れみの目で見られていた。


 メディアでは好意的な意見だけが飛び交っていたけれど、世間の風潮ではまだまだ子カフェは非人道的な施設として見なされていた。


 わたしは、何が何だかわからないまま、大勢の子どもと大人の渦の中にドボンと落とされた。

 働き始めの頃は、散々お母さんに恨み言を言った。


 あそこ行きたくない。あそこやだ。

 カフェに行かなければならない時間になると、地団駄を踏んで、おかーさんのバカ、アホ! とベソをかいていたのを覚えている。


 仕事に行ったフリをして、近所の野良猫と遊んでいたことも一度や二度ではない。もちろんバレて、カフェに連行されたけれど。


 その頃のわたしは猫とばかり遊んでいた。仕事をサボりたい時だけでなく、暇があれば野良猫を手懐けて撫でていた。

 それが当時のわたしの唯一と言ってもよい楽しみだった。


 猫を撫でながら、なんでお母さんはわたしの嫌がることをするのだろう、と不貞腐れていた。


 あの時は、お母さんの苦しい心情なんて、どれだけ聞かされても全部は理解できなかったから、わたしは自分勝手に振る舞っていた。クソガキだった。


 お母さんがどれだけ大変だったのかを知った今では、もう恨む気持ちなどまったくない。赤の他人がお母さんのことを親失格と糾弾しようとも、わたしは十分幸せな娘だと感じている。


 むしろ、もっと早くにわたしを赤カフェや子カフェにやっていれば、楽させてあげられたのに、と悔しさすらある。


 春太も赤カフェにやれば、慰謝料の支払いをもっと早めに終わらせられるのではないか——と寝物語の最中、わたしはお母さんに訊ねた。


 その質問の意図には、何でわたしだけ嫌な思いしなくちゃいけないの、とか、春太だけずるい、みたいな抗議が含まれていた。今だったら絶対にしない質問だ。


 わたしが嫌々カフェに行っている間、お母さんは赤ちゃんにつきっきりになっている。そのことを考えると、自分が愛されていない気がして、惨めで惨めでワッと泣き叫んでやりたかった。幼児が弟妹に対してよく抱く、微笑ましい嫉妬心だ。


 お母さんは言った。

 「そうしたいのは山々だけど、春太は普通の子よりも体が弱いから、しょうがないのよ。カフェには行けないの」


 春太、そんなに体悪いの。わたしは怖くなってそう尋ねた。

 実際、その頃の春太はよく咳き込んでいた。


 「小さいうちだけだから、そんなに心配しなくて大丈夫よ」

 とお母さんは言って、さ、もう寝なさい、と手を回して、背中をポンポンと叩いた。


 子どもは何かと熱を出したり、風邪になったりしがちだから、弟君もそれだろうね、と客の一人に言われて、わたしはようやく安心した。重い病気とかではないらしい、と納得するまでは、生きた心地がしなかった。


 わたしはやっぱり、弟のことが——春太のことが大切なんだ。

 そのことをきっかけに、“お姉ちゃん“の自覚が芽生え、春太への憎しみは消えて、代わりに慈しみの感情が生まれてきた。


 わたしはお姉ちゃんだから、家族を支えなきゃ。

 知らず知らずのうちに、そういう意識を持つようになり、わたしは仕事が以前ほど嫌ではなくなった。


 家族のためを思って懸命に頑張るうちに、子カフェでの人気はどんどん出てきて、かなりの金額を稼げるようになった。


 ナンバーワンになる頃には、法外な慰謝料も支払い終わり、金で繋がっていた嫌な縁もすっぱり断ち切れた。


 今でも仕事を続けているのには、わたしが金を稼ぐのをやめないのには、別の理由があった。

 今は、家族のためにだけではなく、自分の将来のためにも働いている。

 わたしの夢を叶えるためには、お金が必要だった。


 だから、ナンバーワンの座を奪われるわけにはいかないのだ。


 ()()()は危ない。ボンヤリしていたら、せっかく色々なことをして手に入れた大事な地位を、とられてしまう。


 頑張ろう。これまでと同じように、()()すればいいのだ。

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