表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
子カフェ  作者: 絶対完結させるマン
子カフェの店長

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/123

人間だった

 カフェは、しばらくの間休業となった。

 俺は現在は閉まっているイエローカフェを訪れた。

 引き継ぎはすでに済ませている。ここに来た理由は、宮内の連絡を受けたからだ。


 珍しいな、と思ってメッセージを開くと、この日のこの時間に店に来てください。お願いします、とだけ書いてあった。

 何なんだ、と思いつつも、断る理由もないので応じた。

 どうせ明日から暇人なのだ。


 会社からは、店長を辞めさせられたと同時に、1ヶ月の謹慎処分を言い渡されていた。形式上そうしなければならないみたいで、本社を訪れた際、社員たちは皆気の毒そうな眼差しで俺を見ていた。

 1ヶ月働けなくなったからといって、困窮するような生活はしていなかった。だから俺はその処分にも、何の不満もなかった。


 謹慎処分になった身で、よりにもよって店を訪ねるなんて、とも思ったが、どうせ会社とはこれっきりなのだ。どうにでもなれ、と行くことにした。

 謹慎期間が明けたら、すぐさま退職届を出そう、と俺は決めていた。


 入り口の前で、宮内は俺を待っていた。

 「理由も言わずに呼び出してすみません。てっきり来てくれないかと思ってたんですが……」

 「別にいい。それよりも何で呼んだんだ? 何かやり残したことがあったか?」


 辞めるにあたって、必要なことは全部済ませたつもりでいたが、そうではなかったのかもしれない。

 しかし、彼女はそれを否定した。


 「いいえ。本当は私だって、こんな面倒くさいことしたくなかったんですけど……断ったらもっと面倒くさくなりそうだったので」


 そんな訳の分からないことを言いながら、店のドアを開ける。


 鍵が開いているのを不思議に思ったが、俺が到着する前に宮内が開けたのだろう、と解決した。

 彼女には、店の鍵が渡されていた。店の鍵を持っている人間は店長と副店長だけだ。

 宮内は、バイトの身からいきなり副店長にまで昇進したのだ。


 俺が辞めることになって、副店長だった男が繰り上がって店長になり、副店長をどうするか、となった時、宮内さんがいいだろう、と店長になる男が本社の者に進言したのだ。


 「あの人なら仕事ぶりも優秀だし、精神面でも子カフェの副店長に向いている」

 その推進が効いたのか、可能であれば宮内さんに頼みたい、と本社の社員が彼女に持ちかけた。


 子ども嫌いの彼女が、子カフェの副店長という最も悩ましい立ち位置につくのを承諾したことを知って驚いたが、給料が良いですからね、と彼女が言うのを聞いて納得した。


 宮内という人物は、金のためなら嫌な仕事も我慢できるらしかった。

 不安定なアルバイトから脱して、一気に副店長にまで躍り上がる、という話には夢があった。大学を卒業してから、就職先が決まらず仕方なくバイトの身に甘んじていた彼女には、副店長にならないか、という提案はまさに渡りの船と言えた。


 それにしても、いくら適した人材だからといって、たかたがアルバイトを副店長という立場にすることに、何の抵抗もないとは——会社の柔軟性には目を見張る。


 もしくは、誰が副店長になってもどうでもいい、という投げやりなスタンスなのかもしれない。

 副店長は入れ替わりが激しい。不思議と辞職を申し出る者が多いのだ。どうせ辞めるかもしれないのだし、とでも考えている可能性はある。


 玄関を抜けて、メインフロアへと通じるドアの前で、宮内はピタリと立ち止まった。

 そして、コンコン、と短いノックをした。


 誰かがいるのか? 休業中のこの店に?

 訝しんでいると、宮内から「どうぞ。入ってください」と促される。

 俺は取っ手を掴み、メインフロアへと片足を踏み入れた。


 瞬間、パンパンパン! といういくつかの破裂音が響いた。

 ついで、せーの、という一人の小さな掛け声の後に、数名の声で、

 「店長さん! 今までお疲れ様でしたー!」

 と労わられた。


 そこには、イエローカフェに在籍する4歳から6歳までの子どもたちが全員揃っていた。

 全員が満面の笑みで俺を見ていて、そのうちの数人はクラッカーを持っていた。

 さっきの破裂音はこれだったのか。


 「えっ……と」

 「店長が辞めるってことを、年長の子が知っちゃったんです。知ったというより、あれは辞めるようだな、って話したんです。ほら、河井(かわい)姉妹ですよ。姉が妹に、多分店長いなくなっちゃうね、って言ったんですね」


 河井姉妹は、姉ララカが9歳で、妹リリカが5歳だ。姉妹一緒にイエローカフェで働いている。


 「そこからあっという間に全員で広がって——年少の子たちはみんな仲が良いみたいで、仕事以外でも大抵一緒に遊んでいるらしいんです——店長の送別会みたいなものをやりたい、ってこの子たちが言い出したんです」


 困惑している俺に、宮内が説明を施す。

 その顔には、いささかゲンナリした色が浮かんでいた。早く終わってくれないかな、という本心がわかりやすかった。


 「私たち『店長さんを送る会』がやりたかったの」

 リリカが代表して言う。幼い子特有のところどころで区切るゆっくりとした喋り方で。


 送る会、という言葉の懐かしさに目を細める。

 小学生の頃『6年生を送る会』というものに参加させられたものだ。卒業する先輩たちに向けて、下級生が感謝と激励を送る学校行事。


 「小学校に通っている子に、そういうイベントがあるってことを、少し前に聞いていたらしいです。それで店長をみんなで送り出そう! ってやる気になっちゃって……店長は忙しいんだよ、って言ったんですけど、どうしてもやりたいって聞かないんです。しまいには駄々こねられて、泣かれそうな始末で……だからちょっとだけなら、って渋々許可したんです」

 「最初は、副店長さん……あっ、今度店長さんになる山田(やまだ)さんにお願いしたんだけど……何回言っても『無理』しか言ってくれなかったんだよ」


 リリカの言葉の後に、冷たいよねー、とか、わたし山田さん嫌いになっちゃったーかもー、などという不満が続く。


 宮内は、これから副店長として、子どもたちとますます関わっていくことになる。あまり反感を買っては今後の仕事に支障が出ると考えて、子どもたちの頼みを聞いてあげることにしたのか。山田のように、面倒くさいからと何もかもを突っぱねるわけにはいかなかったのだろう。


 宮内は、心の底から億劫そうに俺に言う。

 「私が幼稚園生だった頃、すでにもう“年長さんを送る会“みたいなものがあったんです。学校とかそれに類するところって、送別会みたいなのやりがちですよね。私、子どもの頃からずっと怠いなあ……って思ってました。そういう気持ちを表に出せないのも含めて怠かったです」


 もはや恨み言の域だ。俺に言われても……とも思うが、目の前のキラキラした顔の子どもたちにこぼすわけにもいかない。

 注意散漫な子どもたちは、おしゃべりに夢中になっていて、俺と宮内のことなど気にしていなかった。


 「ここにいる子たちは、全員幼稚園に入っていませんから、“送る会“だの何だの言い出さないかと思っていたんですけど……先輩たちから聞かされるとは」


 イエローカフェだけでなく、子カフェで働く幼児たちは、ほとんどが幼稚園に入っていない。

 小学校と違って義務ではないのだし、幼稚園にいる間は子カフェで働くことができない。

 幼稚園に通っている暇があるなら、その時間で仕事をしていた方が建設的だというのが保護者の考えらしく、子カフェにいる子どもたちの中で、幼稚園に入っている者は少数派だ。


 「そういえば、上の子たちは?」

 集まっているのは、まだ小学校に入る前の年少の子たちばかりだ。イエローカフェで“年長者“と呼ばれる者たちの姿は、一人もなかった。


 歳の近い仲間たちだけを誘ったのか?

 しかし、そうではなかった。


 「もちろん、年長の子たちも誘ったみたいですよ。ララカが妹にせがまれて、呼びかけたんだそうです。この辺に住んでれば、通う小学校は一つに決まってますからね」


 イエローカフェにいる小学生たちは、みんな同じ小学校に通っている。

 近年、出生率は上がっているが、大都会を除けば小学校はまだ少ないままだ。

 この辺に小学校がぽつりぽつり出来るのには、もう少しだけ時間がかかるだろう。


 「でも全員断ったと言っていました。多分面倒くさかったんでしょうね」


 むしろそれが自然だと思った。俺なんてたいして子どもたちを見てこなかった。話すことも関わることも最小限だったし。

 子カフェの店長とはそういうものだ。


 そんな存在のために、わざわざ——。

 彼ら彼女らからすれば、俺など『お店の中でどうやら一番偉いらしいおじさん』程度でしかないと思っていた。


 だから、予想だにしていなかった歓待を受けて、戸惑いを隠せなかった。

 特に思い当たる理由がないのに向けられる好意はちょっと怖い。


 「お姉ちゃんお兄ちゃんたちも来れば良かったのに」

 一人が不満そうな声を上げる。


 「何でだ」

 無意識のうちに口が動いていた。

 俺の問いに、ワイワイと話していた皆が一斉に黙る。


 「何で来れば良かったのに、って思うんだ」


 この子たちは、本当に俺を送り出したい一心で、集まったのだろうか。

 本気で? 何をしてやったわけでも、可愛がったわけでもないのに。

 この子たちにとって、俺は何の役にも立たない大人だった。自信を持ってそう言える。


 働くことで生じる悩みや心配事、ちょっとした衝突などの対応には、宮内を始めとする他の店員たちに任せっきりだった。

 何もせず何も見ようとしてこなかった俺を惜しんでくれるのは、何故だ。


 「なんで、って……」

 6歳のマリが可笑しそうに言う。皆、彼女と同じ不可解そうな顔で、俺を見ていた。


 「だって辞めちゃうってことは、もう店長さんに会えなくなっちゃうんだよ。最後に会わなきゃダメじゃん」


 俺に会えなくなることが悲しくて当然だと言うような口振り。


 「そうだよ、寂しいじゃん」

 「お別れも言えないのはねえ」

 「ね、あんまりだよね」


 口々に同調していく子どもたち。

 最後に言われた言葉に、呼吸が止まる。


 「店長さん、優しかったし」


 優しい。優しい? 俺が? この子たちに対して、優しかった?

 仕事中、俺が優しかったことなんて、一度でもあっただろうか。


 話しかけられることが疎ましかった。この子たちに見られると、心がザワザワして落ち着かなかった。


 気分を掻き乱される感覚は不快だった。

 だから、いつも適当にやり過ごしていた。子どもたちから出来るだけ遠ざかっていれば、仕事に集中できた。


 売れている者、売れていない者。需要がある者とそうでない者。誰が一番店に貢献できているのか。利益を生み出してくれるのは誰か。

 そんなことを考えるのに、目の前の子どもたちの存在は邪魔だった。


 俺は、この子たちの名前と売り上げをセットで覚えていた。リリカ、と聞けば大体の数字がパッと頭に浮かんだし、心の奥底で店への貢献度によって、上中下、と子どもたちにランク付けをしていた。


 優しいどころか。俺はこの子たちを生き物として、見ることすらしていなかった。


 「優しくなんかないだろ」

 俺の言葉に、子どもたちはまた不可解そうな顔をする。まるで俺の方がおかしいのだと言わんばかりだった。


 「そんなことないよー」

 「そうだよ!」

 「何でそんなこと言うの?」


 口々に否定していく。


 「だってお菓子くれたじゃん!」

 その言葉に、は、とほとんど吐息のような声が出る。


 「みんなにあげてたのもそうだけど、私にだけ『内緒だからな』って言ってくれたこともあった! いつもは食べないようなやつ!」

 「そうそう! お菓子売り場にないやつとかもらった!」

 「泣いちゃった時とかにくれたんだよね」


 他の子には内緒だからな。

 そう言って、ベソをかいた子や機嫌が危うくなった子には、菓子を握らせていた。まるで賄賂みたいに。

 そうすると、泣き止んだり機嫌を直してくれることが多かったからだ。


 この子たちの言うお菓子売り場とは、スーパーやドラッグストアにある、400円未満までの商品が並ぶコーナーのことだ。

 俺は銘菓コーナーやギフトコーナーで、箱の中に何個か入っているものなんかを、買ってきていた。


 大人になった今だからわかるけど、あんなのは大したものではない。子どもたちにとっては、恐ろしく高価で特別なものに見えるのだろうが。


 俺が面倒くさくなった時、誤魔化すように渡していただけのものを、この子たちはかけがえのない優しさと信じていたのか。

 なんて純粋。なんて素直なんだ。眩しさに眩暈がする。


 年長者が来なかった理由がわかった。

 あの子たちは、もう汚さを感じ取れるだけの心が備わっている。子供騙しに引っかからないくらいにまで成長している。

 この場所で過ごす日々が、あの子たちの心をそういうふうに逞しくしていった。


 そうだ。子カフェで働いてきた子どもというのは、()()()育つのだ。本来であれば不必要な強かさを得ていく。そうしなければやっていけないから——。

 その時、封じ込めていた記憶が一気に解放された。


 副店長時代のことだ。

 俺は、毎日子どもたちの話を聞いていた。彼ら彼女らの顔を毎日見ていた。様々な悩みを聞いてきた。

 目を覆いたくなる実態を見てきた。


 店長になれば、こんな思いしなくて済むと思って、がむしゃらに頑張った。店長にさえなれば、子どもと関わらないですむと。引きこもって仕事していれば良しとされる役職に、早く就きたかった。

 子カフェに関わること自体をやめるという選択肢は、考えていなかった。だってそうしたら。


 あの日愛理に語った俺自身の言葉の数々を、否定することになる。

 愛理が正しかったのだと、俺が間違っていたのだと、降参することになる。

 認めたくなかった。自分がやってきたことがどれほど酷なことだったかなんて。


 「店長さーん?」

 「どうしたのー?」

 「目痛いの? だいじょうぶ?」


 目元を覆った俺を、心配する声。


 「ああ……平気だよ。ちょっと痒かっただけだ」

 目元を押さえたまま、片手を振る。


 ずっとそうしているわけにもいかないので、無理やり笑みを作って、幾つもの小さな体に「もう大丈夫だ」と言ってみせる。


 「店長さん! 抱っこして!」

 ふと、一人の子が言った。

 それに呼応するように、わたしもぼくも、と次々に声が上がってくる。


 「わかったわかった。順番な」

 最初にせがんだ子から、よいしょっと持ち上げ、抱き抱える。


 あたたかい体温を上半身と腕に感じる。身じろぎすると、ふわっと日の光のような匂いが鼻をくすぐった。

 その温もりと匂いに、泣きたいような気持ちになる。


 トクトクトク……という心音に耳を澄ませば、ああ生きているんだな、と当たり前のことを——本当に馬鹿馬鹿しいほど当たり前のことを、実感できた。

 この子たちは生きている。

 そんな当然の事実を出来るだけ考えないように生きてきた。


 腕の中の温もりを、より強くかき抱く。

 この小さな体に色々なものが詰まっている。綺麗な夢と希望と愛情と、良くも悪くも染まりやすい心が詰まっている。


 抱き抱えていた子を、ゆっくりと下ろす。

 その子は俺にお礼を言い、次の子に「おまたせ」と声をかけて、後ろの方にトテトテと駆けていった。


 自分の順番が来た子が、俺に向かって両手を伸ばす。小さいその両手は、俺に抱っこしてもらうことを待っている。両目を期待でいっぱいにして、全身で裏表のない好意を表している。


 俺はなんてことをしていたんだ。

 こんな純粋な子たちに、なんてことを。


 「すまない……本当に……本当にすまなかった……」


 顔を真っ赤にして泣く。大の大人がまるで子どものように、顔面全体をくしゃくしゃにして。子どもたちが心配してくれるから、さらに止められなくなる。


 この子たちの心がこの先どんなふうに染まっていくのか。

 そのことについて、俺は散々見てきている。

 この先の未来が大体わかってしまっているから、余計に泣く。

評価・いいね・ブックマーク・感想など頂けると、大変励みになります!まめに更新していくので、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ