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子カフェ  作者: 絶対完結させるマン
子カフェの店長

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12/123

爆発

 ***


 「店長! 大変です! 大変なんです!」

 ノックもせずに、俺が作業しているところに宮内が飛び込んでくる。

 彼女の血の気を失った顔色に、俺は嫌な予感がした。


 「大事件ですよ! 歩がユカの目をコンパスで衝いたんです!」


 案の定、最悪な展開が告げられた。

 あまりにショッキングな内容だったが、俺は思ったよりも驚きを感じなかった。自分がこの報告を受けて驚かなかった、ということに驚いていた。


 当然、その日は閉店となった。

 ユカは救急車に乗せられ、俺はそれを見送った。同乗者は、知らせを受けてすっ飛んできたユカの保護者と、事件の現場に居合わせていた宮内。


 歩の両親は、揃って東北の実家に顔を見せに行っているようで、到着はまだまだとなりそうだった。

 俺は、静まり返った店内で歩と向かい合う。


 「何でこんなことしたんだ」

 「…………」


 テーブルを挟んで向かい合っている歩からは何の返答もない。


 「何か嫌なこと言われたのか?」

 「…………」

 「だとしても、あんなことしちゃ駄目だろう。目っていうのはな、すっごく大事なんだぞ。ユカの目が見えなくなってしまうかもしれない……とは考えなかったのか?」

 「……それくらいわかるし」

 「え?」

 「わかっててやったんだもん」

 「歩!」

 「ユカちゃんが悪いんだよ? 歩の大切なもの取ったから……だから歩も、ユカちゃんの大切な目を奪ってやろうと思ったの」


 背筋を悪寒が駆け巡った。

 歩は、自分は当たり前のことをしただけだ、というような態度で俺の前にいた。


 ユカが運ばれる際、歩は窓からその様子を見ていた。

 ユカが片目を手で抑えて「いたい、いたいよ、いたいよお」と苦悶の叫びを上げているのを見た歩は、ニヤリと満足そうな笑みを浮かべていた。


 俺は、ニタニタと気味の悪い笑みから目を逸らして、それからしばらくの間、窓際を見ないように努めていた。


 「ユカちゃんが歩の“お母さん“を取ったから……そっちの方がずっと酷いでしょ? ユカちゃんの方が悪いでしょ?」


 知ってしまったのか。

 ちょっと前まで自分ばかりを指名していた客が、ユカに流れたことを。


 「お母さんは、たった一人なの。それをユカちゃんは横取りした……目なんて二つあるじゃん。一つがなくなったからって、もう片方がある。一つしかないものを取ったユカちゃんの方が、私よりよっぽど酷いよ」

 「歩——あの人はお母さんじゃない。お客さんだ。お前には本当のお母さんがいるじゃないか」


 呆気に取られながらも、間違いだけは訂正する。


 「本当のお母さんなんて……」

 堂々とした歩の様子が崩れる。

 しかし、それは一瞬のことで、歩は俯いた顔をすぐに上げた。


 「だって、本当のお母さんだと思ってくれていいからね、って言ってくれたもん」

 「それは——」


 さして考えもせずに言った言葉だ。言った本人ももう忘れているかもしれない。いや、誰にでも言っているのかも……とにかくそこに深い意味や真剣な思いなどは込められていない。

 しかし、それを説明する勇気はさすがに湧いてこなかった。

 代わりに尋ねる。


 「どうしてお客さんがユカの方にいったことを、知ったんだ?」


 今まで厳重に隠してきた。子どもたちにも、歩の問題には触れるな、と言いつけておいたのに。やっぱり悪気なく言及してしまった子がいたのか? そう思っていたら、

 「ユカちゃんに教えられたの」

 と意外な言葉が返ってきた。


 沈み込んで仕事もままならない歩を見かねたユカは、勤務中に歩に耳打ちした。


 『歩ちゃん、お仕事辞めなよ。どうせ歩ちゃんが待ってる人は、もう歩ちゃんなんて忘れてるんだから』


 それを聞いた歩は、すかさず否定した。

 違うもん、きっとまた来てくれるもん、今は忙しいから来れないだけで——そう反論する歩にユカは、歩曰く意地悪に笑ってみせた。

 そして、トドメを刺した。


 『忙しくなんかないよ。私には会いに来るんだから。歩ちゃんには会いたくないってだけだよ』


 「ユカちゃんは、笑いながら離れていった。ユカちゃんのご機嫌な声を聞いてると、すっごいムカムカしてきて——笑い声を止めたかった。だからコンパスでぶっ刺したの」

 「なんてことをしてくれたんだ……」

 「ユカちゃん、もう目見えなくなっちゃうかな? そしたら、お仕事続けられなくなる? ユカちゃん、ここを辞めてくれる?」


 聞きながら、ゾッとした。

 ユカを傷つけた理由は色々あるだろうが——“お母さん“を取られた恨みとか、馬鹿にされてカッとなったとか——一番の理由は、これだった?

 ユカを辞めさせれば、“お母さん“はまた自分を見てくれる。


 そういう思惑があって、今回のことを起こしたのだとしたら——それは、単純に感情に駆られたからではない。計算して行ったことになる。その計算がお粗末だったとしても。


 子どもというものが、恐ろしいと思った。親に愛されるためなら何でもする純粋さと、幼い故にまだ曖昧な善悪の境界線。

 子どもは未熟な存在だ。

 まるで、今初めてその事実を知ったかのような衝撃に打たれる。


 そんな未熟な存在に、このような仕事をさせれば——。

 そこまで考えて、いやいや、と首を振る。


 今回のことは、たまたまだ。皆が皆、歩のようなわけではない。

 そうだ。普通、どんなにムカついたからといって、相手の目をコンパスでつくなんてことしない。


 ましてや幼い子どもだ。怖くてそんなこと出来っこないはずだ。

 歩はサイコパスなのだ。人を傷つけても何とも思わない——むしろ喜んでさえいる。


 今回の話は、歩が悪魔のような気質の少女だったというだけで、根幹的な問題などないのだ。

 本当にそれだけの話なんだ。これは歩一人の問題だ。


 俺は必死に自分に言い聞かせた。

 頭をよぎった疑問を、振り払おうと努力する。


 子カフェで働いて育った子どもたちが、どのような成長を遂げるのか。

 そして、その子たちが社会に出た時、どのような影響があるのか。


 何かしらの災いが起こりそうな予感がしていた。

 痛みにまみれた凄惨な未来が、そう遠くないうちに描き出されるような気がしてならなかったが、俺はその予感を馬鹿馬鹿しい、と一蹴した。


 大丈夫、何も起こりっこない。

 俺のやってきたことに、選んだ道に間違いなんてない。


 ここにいるのは全員健全な子どもたちだ。しかし、何にでも言えることだが、100パーセントなど不可能だ。

 歩のような例外が出現することも、あり得ないことではなかった。


 俺はそう結論づけて、そこからは事件の処理について、ひたすらに思いを馳せた。


 その後、歩は店を辞めることになった。ユカも同様だ。

 ユカの親は、裁判を起こすと決めたようだ。最初は示談で済ませようとしたのだが、提示された金額がかなりの高額で、とても払えない、と歩の両親が抗議した。


 もう少し下げてくれないかとの懇願に、ユカの両親は断固拒否した。一円も負けてやる気はない、と言い、それでも尚加害者側が払わない、という態度のままでいるのを悟ると、裁判を起こすことにした。


 歩は、どんな罰を受けるのだろうか。

 幼い子どもがやったことだ。いかに暴行の内容が苛烈で悪意に満ちていたのだとしても。

 少年法で守られる年齢だ。しかもまだ7歳である。

 まだ人間とも呼べないような年頃だ。


 もちろん店側も過失を問われた。たっぷりと賠償金を払うことになり、本社から来た人間は、店長である俺に怒りをぶつけた。


 「お前にも責任として店長を辞めてもらうことになったから。店の面目を保つためだ。ああ、でも会社自体をクビになるわけじゃないから、そこは安心しろよ」

 覚悟はしていた。どの道、この店はもう終わりだ。じきに閉店するだろう。こんな事件が起こった子カフェに来ようと思う客なんていない。


 以前の恵まれた店舗から離れてまで手に入れた、せっかくの店長の座。

 副店長の仕事よりも、店長の仕事の方が楽そうに見えたから、今度新しく出す店舗の店長にならないか、という誘いに乗ったのだ。

 店長の立場は、居心地の良いものだった。


 一人で仕事に集中していれば、あっという間に時間が過ぎる日々。店長は基本的に子どもたちとの関わりが薄い。


 何年も子カフェで働くうちに、子どもたちと話したりするのが、だんだんと気まずくなっていった。

 アルバイト時代にはそんなことはなく、気軽に子どもたちを笑わせたり、逆に子どもたちに笑わせられたりしていた。


 俺は、昔のようにコミュニケーションが取れなくなった原因は、俺が歳をとったことにある、と考えていた。幼い子たちと波長が合わなくなって、ノリについていけなくなったのだ、と。

 だから、店長になって関わり合いになることが減ってホッとしていた。


 この先頑張ったとして、再び店長を任される見込みはほぼゼロだ。せっかく懸命に勤めてきたのに、全て水泡に帰した。

 だというのに、俺はまったく悲しさも悔しさも感じていなかった。

 むしろ、安心感さえあった。


 これ以上会社にいても、出世を望めないというのなら、いっそ完全に退職してしまう方が良いのかもしれない。

 会社を辞めて転職する。子カフェとはまったく関係ない業種に行く。


 そのアイデアは、俺の心をパッと照らした。

 胸が高揚感で満たされた。ずっとかかっていた負荷から解放され、急に呼吸が楽になったかのような感があった。

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