フローライト
フローライト第百十九話
コンテストの一時審査はデジタルでの応募になる。朔はアナログで描いたので、絵の画像を送ることになる。締め切り後、一か月から一か月半で審査結果が出る。朔の絵は三作品とも審査に通ったが、その中で一番高得点のだけが展示会に参加できる。
拓哉も優輝も見事一時審査を通過して、展覧会に参加できることになった。これら展示作品八十作品の中から入賞者が決まる。発表は年内にあり、展覧会はそれから一週間の期間開催される。
季節はもう冬に差し掛かり、朔も美園も二十二才になった。
「ちょっと・・・」と美園はソファに倒れた。
発表まで残り一週間、朔は家でイラストなどの仕事をこなしてはいたが、かなり落ち着かないらしく、美園がいる時はべたべたとくっついてきていた。その延長線上でセックスにまで走ることも多く、今もお昼時明るいリビングで朔が求めてきた。
「朔、ソファの上はやめようよ」
美園が言っても朔は手を止めない。そのまま自分のズボンと下着をおろしてきた。
(あー・・・聞いてない・・・)
朔の手が美園の膝をさすってきて、両足を持ち上げられ朔が入ってくる。
「美園」と名前を呼ばれながら朔が身体を動かしてきた。美園は少しソファからずり落ちそうになって焦る。
「朔、ちょっと待って。落ちる・・・」
美園がそう言ったら朔が美園の身体を持ち上げてソファの上に戻した。
(あれ?何か・・・)
朔がキスをしながら絶頂感に達する。後始末をしながら「俺だけでごめん・・・」と朔が言った。
(あーやっぱり・・・朔、何だか男っぽくなったな・・・)と思う。
コンテストの発表の朝、黎花から朔に電話があった。朔が「ありがとうございます」とお礼を言っている。美園は「黎花さん?」と聞いた。朔が「うん・・・」と言ってから「俺の絵・・・銅賞だって・・・」と言った。
「えっ?銅ってことは・・・三位?」
「うん」
「嘘?!やったじゃん!」と美園は立ち上がって朔を抱きしめた。
「ほんとに?すごい」と美園が喜んだ。
「賞金、百万円だって」と朔が言う。
「えーすごい。それに三位までは今後の援助やなんかも出るんでしょ?」
「うん・・・」
「やった!朔!」と美園はまた朔を抱きしめた。
拓哉も優輝も佳作に入り、黎花と共に皆で展覧会に行くことになった。拓哉の絵も優輝の絵も共に美園はすごいと思った。自分も一時、油絵を利成から教えてもらって描いていたからこそわかる。
(でも、それでも佳作だし・・・)
皆、どれだけすごいのだろうと美園は思った。
それから「やっぱり朔はすごいな」と優輝が朔の絵の前で言った。”薔薇と引きこもり”というタイトルが朔の銅賞を取った抽象画だ。
「あれだよね?薔薇は美園ちゃんだよね?」と拓哉が美園に微笑んだ。
美園が朔を見ると、朔は特に表情も変えずに自分の絵を見つめていた。
「朔・・・ほんと成長したわ・・・」と黎花が感慨深げに絵を見ながら言っている。それから「私も負けてられないな」と笑顔を皆にみせた。
帰りは黎花がホテルの最上階にあるレストランに招待してくれた。
「たまにはこういうところもね」と黎花が言い、ワインをかかげて皆で乾杯した。
「朔と出会って五年くらいか・・・」と黎花が言う。
「そんなに経ちます?」と優輝が言った。
「そうだよ。優輝も拓哉も朔もみんな成長したね。ほんと嬉しいわ」と黎花が料理を口に入れた。
「俺はあんまり成長してないかもな」と拓哉が言う。
「そんなことないよ。拓哉もすごく成長した」と黎花が微笑んだ。
「いや、まだまだ全然。絵の方じゃ食っていけないし」
拓哉が言うと「”食っていけるか”なんて大した問題じゃないじゃない?」と黎花が言った。
「いや、問題ですよ。食っていけないと、絵も描けない」
拓哉が言う。
「そうか、その辺が分かれ目かな?」と黎花がワインを飲んだ。
「分かれ目って?」と美園は聞いた。
「んー・・・”食べていくために絵を描く”もしくは”食べれるようになって、つまりそれほど絵が売れるようになってこそ「プロ」だ”という定義も悪くはないよ?でも、それだとそこどまり。つまり自分で限界を設定しちゃってるの」
「そうかな?理想はあるけど、食べてけないとどうにもできないでしょ?」と拓哉が更に言う。
「そうだね。理想・・・か・・・そんな言葉に人は惑わされて、やっぱり限界線を引いちゃうの。拓哉は”食べて行けるほど稼いでいる絵描き”になりたい?」
「なりたいですよ。もちろん。皆、それを目指してるんでしょ?」
「そうだね、じゃあ、優輝と朔はどう?」
優輝が食べていた手を止めた。
「僕は・・・拓哉の言うことわかります。認められてなんぼな世界だし・・・。けれど絵の基準なんて技術力も含めて人間が勝手に決めたことだし・・・それに何だか賞ってつけるのもたまに不思議な感じがするときがあるかな・・・」
優輝はあくまでも物腰柔らかに言う。
「そう。じゃあ、朔は?」
黎花が朔の方を見て、皆が朔に注目する。
「俺は・・・絵が描ければいい・・・」
朔の答えに皆一瞬きょとんとした。それから黎花が「アハハ・・・」と笑った。
「朔は、アーティストじゃない「アート」そのものなんだよね」
黎花はそう言ってから、意味がわからないといった顔の拓哉や、考える風な顔つきになった優輝を見てから美園に言った。
「美園ちゃんはどう思う?」
黎花の薄いピンク色の唇が微笑んでいる。その爪も今日は綺麗にネイルが施されていた。
「さあ?・・・私にとっては食べれるかどうかは目的じゃなくて手段だし・・・つまり、”食べていくこと、生活そのものを向上させていくこと”にフォーカスしているのか、絵、そのものにフォーカスしているのかの違いであって、私はどっちでもいいです」
美園の答えににも皆が一瞬きょとんとする。それから黎花がまた「アハハ・・・美園ちゃん最高」と笑った。
「さあ、これから楽しみな若者たちよ。まだまだここから鑑賞させてね」と黎花が最後に言った。
(最後の言葉・・・利成さんも言いそうなことだな・・・)
美園は黎花たちと別れて朔と歩きながら思った。十二月、外は木枯らしが吹いていた。不意に朔が手を握ってきた
「変装、いいの?」と朔が聞く。
「まあ、大丈夫でしょ。暗いし」
「うん・・・」
クリスマスが近いので街中はイルミネーションが飾られ、店のショーウインドーにはクリスマスのリースやツリーが飾られていた。
「寒いね、タクシー乗る?」と美園は聞いた。
「うん・・・もう少し街の中見たい・・・」と朔が言う。
「そう?」
美園はイルミネーションで明るすぎる街中を見た。
「宇宙からこのイルミネーションみたらどんな感じかな?」と朔が空を見上げた。
「そうだね・・・地球がクリスマスツリーな感じ?」
「アハハ・・・丸いツリーだね?」
「そうだね。でも地球が丸いかなんてわからないよ?三角かも?」
「うん、そうだ!きっと三角だよ」
朔が楽しそうに言う。それから朔が言った。
「美園も・・・光だよ」
「えっ?」と美園は聞き返すと、朔が握る手にぎゅっと力をこめた。
「美園も、光。輝いてる」と朔が少し大きな声で言った。
その瞬間、時間が止まったかのように周りがすべて光になった。けれどそれは一瞬のことで、すぐにまた元通りの街中だった。美園は朔の横顔を見上げてから、朔の手を握る手に力をこめた。
「朔も皆も・・・世界も”光”だね」
美園が言うと、朔が美園の顔を見て笑顔になった。それから菓子店の方を見て「あっ、ケーキ食べたい」と言った。
「えっ?今、散々食べたじゃん」
「でも、食べたい」と朔が美園の手を握って走り出した。
「えー・・・お腹いっぱい」
走りながら美園が言うと「大丈夫、食べれるよ」と朔が言う。
美園は朔に手を引かれたまま、クリスマスツリーのイルミネーションが光っている、明るい店内に入って行った。




