父と息子
立派な身なりをした大人たちが出入りする格式ある店を前に、春佳はすっかり雰囲気に呑まれている。
お嬢様っぽいワンピースなので浮かない格好ではあるが、場慣れしていないので終始オドオドしっぱなしだ。
樹も慣れているとは言えないが、春佳を守るのも、〝彼〟とやり合うのも自分しかいないと思っているから覚悟を決めて堂々と振る舞っていた。
二人は女将に先導され、中庭に面した廊下を進む。
どこからか鹿威しの硬質な音が聞こえた時、緊張した春佳はギュッと拳を握った。
「こちらでございます」
女将は正座をして「お連れ様がお見えです」と言い、二回に分けて静かに障子を開ける。
個室の中に座っているのは、整った顔立ちの中年男性――、現在五十一歳の三神丈司だ。
彼は強張った顔で樹を見て、「優那……」と言葉にせず呟く。
それをしっかり確認した樹は、畳の上に膝をついて綺麗な礼をしてみせた。
「初めまして。お父さん」
心では一ミリも父親と思っていないくせに、樹は嫌みなまで丁寧に挨拶をした。
それが相手に一番効くと分かっているからだ。
「……は、入りなさい」
三神は誰かに聞かれたら困るという顔をして言い、二人はその言葉に従って向かいのテーブルについた。
三神の隣には、秘書らしき四十代の男性も控えている。
生きると決めた樹は、北條家にコンタクトをとるなら、三神にも事情の説明を聞かなければフェアではないと思った。
今さら大企業の三神家に息子として認知されたいだの、遺産の相続権をよこせだの、そんな事はどうでもいい。
ただ、顔も知らない哀れな母が捨てられた経緯についての釈明、その結果、自分たちがどのような人生を歩む事になったのか、きちんと現実を知らせる必要があると思ったのだ。
だから樹は庸一が遺した連絡先に、わざわざ〝北條樹〟という名前で手紙を書いた。
【返事をしなければ、家族に自分の存在、そして過去にお前が何をしたのかを家族にバラすし、マスコミにもリークする】と書いたら、三神は面白いほど素直に連絡してきた。
そして今、樹は三神に対峙していた。
彼は二十四歳になった樹を、様々な感情が入り交じった顔で見る。
春佳は緊張して俯きがちになり、それでも樹の父親だという男をチラッと盗み見していた。
樹はテーブルの上に、優那と親子関係が認められると書かれた書類を滑らせた。
「これは北條優那が母である事の証拠です。……俺があなたの息子である事を疑うなら、喜んでDNA鑑定を受けます」
彼がそう言うと、秘書がDNA検査キットをテーブルの上に置いた。
「北條樹さんからご連絡があったあと、取り寄せておきました。今ここで口の中をぬぐっていただけますか?」
それを見越していた樹は、自分も同じキットをテーブルの上に置く。
「三神さん、あなたにも同じ事をしていただきたい。俺がそちらの要求を呑んで検査を受けたとして、認めたくないがゆえにそちらで事実を握りつぶされる可能性があります。ならこちらでも同様に検査をしてもらい、両方に〝結果〟を用意しておくのがフェアじゃありませんか?」
握りつぶす事を想定していたのか、三神は悔しげな表情をし、「いいだろう」と言う。
その後、二人共その場で口の中を拭い、それぞれのキットを収めた。
「二十四年前」
樹が口を開き、三神はハッと表情を強張らせる。
「あなたがどんなつもりで母と付き合ったのかは分かりません。母は美しい女性だったようですし、あなたとしても付き合う相手として丁度良かったのでしょう。……しかし、責任をとらず、避妊せずに女性を抱いたのは同じ男として軽蔑します」
樹は淡々と言い、年上の三神のほうが彼の雰囲気に気圧されている。
「せ、……責任なら……」
何か言おうとした三神を、樹は笑い飛ばす。
「マンションを買い与え、養育費を送ったのが責任? 子供を認知せず、産んだなら勝手に一人で育てろというのが父親の責任なんですね。メガバンクの社長がそのような事を仰っているとマスコミにリークしたら、どんな騒ぎになるでしょうね?」
「ま……っ、待て……っ!」
マスコミと聞き、三神は血相を変えて樹を制止しようとする。
嘲笑していた樹はスッと真顔になり、吐き捨てるように言う。




