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有罪愛  作者: 臣 桜


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叫ぶ

「はぁ……。寒い、けど、海久しぶりだなぁ」


 車から降りた春佳は潮風に髪をなぶらせ、黒々とした海を見て息を吐きながら言う。


 砂浜は三角形のようにつんと尖っていて、三角形の先端から海にかけて、ゴツゴツとした岩が群をなしているのが見えた。


 浜には宮沢賢治の童話、シグナルとシグナレスを思わせる電線もあり、頭上にはおびただしい星が暗黒のなかに浮き上がっている。


 そのまま、二人は何とはなしに歩き、ゆっくりと海に近づいていった。


 やがて波が足に掛からない程度の場所に立ち、二人は黒い海を見つめる。


 何度も、何度も、波が打ち寄せては返す音が繰り返す。


 落ち着いて眠りたい時に波の音を聴く事はあったが、実際に海を前にした時とは雲泥の差がある。


 昼間は紺碧の色味をしているだろうに、暗くて明かりがない海は黒くうねり、その底に何を湛えているか分からない不気味さ、すべてを呑み込む恐ろしさがある。


 晩秋の海辺は寒く、春佳はギュッと身を縮こませる。


 岩礁に波が当たり、ドドッと激しい音が聞こえて波が砕けた。


 ――その瞬間。


「っっっあぁあああああぁああああぁああああああぁあああぁああっ!!」


 隣に立っていた冬夜が、力の限り叫んだ。


 喉が潰れても構わないと言わんばかりの絶叫を聞いた瞬間、春佳の全身にぞわりと鳥肌が立つ。


 波の音に紛れ、冬夜は何度も、何度も叫んだ。


「くそったれが!! 死ね!! 死んじまえ!! あああああああぁああああぁあああああぁっ!!」


 冬夜が誰に向けて、何に向けて「死ね」と言っているのか分からない。


 庸一はもうこの世の人ではない。


 涼子も、もう自分たち兄妹には関わらないだろう。


 もう何にも囚われず自由に生きていけると分かっているはずなのに、いまだ二人の体には運命の鎖が何重にも巻き付いていた。


 冬夜は細身の体をくの字に曲げ、全身全霊で、何もかもを振り絞って叫び続ける。


 まるで、今までの自分を構成していたものを、叫ぶ事によって絞りだそうとしているかのようだった。


 魂の叫びを耳にした春佳は、知らない間に涙を流していた。


 そして心の奥底で震えるものを解放すべく、自分も叫ぶ。


「…………ぁ、……あ、あ……っ、……っ、わあああああぁあああぁあああぁあっ!!」


 大きい声を出す事に慣れていない春佳の声は、か細く震えて波音にかき消えた。


 ――違う。


 ――駄目だ。もっと大きい声。


 ――それでないと、伝わらない。


 自分たちが味わった絶望と悲しみ、怒りは、こんなものでは収まらない。


〝犯人〟と呼べる者に何もできなくなった今、自分たちはただ叫ぶ事しかできないのだ。


「っあああああぁあああぁあああぁああっ!!」


 悲鳴にも似た金切り声を出すと、自分に物を投げつけて叫んでいた涼子を思い出す。


 ――あの女性(ひと)は……、可哀想な人だった。


 そう思うと、また新たな涙が流れてくる。


「ああああぁああああぁあっ!! ああぁあああああぁあああぁあああっ!!」


 何度も、何度も、叫ぶ。


 そうだ。自分は叫びたかった。


 涼子につらく当たられた時、但馬を失って悲しかった時、多田に性欲を向けられた時、岩淵にのし掛かられ、頬を叩かれ、服を剥ぎ取られた時。


 父が自殺したと聞かされた時、自分がレイプの果てにできた子だと知った時、冬夜が小村と付き合っていると思い込んだ時。


 悲しかったし、つらかったし、怒りたかったし、言い返したかった。


 皆、理由なく春佳を翻弄した。


「どうして」と強い疑問を抱いても、誰も満足な答えを聞かせてくれず、暴力で、一方的な感情で、あるいは無視する事で春佳を否定した。


 その怒りを、悲しみを、すべて込めて叫んだ。






 永遠に叫び続けていたように思えたが、実際は数分の出来事だったかもしれない。


 二人はハァハァと息を切らせ、痛くなった喉を押さえてときおり咳き込む。


 黒い海は、兄妹の怒りを叩きつけられてもなお、まったく変わる事なく轟き、うなっていた。

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