見損なわないで
しばらく、気まずい沈黙と車の走行音だけが車内に響く。
やがて冬夜は大きな溜め息をつき、絞り出すように言った。
「……俺はお前が好きだった。妹だと思っていたから、お前を困らせないようにしていたけれど、抑圧された気持ちを晴らすためにも、ひたすらに守り可愛がっても許される春佳が何より大切だった。それが愛なのか、ハッキリと説明する事はできない」
春佳は兄の苦しげな告白を黙って聞く。
「お前が知ってるように、春佳に近づく男は排除したし、淫行教師にも罰を与えた。こんな想いを向けられて恐ろしいだろうが、俺にとってこれは愛のつもりだった。……最初から血の繋がりがないと分かっていたら、もっとうまくやれたはずだ。……でも自分がさらわれた子供だったなんて、想像もつかないじゃないか」
そこまで言ったあと、冬夜は息を震わせながら吐き、ブツブツと続ける。
「……いや、家族の中で俺だけ顔立ちが違うと思ってた。子供は両親のどちらかに似るものだが、俺だけ顔の系統が違う。本能では分かっていたようでいて、『ドラマみたいな話が現実にある訳がない』と言い聞かせていた。……でも、やっぱり直感って正しいんだな」
冬夜は溜め息をつき、「飲み物でも買うか」と言ってコンビニに車を停めた。
ありがたく休憩をとる事にした春佳は、甘い物がほしくて温かいココアを手に取り、紙パックのロイヤルミルクティーにも手を延ばす。
するとブラックコーヒーの缶を手にした冬夜が、春佳が手にしていた商品をスッととり、一緒にレジに出して会計した。
(こういう優しいところは変わってないんだよな……)
車に戻ると、冬夜は「少し待っててくれ」と言ってスマホを弄っている。
その間、春佳は黙ってココアを飲んでいた。
やがて冬夜は「買い忘れた物がある」と言ってまたコンビニに戻り、すぐ戻って後部座席にビニール袋を放った。
そして再度車を発進させてから、コーヒーを一口飲んで言う。
「……俺はお前の〝自慢の兄貴〟でいたかったんだよ」
「そう思ってるよ。ずっとお兄ちゃんが自慢だったし、大好きだった」
春佳は自己否定をする冬夜を励ますように、必死に自身の想いを伝えようとする。
「……だからこそ、お前にだけは知られたくなかったよ」
静かに言った言葉を聞き、春佳は何も言えず黙り込む。
先ほどコンビニに寄ったのは、あのままではヒートアップして口論になりそうだったから、一旦クールダウンしようと思っての事かもしれない。
二人とも、わめき散らして怒り、号泣してもおかしくない目には遭っている。
けれど冬夜が努めて落ち着こうとしているからか、春佳も自分を見失わずに済んでいた。
「……私の気持ちは変わらないよ」
春佳はそれだけは譲らないという気持ちを胸にする。
「……軽蔑してるだろ。『あれだけ頼れる兄貴のふりをしていたくせに、父親に掘られてたのか』って」
その表現の仕方を聞いただけで、冬夜が男性としてのプライドを粉々に打ち砕かれているのを知った。
けれど、春佳の想いだって変わらない。
「してない。見損なわないで」
少し強めに言うと、今度は冬夜が黙る。
「……お兄ちゃんは私の事を好きでいてくれるんでしょ? なら、その〝春佳〟を信じてよ」
試すような言い方をすると、冬夜はしばらくしてから「悪かった」と謝った。
「……ずっと本当の事を知られるのが怖かった。……でももう……」
そこまで言い、冬夜は呆れたように息を吐く。
「俺の知らない事まで全部つまびらかにされたなら、もう言い訳のしようがないよな」
諦めの混じった、どこか嘲笑めいた声を聞いた春佳は、黙ってフロントガラスの向こうを見つめる。
「……ゆっくり考えるか。時間はたっぷりあるから」
「……うん」
二人で思いついた事を口にしたとしても、今は互いに傷つける言葉しか言えない気がした。
それは冬夜も分かっていたのか、そのあとは黙って車を走らせていた。
車はまっすぐ品川区、大田区に入り、アクアラインを走る。
海ほたるパーキングエリアに寄って休憩したあと、またアクアラインを走って千葉県に入った。
進路をひたすら南にとった車は南房総の先端にあるビーチに着き、その頃には、たっぷり二時間車を走らせて二十一時近くになっていた。




