魔除けと妄想
『冬夜の事は、お母さんの分も立派に育てるからな』
私は〝どこ〟を見たらいいか分からなくなった目で、息子に深い愛情を注ぐ。
その身に纏うのは、優那が最期の日に着ていた、スポーツメーカーのグレーのスウェット上下だ。
他者が見れば常軌を逸していると言うかもしれない。
けれど私はこの上なく真面目に、真剣に、優那から託された冬夜を育てていた。
だが、砂上の楼閣のような精神での育児生活が、健全なままである訳がなかった。
冬夜を風呂に入れている時、優那の裸を見ているような気持ちになった。
(優那が冬夜と同じぐらいだった頃、こんな姿だったんだろうか)
そう思った私は、自分の子供を見る以上の目を冬夜に向けるようになってしまう。
そのうち、私は『もしかしたらこの子は女の子かもしれない』と思い、髪を伸ばして育てる事にした。
それまで冬夜の服は青や緑を選んでいたが、黄色を着せるようになると、どんどん女の子に見えてくる。
様子を見にきた母が『最近明るい色を着せているのね』と言うと、『気持ちが明るくなるから』と答えた。
やがて『ちょっと髪が長すぎるんじゃない?』と口を出されると、早口にこう説明した。
『冬夜は風邪を引きやすいし、体が弱い子かもしれない。だから子供の頃は昔の風習に倣って、七歳まで女の子の姿をさせて育てようかと思って。海外でもしていた事だし、魔除けとしていいのかもしれない』
七歳までは期間が長すぎると苦言を呈されたが、私は信心深いふりを通して自分の意志を通した。
両親は私の子育てに口を挟みたがっていたが、今まで親に頼りっきりの私が〝親〟の自覚を得て、あれこれ試行錯誤を重ねているのを見て、好きにやらせようと思ったのかもしれない。
強く抵抗したあと、両親は子育てにあまり口出ししなくなり、『七歳になったらちゃんと男の子の格好をさせ、小学校で皆に溶け込めるようにする事』と約束した上で私の方針を尊重してくれた。
私は冬夜をとても大切に育てた。
艶やかな髪が伸びるたびに彼の母を思いだし、何度も丁寧に櫛で梳いた。
ピンクのワンピースを着せても、近所の人たちは彼を女の子だと信じ『可愛いわね』と言っていた。
冬夜もそのように育てられたので、髪が長い事やスカートを穿いている事に疑問を抱いていないようだった。
外でよその子と交流する事があっても、服の下の体がどうなっているかなんて分からないし、声変わりする前だ。
私は彼が男の子だと気づかれないように、冬夜を女の子として大切に育てていった。
そして夜ごと悪魔が目を覚まし、自分の隣で寝ている子は優那だと思った私は、彼女の柔らかな体を触って口づけるようになる。
私は眠っている〝彼女〟を起こさないように、優しく全身にキスをしていく。
――優那、本当は僕に愛されたかったんだよね。
――僕がちゃんと愛して守ってあげるから、もう怯える必要はない。
優那を愛しているはずなのに、私は毎晩毎晩、止まらない涙を流し続けていた。
歪な親子関係を結んで、それでも平和に過ごしていた二十九歳の二月のある日――。
滅多に鳴らない携帯電話が着メロを奏で、メールの受信を知らせる。
液晶画面に映った名前は、今となっては懐かしい長瀬涼子だ。
【瀧沢先輩、いきなりすみません。先輩しか頼れる人がいなくて連絡してしまいました。会えませんか?】
ただ事ではない様子に、私は表情を曇らせる。
『お父さん、どうしたの?』
ソファに寝そべりテレビを見ていた五歳の冬夜が、私の様子を見て尋ねてくる。
『……ちょっと一緒にお出かけしないか』
『うん!』
冬夜の明るい返事を聞いたあと、私は長瀬に返事を打った。
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