育児に追われる中で歪みゆくもの
育児疲れで『この子さえいなければ……』という想いではなく、彼が三神の血を引き、優那を自殺させた原因である事への恨みだ。
恨むべくは優那を捨てた三神だが、私はなぜか彼にほぼ興味を抱かなかった。
一時はあれだけ執着して三神の事を調べまくっていたのに、今はすべての感情が冬夜に向かっている。
そして優那に二度と会えない分、彼女への想いが心の中に蓄積されて、あらぬ方向へねじ曲がっていく。
『……なぁ、冬夜。お前は目が大きくて可愛い子だし、成長したら優那みたいに美人になるのかな』
私は冬夜と添い寝をし、彼の丸い尻をポンポンと一定のリズムで叩きながら独りごちる。
冬夜はそれに答えず、天使のような寝顔で寝ている。
『……お前の本当の父さんは、何をやってるんだろうな』
以前ほど三神に執着しなくなったとはいえ、まったく興味がなくなったわけではなく、優那を見殺しにした男への怒りと憎しみは、胸の奥でゴウゴウと燃えている。
少しでも報いを受ければいいと思った私は、三神のブログや三神銀行に関わるニュースを頻繁に確認していた。
優那の遺体が高級マンションで発見された事は小さなニュースになっただけで、その部屋の所有者が誰であるか、どんな関係にあるかなどは深掘りされなかった。
検死はしたのだろうが、首を吊って自死したのは明らかなので、他殺のセンは浮かび上がらなかったのだろう。
しかし部屋にベビーベッドがあるのに赤ん坊がいない事に関しては、事件性があるとして、優那の両親の希望で捜査されているようだ。
私は男児連れ去りの犯人であるが、自分に疑いの目が向けられる可能性は低いと見ていた。
私は高校時代に優那に構われていた身であったが、彼女の交流関係すべてから見れば、ごく稀にと言える頻度だ。
優那は顔が良く目立つタイプの男と〝仲良し〟だったし、進路が別れたあとの私は、送り役にも選ばれなかった。
美しく利発な彼女の側には常に男が大勢いて、私もその中の一人。
さらに言えば、三神のような勝ち組の男性や金を持っている中年男性に比べ、私はあまりに目立たない。
優那の交流関係を洗い出されたとしても、目を向けられるのは頻繁に連絡をとっていた相手になるだろう。だから表向き用なしになった私は限りなく〝白〟に近い。
冬夜を連れて優那のマンションを出る直前に、ハッとして彼女の携帯電話を確認したが、私に送ったメールはすでに消去されていた。
優那としても、最期ぐらい迷惑をかけないように……と思ったのだろう。
それに携帯電話を触る時は衣服で包むように操作したから、べったりと指紋がついている事はないだろう。
警察は携帯電話の履歴もチェックしただろうが、私へのメールは削除され、残っているのは彼女と仲の良かった男たちの連絡先、そして優那が三神に復縁を求めるメールばかりだった。
最も〝黒〟に近いのは三神で、ノーチェックの私は〝一夜の過ちでできた子供を育てるシングルファザー〟として生きる。
私の両親も新聞やテレビでニュースを目にしたかもしれないが、まさかその子が冬夜だとは思っていないだろう。
私が育てているのはカナコが置いていった瀧沢冬夜であり、北條樹ではないからだ。
そのように、私は働きながら一生懸命冬夜を育てていった。
しかし夜寝ていると、夢に優那の最期の姿が出るようになり、私を苦しめてくる。
真っ青な顔に髪を張り付かせた優那は、私に手を差し伸べて『どうしてこうなる前に助けてくれなかったの』と恨みがましい目で睨んでくる。
私さえもっと早く優那のSOSに気づいていれば、彼女はあんな最期を迎えなくて済んだだろう。
考えれば考えるほど、自分がとても罪深い事をしたように思える。
私は優那に求められていたのに無視し、彼女を見殺しにしたのだ。
ストレス過多になった私は不眠気味になってろくに物を食べられなくなったが、必死に育児をこなした。
その頃にはすでに、私の頭の中から北條樹という名前は消えていた。
私が育てているのは、優那から託された冬夜だ。
彼女は三神を恨みながら、『瀧沢くんを愛せば良かった』と後悔して最期の日々を送っていたのだろう。
そして私さえ『父親になる』と言ったなら、三人で幸せな家庭を築けると思っていたに違いない。




