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有罪愛  作者: 臣 桜


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悲劇のヒロイン

 大きな声で、その事実を兄に伝えたい。


 けど、どうやって知らせるべきなのだろう。


 兄が憎しみを爆発させたきっかけは、〝父が妹を襲った〟と思わせた嘘だった。


(……お父さん、どうして嘘をついたの? お兄ちゃんに言った言葉が日記通りなら、『レイプした』とは言ってない。お兄ちゃんは過去のトラウマがあるから、煽るような言い方をされて勝手に勘違いしてしまっただけ)


 父が何らかの思惑で冬夜を煽り、息子が自分に殺意を抱くのを狙っていたなら、あの飛び降り自殺は用意周到に計画されていた事になる。


 ただ自発的に飛び降りるだけでは駄目だったのだ。


 父は冬夜の憎しみを受けたあと、冬夜と二人きりになったタイミングで死ななければならなかった。


(そんなに死にたかった? お兄ちゃんが二十四歳になったから『もういいや』って思った? 訳が分からない)


 心の中で様々な疑問を浮かばせても、答える者はいない。


(けど、但馬くんと、多田先生が……)


 自然消滅してしまった元彼と、迫ってきた教師の裏に冬夜がいたと思うと、何とも言えない気持ちに駆られる。


(千絵も、裏でお兄ちゃんに協力してた……)


 だがそれよりも――。


(……お父さんがお兄ちゃんをレイプしていたなんて……。お父さんは私にとって、優しくて温厚ないい父親だったのに……っ)


 何もかも信じられなくなった春佳は、肩を震わせ嗚咽する。


(お兄ちゃんが両親を憎む気持ちは分かる。分かるけど……っ。どうしてこうなっちゃったの!?)


 家族四人、バラバラの方向を見て生きてきたように思える。


 父は倒錯した想いを抱いて息子を見て、母は子供たちに興味を持たず、夫の愛を得られない妻として生きた。


 兄は耐えがたい苦しみから逃れるために妹を生きがいにし、自分を苛む父と、最愛の妹を虐待する母を憎んだ。


 ――私は……。


 春佳は兄の身に起こった事を知らず、父を温厚ないい人と思い、母の事は『病気で不安定だから自分が面倒を見ないと』と思っていた。


 母が精神科を頼るようになった理由は、父の行動にあったというのに。


 母は夫に女として求められない上、息子をレイプしていた事実に耐えられなくなったのだろう。


 春佳はそんな事を知らず、兄は思春期で父と折り合いが悪くなり、自立して出ていったのだと思い込んでいた。


 そして兄の苦しみを知らず、自分に無関心な父と精神的に不安定な母を押しつけられたと感じ、『置いていかれた』と子供っぽい恨みを抱いていた。


 ――一番、鈍感なのは私だ。


 ――皆、想像を絶するつらさを抱いているのに、私は『自分が一番不幸』みたいな顔をして、悲劇のヒロインぶっていた。


「……馬鹿みたい……」


 布団の中で、春佳は両手で顔を覆って呟く。


 ――自分のあまりの愚鈍さが嫌になる。


 ――同じ家で過ごしていたのに、自分は家族が抱えている秘密を何一つ分かっていなかった。


 しばらく春佳は激しく嗚咽し、喉が痛くなるまで泣いた。




 冬夜が帰宅した頃、春佳は兄が部屋の様子を窺ったのを感じて息を殺す。


 兄は自室に荷物を置いたあと、バスルームに向かってシャワーを浴び始めた。


 その水音を聞きながら、春佳はぼんやりと考える。


(お兄ちゃんとお母さんに何ができるだろう。……お母さんに嫌われているなら、もう会わないほうがいいのかな? お兄ちゃんには幸せになってほしいけど……、お兄ちゃんの幸せのために何ができるの?)


 今は衣食住すべての面倒を、冬夜にみてもらっている。


 アルバイトで少し稼げているといっても、自分にはまだ自活能力がない。


(……いや、夜も働けばなんとかなる? 地方から東京に来て、仕送りなしに学生生活を送っている人だっている)


 思えば、何かあった時は大体兄が解決してくれていた。


(それじゃあ駄目なんだ。本当に大好きな人の幸せを願うなら、いつまでも受け身でいてはいけない。自分一人でも生きていけると教えて『もう大丈夫だよ』って言わないと)


 心の中で理想を語るいっぽうで、泥にまみれた闇の春佳が囁く。

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