変装
この日のためにあらかじめ脱毛サロンに行って無駄毛を処理し、〝背の高い女〟と見られるようにしておいた。
顔は日頃から化粧水などで整えているので、そう汚くないはずだ。
ロングヘアのかつらを被った俺は、パッドの入ったブラジャーをし、マキシ丈のワンピースに大きめのカーディガンを羽織り、帽子を被ってサングラスを掛けた。
カーディガンは肩幅や体格を隠すためもあるし、腕には子供の頃に父親に抵抗した時、痣になった痕があるので、普段から長袖で過ごす習慣があった。
このご時世、夏場でもマスクをしている人は大勢いるし、百七十三センチの女性だって珍しくないだろう。
京都は世界中から観光客が押し寄せるし、東京には多種多様な人がいる。
少し身長が高い女がいても、そう目立つ事はない。
ホテルも宿泊客が大勢いる所にしたし、ホテルスタッフにも男が変装したと思われないだろう。
俺は女性物のバッグを持って夕方にホテルから出て、京都駅から東京行きの新幹線に乗った。
前日の夜、父親にメールを入れておいた。
【話があるから、日曜日の夜は家にいてくれ】
【分かった】
それだけのやり取りだが、向こうも三月にあれだけ煽ったのだから、俺がなんらかのアクションを起こすと分かっていたはずだ。
このメールはあいつを殺したあとに削除すれば問題ない。
東京駅に着いたあとは三田線に乗って実家に向かう。
サングラスの奥から周囲の人に注目されていないか窺ったが、新幹線でも駅構内でも、特に注目を浴びてはいないようだ。
――思っていたより、別人になるのは簡単かもしれない。
俺は列車に揺られながらそんな事を考える。
何度この人生をやめて、別の人間として歩みたいと思ったか分からない。
あんな両親のもとに生まれたくなかったし、もっとまともで愛情溢れる親がいる家庭で育ちたかった。
だが今の人生を否定すれば、俺のたった一つの希望である春佳の存在も否定する事になる。
――春佳を守るためなら……。
俺は今頃テーマパークで楽しく過ごしているだろう妹を思い、目を閉じて静かに拳を握った。
女装した理由は、マンションのエントランスに防犯カメラがついているからだ。
だが古めのマンションのため、エレベーターや廊下にはついていない。
だから夜遅くにマンションに入った俺が、何階で下りたかは誰も分からないだろう。
夕方以降は管理人室のシャッターは下りているし、ファミリー層が住むマンションなので、二十一時を過ぎたあとに建物内で人とすれ違う確率は低い。
久しぶりに実家前に立った俺は、異様に高鳴る胸を必死に落ち着かせると、捨てるつもりだった実家の鍵を手にし、鍵穴に挿し込んで回す。
ガチャリと鈍い音がしたあと、俺は目を閉じてゆっくりと息を吐き、バッグから薄手のゴム手袋を出して嵌め、さらにその上に軍手をつけた。
ドアを開けると玄関は暗く、リビングからテレビの音が聞こえる。
レディースサンダルを脱いだ俺は、息を震わせながら呼吸し、奥へ進んだ。
――ドアの向こうに、あいつがいる。
七年間避け続けた男の顔を思い浮かべるだけで、全身に冷や汗が浮かぶ。
(これで終わらせるんだ)
自分に言い聞かせた俺は、ドアノブに手を掛けてゆっくり鬼がいる部屋に入った。
『……おや、綺麗じゃないか』
煙草を吸いながらビールを飲んでいた父親は、俺の姿を見ても驚かず、悠然とした態度で言う。
『まるで小さい頃みたいだな。……あの頃の冬夜は可愛かった』
鬼は穏やかな表情で、しみじみと己の犯罪の記憶を思いだす。
激しい怒りと憎しみ、恐怖がこみ上げたが、俺はグッと感情を押さえつける。
『お前はやってはいけない事をした。春佳に興味がないふりをし続けていたが、大人になるのを待っていたな? この異常者が! 死ねよ!』




