父親を殺すために
父親を殺すための手段は、大体見当をつけていた。
刃物で殺害すれば大事件になり、警察に捜査された挙げ句逮捕されてしまう。
人が死んだとしても騒ぎにならないのは何か、と考えれば、やはり自殺だ。
幸いあの男は煙草を吸っている。
実家では夏になると麦茶を作る習慣があるから、ニコチンが溶けた液を麦茶に混ぜれば、急性ニコチン中毒で死んでくれるのではないか――。
そう思い、七月の連休に春佳と母を実家から遠ざける事にした。
母親の監視下にある春佳は門限通りに行動しているが、自由に遊びたいと思っていない訳ではない。
今でも時々遅くなっては怒られていると聞くし、自分へのご褒美にカフェで甘い物を食べたい、友達と旅行に行きたいという欲も持っている。
なら、母親が家を空けたなら、春佳も遊びに行きたいと願うだろう。
春佳を連れ出す役割は、彼女の親友である北原千絵に任せた。
彼女とは面識があり、たびたび春佳と三人でお茶や食事をする事があり、ご馳走していた。
俺としても春佳の側にいる千絵と仲良くすれば、妹が大学でどう過ごしているか教えてもらえると思い、優しく接し続けてきた。
四月に入り、俺は千絵を東京駅近くのカフェに呼び出した。
『どうしたんですか? 春佳には内緒って……』
現れた千絵は、不思議そうな表情で席に座る。
『好きな物を頼んでいいよ。……実は今回、千絵ちゃんに頼みがあるんだ』
『ありがとうございます。……頼み?』
彼女はメニューを手に取り目を瞬かせる。
俺は脚を組み、少し照れくさそうに言った。
『春佳の事なんだけど、ずっと母親を気にして自由に遊べずに過ごしているだろ?』
『……そうですね。こう言うと失礼ですが、女子大生にしては門限が厳しすぎて気の毒です』
千絵は本当に春佳を大切に思っているらしく、眉間に皺を寄せて言う。
『君の言う通りだよ。春佳は毒親に洗脳されて、自分が虐待されていると自覚できないでいる。俺はなんとか妹を実家から出してあげたいと思っているんだけど、春佳が気づかない限りどうする事もできない。無理に家から連れ出したら、両親への申し訳なさから俺にネガティブな感情を抱くかもしれない』
少し翳りのある表情で言うと、彼女は真剣な顔で頷いた。
『冬夜さんの言う通りだと思います。春佳はとてもいい子なんですが、ちょっとこう……なってるところがあります。私もときどき言葉を選んで口を挟む時があるんですが、あまり言い過ぎると喧嘩になりそうだから、強く言えなくて……』
千絵は途中で目の横に両手を添え、まっすぐ前しか見えていないというジェスチャーをする。
『妹を大切に想ってくれてありがとう。春佳はいい友達を持ったな』
『へへ、やめてくださいよ。冬夜さんみたいな格好いい人に言われたら、調子に乗っちゃいますから』
千絵は照れ笑いをし、メニューを覗き込む。
やがて彼女はケーキセットを頼み、俺はホットコーヒーをオーダーした。
待っている間、俺は本題を切り出す事にする。
『それで、頼みなんだけど』
『あっ、はい! 冬夜さんのお願いなら、なんでも聞きます』
千絵は身を乗り出して言い、俺は純真な彼女に扱いやすさを覚えて微笑む。
そしてバッグからチケットホルダーを出した。
『でんでんでんでんでん……、ここにチケットがあります』
半分ふざけながらゆっくりとチケットをテーブルの上に滑らせると、千絵の目が輝く。
チケットホルダーには有名テーマパークのフリーパスと、敷地内にあるホテルの名前が書かれてあったからだ。
『えーっ!? これ、どうしたんです?』
彼女は両手を合わせ、期待の籠もった目で俺を見る。
『今言った流れで、春佳にたまには羽を伸ばして楽しんでほしいと思って。ペアだから、良かったら一緒に行ってあげてくれないか? 七月半ばの連休で予約を取ったんだけど』
『勿論です! わーっ! 嬉しい! 役得!』
千絵は声を弾ませ、大喜びする。
『……ただ、さらにお願いがあるんだ。俺からのプレゼントだと知ったら、春佳は俺にも両親にも遠慮すると思う』
少し声のトーンを落として言うと、彼女もまじめな顔になって頷いた。




