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有罪愛  作者: 臣 桜


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お父さんの死の犠牲者

「それに春佳が母親を優先して友達と遊ぶのを控えたら、そのうち友達に誘われなくなるかもしれない。親父の死を悲しめば悲しむほど、毎日が非日常になる。最も大切にすべきは日常だ。どれだけ悲しくても、母親が入院しても、自分の生活を犠牲にするべきじゃない」


 兄の言葉を聞き、春佳は溜め息をつく。


「……言ってる事は分かる。……お兄ちゃんの言う通りなんだと思う。……でも、私には両親への情がある。お兄ちゃんにも家族への愛情はあるだろうけど、先に家を出て自立している人の上から目線の説教に思える。……人から見てどれだけ酷い家庭でも、私にはあの両親しかいなかったのに」


 言いながら、兄もまた〝強者〟なのだと思った。


 バリバリと働き、立地のいいマンションに住んで経済的な余裕もある。


 それに比べ、春佳は自立できておらず、実家で両親と過ごす事がささやかな幸せだと感じる、ごく普通の女子大生だ。


〝日常〟が一番だというなら、春佳にとって両親が揃い、母に文句を言われながらも過ごしてきた今までの日々だって、とても大切なものだったのだ。


「……言っても仕方ないけど、お父さんさえ死ななければ……。……どうして自殺なんて……っ」


 春佳の声が涙に歪む。


 父が何を思って、マンションから飛び降りたのか分からない。


 なぜ父が死んだのかなんて誰に問うても分からないのに、結局そこに行き着いてしまう。


 しばらく春佳が嗚咽する声が室内に響き、冬夜はそれを黙って聞く。


 やがて兄はグラスに残っていた麦茶を飲み干し、呟くように言った。


「子供はいつか親から卒業しないといけないんだよ。親だっていつかは死ぬ。老衰だとは限らないし、病気や事故、自殺……、様々な死因がそこらに転がっている」


 それはこの世の真理だ。


 分かっている。――けれど、やるせない。


 満足いくまで付き合って、覚悟した上で親を見送れる子供は幸せだ。


 だが最期の言葉すら聞けず、理由なく突然いなくなられると、持て余した感情をどこにぶつけたらいいか分からなくなる。


 ――私たちは、お父さんの死の犠牲者だ。


 母だって、父さえ死ななければ、ああならなかっただろう。


 父の事は大好きだったのに、理由の分からない自死という特大の裏切りをされた。


 だが父にもつらい事があったのかもしれないと思うと、完全に責める事はできない。


 責めたとして、死んだ父はなんの責任もとらない。とれない。


 遺された者たちが、自分の心と感情と向き合い、昇華しながら父のいない人生を歩んでいくしかないのだ。


 涙が引いたあと、春佳はティッシュで洟をかんで言う。


「親から子への世代のバトンって言うけど、放り投げられたバトンでも、拾って走っていかないとならないんだね」


「そういうもんだろ。本当は誰だって豊か生活を送り幸せな結婚をして、可愛い子供に恵まれて、孫たちに囲まれて幸せにあの世へゴールしたいと思っているかもしれない。でも、なんらかのアクシデントがあって、途中棄権する人だっている」


 言われて、春佳はノロノロと冬夜を見た。


「そんなに親父が気になるなら、あの世で誇ってもらえる生き方をすればいいだろう。俺が見守ってるから、春佳は自分のやりたい事をして精一杯生きろよ。頑張っているうちに、誰かが認めてくれるかもしれない。皆に讃えられる生き方じゃなくても、お年寄りに席を譲るとか、そういうささやかな事でいい。自分が〝善い〟と思った事をして、生きるしかないんだよ」


 前に進むしかないと言われ、春佳は溜め息をつく。


「……立ち止まっていられないんだね」


「つらい時は立ち止まってもいいよ。でも同じ場所に留まりすぎると、足を動かすのが億劫になる。だから、どんな事があっても普通に過ごしていくのが、一番大切なんだ」


 自分に言い聞かせるような兄の言葉を聞き、春佳は小さく頷いた。





 それから一か月近くは、何事もなく平穏に過ごした。


 兄との生活も慣れ、いつかのように変な雰囲気になる事もなく、協力し合って生活できている。


 日々を送る間、様々な感情があったが、まずは冬夜が言っていたように勉学に身を入れた。


 たまに千絵と遊んで気晴らしをすると、鬱屈とした気持ちが楽になる。


 家庭教師のアルバイトは辞めた。


 他の仕事も経験したほうが人生勉強になるかもしれないと思い、今度は銀座にあるホテルの和食レストランスタッフとして働き始めた。


 外国人客も訪れるので、英語を話せるスタッフが重宝されている。


 交通費が支給される他、何かと条件が良く、働く時間も融通を利かせてもらえたので、当面そこで頑張るつもりだ。


 今まで不特定多数の人と話す機会が少なかったので、最初は接客業のいろはを覚えるのが大変だったが、次第に人と接する楽しさを覚えていった。


『春佳はどっちかというと人見知りだから、ちょっと人の間で揉まれたほうがいいんじゃない?』


 千絵の意見を聞いて納得した春佳は、これから少しずつ自分の世界を広げていきたいと思っていた。




**




 《《それ》》を見たのは、十月上旬の水曜日だった。

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