第3話 配下として
あれから数か月。
魔王軍として迎え入れられた5人は担当の軍服に身を包み、それぞれの役職で活動はしていたが、変わらず仲が良く5人で移動中など行動を共にすることが多かった。
「オピリニア!この間のおっぴーろぼなんだけどさ!ボクに操作させてよ!」
「いいですよ、イトゥルスは電気魔法に特化してますしね。操作は十分でしょう。」
「ねえ、キギョドン!この間の『えのきら』見た!?あたし熱くなっちゃう!!」
「ここで脱がんでや、ラヴェルニクス。・・・ノーヴェイン?」
魔王城廊下の真ん中、ノーヴェインは4人から少し離れたところにいた。
その横には女子兵士が2人いる。
「あいつ、女の子に話しかけて鼻の下のばしとるんちゃうんやろな。」
「にしては、あんまりいい表情してませんね。」
「それ本当?」
立ち話をたまたま聞いたノーヴェインは、2人組に尋ねた。
「はい、最近ヒロヴェイル様の魔力が弱っていらっしゃるんじゃないかって兵士の間で噂になっていて。あ、でも、噂ですからね?まさか、ヒロヴェイル様に限ってそんなこと・・・。」
「そう、教えてくれてありがとう。」
2人組は一礼すると足早に去っていく。
「聞いたでしょ、どう思う?」
「それは・・・。」
コンコンコン
「入れ。」
「失礼します。」
5人でヒロヴェイルの部屋を訪れた。部屋の中では手を休めることなくヒロヴェイルが事務仕事に追われていた。
「姫様。少し休まれては・・・?」
「ビネスト、お前こそ休んでいろ。待たせたな、お前たち。何か困りごとか?」
いつもと変わらないヒロヴェイルの表情に、他の4人は安堵する。
しかし、ノーヴェインだけは眉をひそめた。
その目の下にクマがあることを見抜いたからだ。
「ヒロヴェイル様の魔力が少なくなっていると城の中で噂になっています。わたし達に何かできることはありませんか?」
「用はそれだけか?噂になるほどとは私ももっと努力せねばな。」
「無理してるんじゃないの?ボクたちだって頑張るけどさ・・・。」
「何も心配はいらない。お前たちの頑張りは私が一番よく理解している。」
「じゃあ、その目の下のクマは何?」
「は?」
ノーヴェインの問いかけにヒロヴェイルは不審そうな顔をした。
「クマ?何のことだ?」
「気づいてないの・・・?」
「とにかく私は問題ない。他の用件がないなら業務に戻りなさい。」
ヒロヴェイルに冷たく突き放された5人はとぼとぼと廊下を歩いていた。
「ヒロヴェイル様、あんな冷たく言われるなんて。」
「よっぽど弱ってるところをみせたくないんとちゃう?」
「あたしたちじゃダメってことかな。」
「ノーヴェインが言ってたクマも気になるよね。・・・聞いてる?」
ノーヴェインは一人ヒロヴェイルの仕事部屋の方に視線を向けていた。
「・・・あぁ。」
今はヒロヴェイルが自覚していない。何を言っても駄目だろう。そう思うと、食堂の方へ向かって他の4人とともに歩き出した。
「あー。飲みすぎた・・・。」
その日、お酒を飲むのが好きなノーヴェインは夜遅くまで酒場で飲んでいた。
魔王城の方に帰ってくると、ふらふらと中庭を歩く。
「ん?」
ふと、魔王城の上階・ヒロヴェイルの仕事部屋に明かりがついていることに気が付いた。
「まさか・・・。」
仕事部屋には5分とかからずたどり着いた。
コンコン
「ヒロヴェイル、いるの?」
普段ならビネストかヒロヴェイルの返事が来るはずだが、誰も答えない。
深夜だから当たり前だ。でも、部屋には明かりがついていた。
「あれっ。」
試しにドアノブを回してみると、簡単にその扉は開いた。
「失礼します。」
いつもヒロヴェイルが座ってる作業台には誰も座っていない。
ビネストが待機している気配もない。
ただの電気の消し忘れか、と部屋を後にしようと思って、ノーヴェインが振り返ったその時。
「うぅ。」
小さなうめき声が作業台の下から聞こえた。
驚いてそっちを向くと、作業台の角から見慣れた編み上げブーツが見える。
「えっ。」
急いで駆け寄るノーヴェイン。
作業台の裏では、真っ赤な髪の女の子が横たわっている。
「ヒロヴェイル!!」
「ノーヴェイン・・・?」
急いで抱きかかえると、困ったように笑ってからヒロヴェイルはその手を拒んだ。
「大丈夫、少しめまいがしただけだ。大したことじゃない。」
「こんなになるまで何してるの。」
「今日中に仕上げなきゃいけない作業があって・・・。」
「とにかく一回横になって。」
「いや、仕事が・・・。」
「オレが朝一緒にやるから。」
「明日は非番だろう?ノーヴェインは休まないと。」
「そういうヒロヴェイルが休めてないじゃないか!!」
ヒロヴェイルの肩がびくりと跳ね上がる。
大声を出してしまったことに気付いたノーヴェインは、小さくごめんと謝ってヒロヴェイルの手を取ると近くのソファに2人で腰かけた。
「気づいてなかったんだ、疲れていることに。ノーヴェインに言われて初めて目の下にクマができていることも知った。周りの心配ばかりで自分のことないがしろにしてた。」
「うん。」
「今夜だけ、休む。明日からいつも通りの私で。」
「うん。」
「ノーヴェイン。」
「どうした?」
「抱きしめてほしい。」
「うん、いいよ。」
ずっと誰かに甘えることが出来ないまま来てしまったんだろう。ノーヴェインはヒロヴェイルを黙って抱きしめて、とんとんと優しいリズムであやした。
しばらくすると寝息が聞こえてくる。
そういえば今日は飲んだんだったと、ノーヴェインも目を閉じた。
「ヒロヴェイル様失礼します・・・こんな朝早くから業務なされているなんて大丈夫なんやろか。」
朝早く、仕事を持ってきたキギョドンは空いている扉に違和感を覚える。
中に入ると仲良く寄り添って寝ている二人。
ぐしゃ
持っていた書類を握りつぶして、キギョドンは恨めしそうにつぶやいた。
「許さない・・・。」