第1話 城下街のバナナ
2XXX年、魔界――。
ゆがんだ倫理観と、力だけが正義のこの世界・・・なんてことはなく、人間と姿かたちが違うだけで何ら変わらない魔物たちの世界。
その頂点に君臨する魔王、ヒロヴェイル・ライジェットは城下街を歩きながら一人ため息をついていた。
最近、魔王軍の運営がうまくいっていない。部下は優秀で皆それぞれ活躍をしてくれている。それなのに自分はトップとしてうまくやれているのだろうかと不安でたまらなくなる。それに部下1人1人の仕事量も問題だ。自分がいくらか無理をするのは構わない。部下が時折疲れた顔をしているのを見ると己の力量不足に嫌気がさす。
城下街は楽しげににぎわっていた。
みんな笑顔だ。少し安堵する。
市場を抜け、城下街のはずれのほうに足を進める。先ほどの賑わいと違い穏やかな時間が流れていた。
「わー!おにいちゃんがんばれー!」
「くすくす、今度は青くないのにしてね。」
何かの見世物だろうか。興味がわいたヒロヴェイルは、人だかりに近づいていく。
「いきますよー!召喚、オレに応えて!」
人だかりの中心にいた青年が何かを召喚しているようだ。
それを見ている人々は何やら楽しそうにしている。
「わはは!」
「おにいちゃんまた失敗したー!」
「あれ、おかしいな。もう一回!召喚!」
「腐ったバナナ・・・?」
よく見ると青年の足元には、腐っていたり青すぎたりして食用には向かないであろうバナナたちが転がっていた。
「「「おー。」」」
「・・・やっと成功したぁ。」
何度か召喚を繰り返して、青年の手には黄色い美味しそうなバナナが。
それを青年は目の前にいた少女に手渡す。
「はい、どーぞ。」
「おにいちゃんありがとう!」
「また来てね。」
少女は嬉しそうにバナナを抱えて家族のもとへと帰っていく。
それを見た人々はいいものを見たと楽しそうにいくらかの銀貨を青年に渡すと、それぞれの場所へ帰っていく。
人々が去った後には、ヒロヴェイルと青年だけが残っていた。
「お兄さん、すごいんだな。」
「オレなんて、たいしたことないですよ。バナナしか召喚できないし。」
「それでもみんな笑顔だった。」
「笑いものになっているだけですよ。」
どこか寂しい言い方に聞こえたのは気のせいだろうか。ヒロヴェイルは、青年の灰色の瞳をただ見つめていた。
「私にも1つ、くれないか。」
「いいですよ、サービスしておきますね。」
青年の手が輝いて、今度は一回でちゃんとしたバナナが出てきた。
それを優しく手渡すと、青年はふわりと微笑んだ。
どきっ
ん?とヒロヴェイルは首をかしげる。
なんか心臓が音を立てたような気がしたのだが、気のせいだろうと青年からバナナを受け取った。
「オレは、ここでバナナ召喚の見世物をやってます。」
「ああ、いい仕事だな。名は?」
「ノーヴェイン・ベルディング。」
「私は、ヒロヴェイル・ライジェット。」
「なんか名前似てますね、オレたち。」
「そうだな、なあノーヴェイン。」
ヒロヴェイルは、人を見る目だけはあった。
今の魔界の安定した運営をできているのもその観察眼あってこそのことだ。
「魔王軍に入る気はないか?」
その言葉を聞いたノーヴェインは苦い顔をする。
しかし次の瞬間には柔らかな笑顔を浮かべていた。
それが意味することくらいヒロヴェイルにはわかっていた。
「オレは戦力になりません。」
「・・・。」
「オレは魔王様の足をひっぱってしまうだけですよ。」
「それでも君に可能性を感じた!」
「可能性?戦死のですか?」
苦笑い、いや先ほどまでの少女に向けた笑顔と違い冷酷な笑みを浮かべるノーヴェイン。
拒絶されたと気づいたときには、バナナ柄のトランクス姿の男は店じまいを始めていた。
「どうしてもだめか。」
「またここで見世物をしていますよ。」
ヒロヴェイルは魔王城に戻りながらため息をついていた。
あんなにはっきりと拒絶されたのはいつぶりだろう。
もう会いに行くことも出来ないなと思っていると。
「調子乗ってんじゃねえよ!」
どこからか怒号が聞こえる。
路地裏の方からだ。ここでもよくないことが起きてるのかともう一つため息。
「お前なんてな!バナナしか召喚出来ない無能召喚士なんだよ!」
「がはっ。」
「魔王軍にスカウトされた?ふざけんなっての!」
「ぐっ。」
見覚えのある下着姿が地面に転がっている。
ぷつっ
「お前たち、何をしている?」
「なんだよ、お前には関係ないだろ!」
「なにを、している?」
「関係ないって!」
「お、おい、あれって・・・!」
冷気が隠し切れない。魔界でここまでの魔力を扱えるのはただ一人。
下着姿の男を囲って暴力を振るっていた男たちは顔色を変える。
「ま、魔王様・・・。」
「魔王様・・・?」
「散れ、二度とこいつに近寄るな。」
「ひ、ひいいいい。」
「も、申し訳ございませんでしたあああ。」
男たちは逃げ去るように去っていった。
魔王軍の一員だろう。しかるべき処置を与えなくてはと思いながら地面にうずくまっている男に駆け寄る。
「おい、ノーヴェイン生きているか!?」
「はは、かっこわる。」
あざだらけのノーヴェインに治癒魔法をかける。傷はたちまちのうちに治っていった。
「ありがとう、ヒロヴェイル。いや、魔王様と呼ぶべきか。」
「ヒロヴェイルでいい。お前こんな仕打ちをいつも・・・。」
「もう慣れましたよ。」
2度目の拒絶。
ヒロヴェイルはただ、治癒魔法をかける手を止めることが出来なかった。