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36公園の青
公園の空が青い
雲一つなく偽物のようだ
青に彩られた偽りの天気に手をかざす
遠くても手が届きそうな感覚が風に流される
公園の鉄棒は規則正しい
順序よく並んでいて利用者を待っているが
誰も来ない
来なくても律儀に整列している
砂場は犬猫の用足に使われるので汚いと
コンクリートで埋められた
ジャングルジムも撤去された
鉄で遊ぶ大道具類は軒並み同じ扱いを受けている
一見芸術家が造ったような幾何学造形のように思えて
じつはただの量産物のジャングルジム
今は隅っこの鉄棒しかない
のっぺらとした公園に
空の青が降り注ぐ
それを浴びて今日も見知らぬ子どもが
楽しそうに走り回る
公園には人がいるが
上空から四角い空が落ちてきて
見上げれば太陽だけが孤独に強がっている
37歴史
歴史は死者の出来事を生き生きと語って
まるで彼らが生きているように活躍させる
今ぼくらはどこか死んだように日々の生活をしている
活躍したという実感が湧いてる人は一部だろう
生活の中ではぼくらはルーティンの歯車でありネジだ
それが一つでもないとあっという間に暮らしに困ってしまう
そんな存在でしかない
だから誰もが事件を願っている
そして死者役のひとが損をしては愉しむ
笑ってその日の出来がよかったように感じている
死者を怖がってはいけない
安心して死者になるがいい
それが生きることだ
次なんてないこの世界に
いつまでも夢想してても
何も起こりはしない
生きて生きて死んで生きてを
一つしかない命の中で繰り返していく
それだけであなたには次がある
38影
影が歩いていると
ぼくがついてくる
ぼくが歩いていると
影は遠くなっていく
影が笑うと
ぼくは悲しくなる
ぼくが笑うと
影は無感情になる
影とぼくは
同じ時間を過ごし
同じ場所に立っているが
全く違う性格と性質をしている
全く違う素材でできた同型の彫刻のようだ
影ができる仕組みは
ぼくが明かりを邪魔してできるが
ぼくができる仕組みは
影が明かりをそのまま屈折させて
ぼくを反射してできる
影の形をしたぼくはぼくの心の形をしない影が
あまり好きではないしそれほど嫌いでもない
39壁とドア
壁がある
その先には行けない壁である
よじ登っても無駄なくらい高いし
天井が見えない
どうしたものかと思案していると
鍵の開く音がして壁のドアから一人の老人が出てきた
どうしましたかねと
問うので
どうしてもこの先に行きたいが
壁があって行くに行けないと
理由を述べた
それは大変ですねと
他人事のような気を使ってるような
柔らかな物言いで老人は困ったような表情を作ってみせた
ドアから出れればいいとは思ったが
老人が勧めてくれない
なにか理由があるのだろうか
老人は少しの間ぼくの話し相手になってくれたが
しばらくして腕時計を確かめると
そろそろ行かなければ
と元のドアから出ていってしまった
老人の去り際
消えゆく背中に向かって
聞こえないくらいでいいくらいの声で
ありがとう
とぼくはつぶやいた
もし老人の心に届いてくれてるのなら
また来てくれるだろう
そんな僅かな期待を込めて
老人の目にはドアはあったが
壁なんてものは一切なかった
彼がどうしてそんな事を言ったのか
不思議でならなかったが
ありがとうの言葉に
また彼に会ってみたいという
感情がふつふつと湧いてきていた
どこか気になる彼ともう一度話せば
何かわかるかもしれない
そんな気にさせてくれるひと時だった
彼と会うことは老人の数少ない愉しみになっていた
ひとには各々心の壁がある
それが見えていたとしても
通り過ぎてしまえば
なんの問題もないのだ
40家畜の豚
家畜の豚は死ぬために生きている
食べられるために精一杯ご飯を食べる
人に殺され
人に解体され
人に食べられることを喜びとし
人に美味しいとか不味いとか言われるために
生きてるわけではない
家畜の豚にだって感情はあるし生きつづけられるなら
生きたいと思ってるはずだ
死にゆくぶくぶく太った身体を
せわしなく揺らしながら
今日も飼育員を見つめている
ぼくはいつまで生きていられますか
豚に知能があれば
そう問いただすに違いない
悲しいことに豚にはそういった知能はない
悲しいことに人にはそういった知能がある
生きたいとも思うし
死にたいと思うときもある
それでいいのだ
人は人なのだから
所詮家畜の聖者にはなれないのだから