8話 役に立ちたい
翌日コーデリアは午後から再びカーター家に顔を出した。コーデリアと同行したデビーとアルフレッドの姿を見つけると、嬉しそうに庭仕事をしていた老婆……エミ―が頭を下げた。
「いらっしゃいませコーデリア様。それにアルフレッド様と……」
「コーデリア様の侍女のデビーです」
昨日帰宅が遅くなったことでグレンダには叱られなかったものの、デビーはとても心配していたようで軽くお説教されてしまった。コーデリアがまた外出するときは絶対着いて行くと聞かなかったのだ。デビーはすまし顔で頭を下げる。
「レイラさんの具合はどうですか? リアちゃんも……」
「ええ、昨日お医者様に薬を頂いたおかげで大分落ち着いたんですよ」
「領主代理殿から差し入れを預かってきた。何かできることがあれば遠慮なく言ってくれ」
今日カーター家を訪問したのは、赤ん坊の母親であるレイラの体調がまだ心配だったからだ。グレンダからの見舞いの品を持ったアルフレッドが籠を差し出す。中には新鮮な野菜や果物に焼き菓子等が入っていた。
(アルフレッド様も休暇に来ているはずなのに、私に付き合わせてしまって申し訳ないわ……)
なぜかアルフレッドは今日もコーデリアに同行してくれていた。屋敷を出るときにグレンダから持たされた見舞いの品を持って一緒に行くと着いて来たのだ。グレンダにコーデリアだけでは不安だからと頼まれたのかもしれない。ちなみにユージーンは畑仕事に駆り出されているようだった。
「わあ……赤ちゃん、小さいですね。手もこんなに……。ぷにぷにです」
初めて赤ん坊のリアに対面したデビーは感激した様子でほうとため息をついた。小さな赤子を腕に抱いてあやす姿を横目で眺めながらコーデリアはエミ―と台所に立っていた。
「エミ―さん、お野菜洗い終わりました」
「ありがとうござます。ではこちらに塩を入れて……」
コーデリアはというと、グレンダからの見舞いの品である野菜を使ってエミ―と一緒に消化に良いスープを作っていた。レイラの体調は昨日よりは落ち着いていたがまだ回復には時間がかかりそうだった。そのためデビーが子守りを、コーデリアが料理の手伝いを申し出たのだ。
最初はデビーが料理を手伝おうとしていたのだが、作り方を覚えたいからとコーデリアが代わってもらった。
(私よりデビーの方がきっと赤ん坊を安心させられるわ)
昨日、ニコニコと笑うリアを見て本当に愛おしいと思った。また触れ合いたいと思ったけれど、よく考えてみればにこりともしないコーデリアが子守りではリアが不安に思うかもしれない。その点デビーならきっとリアを笑顔で安心させてあげられるだろう。赤ん坊のリアと対面した時の嬉しそうな彼女の顔を見てそう感じた。
料理を覚えたいというのも嘘ではないけれど。
「エミ―さん、薪割り終わったぞ」
「アルフレッド様、ありがとうございますねえ。少し休憩してくださいませ」
入口からアルフレッドが顔を出した。彼は庭で薪割りをしてくれていたのだ。王子に薪割りなんて、とエミ―は恐縮していたが、アルフレッドはアンカーソン村に滞在するときはよくやっていたらしい。季節は冬に近いが身体を動かしたためか少し汗をかいた様子のアルフレッドが髪を結び直しながらやってくる。
舞踏会の夜に見た、一分の隙も無い王子としての姿とはずいぶん印象が異なるなと内心コーデリアは思っていた。おそらくどちらの姿であっても女性からの人気は変わりそうにないけれど。
「いい匂いがするな」
「野菜のポタージュの作り方をエミ―さんに教えてもらっていました」
グレンダからの見舞いの品である野菜を使ったポタージュはくつくつと鍋の中で煮えている。エミ―の出した紅茶を飲みながら、アルフレッドは感心したように呟いた。
「へえ、美味しそうだ」
「少しお召し上がりになりますか?」
「いいのか? これはレイラとリアのだろう?」
「グレンダ様からたっぷり野菜を頂きましたから。アルフレッド様は育ちざかりなんですからたくさん食べないと」
遠慮するアルフレッドだったがエミ―はたっぷりと皿にポタージュをよそう。育ち盛りってもう子供じゃないんだが、と少々照れながらもアルフレッドは皿を受け取っていた。その様子にデビーの腕の中でリアがキャッキャと笑う。
「では、私はレイラさんにポタージュを持って行きますね」
「コーデリア」
別室で休んでいるレイラのためにポタージュを持って部屋を出ようとすると、アルフレッドから声をかけられた。
「ありがとう。とても美味しいよ」
「……私は手伝っただけです」
その言葉に慌ててコーデリアは首を横に振った。自分は何もしてない。なんだか気恥しくて足早に部屋を後にした。あまり褒められた経験がなかったので驚いてしまったのだ。
(驚いた……)
扉を閉めて立ち止まったコーデリアは手に持ったトレーに乗せたポタージュを見つめて小さく息を吐く。
まさか自分のような笑顔一つできない陰気な女の作った料理を美味しいと食べてくれるなんて。少し変わった人物なのだろうか、などと失礼なことを考えてしまってから、いやそれは違うとコーデリアは一人首を振る。アルフレッドはいずれウォーレン王国の王となる人なのだ。きっと器が大きいのだろう。
驚きすぎてまだ少し早い鼓動を刻む胸を押さえながらコーデリアはレイラの部屋へと向かうのだった。
「コーデリア、まだ起きてたの?」
「この書類だけまとめてしまおうと思って」
最近コーデリアは忙しい。
屋敷の人々がほとんど寝静まった夜中、部屋から漏れている灯りに気がついたカレンが顔を出した。
本来であれば日中に終わらせたかった書類を整理していたのだ。願い箱の整理をしてからグレンダの領地経営の雑務もコーデリアは手伝うようになっていた。
それ以外にも人手の少ない領主の屋敷ではやることはいくらでもある。家事や掃除も率先して手伝い、ハンナには裁縫や料理を習っている。
「もう今日はおしまい!」
「え?」
ため息をついたカレンがコーデリアから書類を取り上げた。
思わず両手を伸ばしたら、代わりに温かいミルクの入ったマグカップを渡された。
「コーデリアは最近働きすぎ。母さんもデビーもみんな心配してるわよ」
「ご、ごめんなさい……」
「あんまり無理したら今度はコーデリアが倒れちゃうわよ。一体どうしてそんなにがんばるの?」
自分のマグを持ってベッドに腰かけたカレンと向かい合って、コーデリアはなんだか申し訳ない気持ちになる。まさか心配されていたとは。心配なんてデビー以外からはほとんどされたことがないので考えもしなかったのだ。
白い湯気のたつマグを両手で包み込むように持って鼻を近づけるとミルクの甘い香りがした。それだけで何かに追い立てられていたようだった心が少しだけ安らぐ。
「どうして……かしら」
「ちょっとコーデリア。やっぱり疲れてるじゃない」
「そうかもしれないわ。ごめんねカレン」
どうして自分はこんなにがんばっているのか。
クローズ家に居た頃のように誰かに強制されているわけではない。むしろグレンダをはじめ周囲の人々はコーデリアのできることを無理のないペースでやればいいと言ってくれている。
アンカーソン村へ来て一ヶ月半。
人々は皆温かくて、この場所が好きだとコーデリアは思い始めていた。
クローズ家にいた頃よりもずっと息がしやすいのだ。
「……新しいことを色々教えてもらえて楽しかったのかも」
「そっかあ。確かにここだと王都のお屋敷じゃ体験できないことがたくさんあるだろうからね。でも無理しちゃ駄目だよ」
カレンにそうクギを刺されてコーデリアは大人しく頷いた。
周囲に心配をかけたいわけじゃない。今日はこのミルクを飲んだらベッドに入ろうと考えていると、そうだとカレンが顔を上げた。
「ねえコーデリア。何か新しいことをしたいなら、今度教会へ行ってみたらどうかな」
「教会?」
アンカーソン村の東側には教会がある。村に来たばかりの頃に一度案内はされたが、それ以来訪れたことはなかった。一体どういうことだろうと、コーデリアは首を傾げた。
「あそこは村の学校としても使っていてね、毎日子供たちが通っているの」
「そうなのね」
「だけど先生が少なくてね。領内の別の村にも教えに行かなくちゃならないし、毎日は来てもらえないのよ。だからコーデリアが教えてくれたらなと思って」
「ええ!?」
つまりコーデリアに子供達の教師になってほしいとカレンは言っているのだ。予想外の言葉にマグを取り落としそうになって慌てて持ち直す。カレンは名案だと言わんばかりに猫のような大きな瞳を輝かせた。
「教えるのは簡単な読み書きくらいだからコーデリアならできるでしょ? 私も手伝いたいけど洋裁店の仕事があるし」
「ま、待ってカレン。私に先生なんて」
「大丈夫だって。それに新しい出会いがあればきっともっと楽しくなるわよ」
「楽しく……」
カレンはグレンダの仕事を手伝う傍ら村の洋裁店に勤めている。忙しい彼女よりはコーデリアの方が確かに時間があるし、貴族として最低限の勉強はさせられていたので読み書きくらいなら教えられるかもしれない。そうは言っても急に先生になれと言われても戸惑ってしまう。
けれどカレンの笑顔と言葉に押されて、ついコーデリアは頷いてしまったのだった。
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