7話 放っておけない
「まったく、村の酒場で宴会なんて! 前回こちらにいらしてたときはまだ未成年だったはずですよね?」
「あー……えっと、そ、そうだったか?」
願い箱を回収した帰り道。領主の館へと向かう畑意外何もない農道を歩きながらユージーンが乱れた栗色の髪を直していた。隣でアルフレッドは目を逸らしている。おそらくユージーンはまだ若いので前回は別の従者が随行したのだろう。ウォーレン王国では十八歳で成人とされる。現在アルフレッドは二十歳なので、確かに三年前こちらに来ていた時は未成年のはずだ。
そんなことをぼんやり考えながらコーデリアはアルフレッドへ視線を向けた。
「今夜もお呼ばれされているのですか?」
「ああ、村長達が歓迎会を開いてくれるって。コーデリアは……」
「いけません!」
ぴしゃりとユージーンがクギを刺す。アルフレッドは苦笑して肩をすくめた。
「……アルフレッド様は以前から村の人達と仲が良かったんですか?」
「いや、もちろん最初はもっと距離があった。だけど滞在している間に村を周ってみたり、畑仕事や狩りの仕事を手伝ううちに、少しずつ打ち解けていった感じかな。ここ数年は王族としての仕事も増えて来られなかったんだが」
なるほど、とコーデリアは思う。
明るく人の良い彼だからこそ村人は心を開いたのだろう。
そんなことを考えていると農道の脇に一件の小さな家が見えてきた。老婆と赤ん坊を抱えた若い女性が困ったように顔を見合わせて屋根を見上げていた。
「……こんにちは。どうかされましたか?」
「これはコーデリア様……とあらまあアルフレッド様まで!」
アルフレッドを見て老婆が驚いている。以前滞在している時に会ったのだろう。本当に顔が広いな、とコーデリアが感心していると赤ん坊がふにゃふにゃと泣きだした。
「まあ、寒いのかしら」
「実は屋根に穴が開いてしまったみたいで、探していたのです」
「屋根に穴?」
ユージーンが背伸びをする。
劣化した屋根の板が一部剥がれて隙間が空いてしまっているようだ。
「これでは雨漏りしてしまいすね」
「うちは息子が出稼ぎに出ていて女二人しかいないからねえ、困ってたんですよ」
「補修するには屋根に上らなければなりませんね」
領主の屋敷に帰ってサムに聞けばいらない板切れを貰うことはできるだろう。
「では俺が手伝おう。ユージーン、板を貰ってきてくれるか」
「わかりました」
「アルフレッド様……」
コーデリアが考え込んでいるとアルフレッドが指示を出した。ユージーンはすぐに領主の屋敷へと走り出す。驚いて目を丸くしているとこちらを見下ろすアルフレッドが笑った。
「このまま放っては置けないんだろう?」
「は、はい」
放っておけば老婆と若い女性と赤ん坊は雨漏りのする家に住み続けなければならないし。これから季節は冬に向かっていく。そんな中、隙間風の吹く家は辛いだろう。事情を聞いてしまったからにはそのまま何もせずにはいられなかった。
でもまさかアルフレッドが手伝ってくれるとは。
「アルフレッド様、ありがとうございます。なんだか無理やり手伝わせるようなことになってしまって」
「そんなことはない……というか、君まさか一人であの高さの屋根を修理するつもりだったのか?」
「え……!? た、確かにそうですね……」
考えてみればコーデリアに屋根の修理など一人でできるはずがないのだ。その事実に思い当ってかあっと頬が熱くなる。考え知らずで恥ずかしい。結局アルフレッドの手を煩わせてしまったが、彼は楽しそうに笑っていた。
「あ、あの……よろしいのですか?」
「コーデリア様とアルフレッド様のお手を煩わせるなんて……」
「気にすることはないさ。それにこのままじゃ赤ん坊が風邪をひいてしまうからな」
おずおずと成り行きを見守っていた老婆と女性が申し訳なさそうに声をかけてきた。アルフレッドはニカっと笑って赤ん坊の頭を撫でた。
「領民の困りごとを解決するのは貴族の役目ですから」
コーデリアはアンカーソン領の貴族ではないのだが、今は居候として世話になっている身だ。こんな愛想の無い自分を大らかに優しく受け入れてくれている人々の役にもっと立たなければと思うのだ。
それから間もなくユージーンが材木と工具を持ってきてくれて、アルフレッドと共に屋根の修理を始めた。その間コーデリアはというと、赤ん坊の世話をしていた。母親である女性が寒さのためか体調を崩したようなのだ。医者が来るまでは少し時間がかかるのでその間彼女には休んでもらってコーデリアが赤ん坊の世話をすることになったのだ。
「本当にありがとうございますねえ。なんとお礼を言ったらよいか」
「いえ、私は大したことは何も……。アルフレッド様達のおかげです」
赤ん坊を抱いて座っていると老婆が温かなお茶を淹れて来てくれた。奥の間では女性が咳をしているのが聞こえて心配になる。
幸い医者の家は近くにあってユージーンが訪ねてくれたのだ。ちょうど巡回に出ているようで使いの者が呼びに行ってくれているらしい。
コーデリアにできるのはただ赤ん坊をあやすことくらいだ。
(私ったらほとんど役に立てていないわ……)
小さな赤ん坊やは温かくて柔らかい。落とさないように慎重に抱きながらじっとその瞳を見つめた。
その瞬間にこっと笑った赤ん坊にはっとなる。なんだか胸の中にぽっと温かな光が宿ったような気がしたのだ。
一体この感覚は何なのだろう。
ふっと目元を緩めて赤ん坊を見つめていると、屋根を修理している音が止んでいることに気がついた。顔を上げると家に入って来たアルフレッドがこちらをじっと見ていた。
「……アルフレッド様?」
「……ああ、すまない。大体修理は終わった。とりあえずしばらくは様子をみてくれるか」
「まあまあ本当にありがとうございます。なんとお礼を言っていいか……」
「あ、医者が来ましたよ!」
涙目で老婆に感謝されてコーデリアは恐縮した。自分は何もしていないのだから。それでも老婆達の家の屋根が直ったことにホッとする。あとは赤ん坊の母親である女性が心配だったが、医者の見立てでは冷えで風邪をひいたのだろうということだった。医者に処方された薬草茶を飲んで少し落ち着いたようだった。
「……それでは失礼します」
「ゆっくり養生しろよ」
「失礼します」
そして老婆の家を出たところでコーデリアは愕然とした。
「いけない! もう日が暮れているわ」
グレンダから願い箱の回収を頼まれていたのにすっかり遅くなってしまった。夕刻ではあるが冬に差し掛かるこの季節、すでに周囲は暗くなっていた。
きっと今頃デビーやグレンダ、カレン等屋敷の者達が心配しているだろう。
コーデリアは願い箱を抱えて急ぎ足で帰路に着いたのだった。
「そうだったの。カーターさんのところでしょう? 女二人と赤ん坊の三人暮らしだからねえ。心配していたのよ。助かったわ。ありがとうコーデリア」
「え? あ、あの……」
急いで領主の屋敷に戻ったコーデリアだったが、すでに夕食の支度は終わっていてデビーからは心配されていた。まだ仕事をしているグレンダの執務室に願い箱を持っていくと、彼女は拍子抜けするくらいさっぱりとそう答えた。
おろおろと戸惑っている様子のコーデリアにグレンダが首をかしげる。
「どうかしたの?」
「あの、帰宅が遅くなってしまったのでお叱りを受けるかと思ったのですが……」
「ええ? うちの領民を助けてくれたのにどうして叱らなければならないの? そりゃあ暗くなるのが最近は早いからあなた一人だったら心配したと思うけどアルフレッド様達も一緒だと知っていたし」
ケラケラと笑うグレンダにそういうものなのかとコーデリアは頷いた。そして願い箱を開けたグレンダが瞳を瞬いた。
「コーデリア、これはあなたが?」
「あ、はい。役場でテーブルをお借りして要望を大まかに分類しておきました。こちらが畑に関して、こちらが住宅、こちらが医療で……」
役場でアルフレッド達が村人達と話している間にコーデリアは要望を分類しておいたのだ。それぞれ封筒を紐でまとめてある。じっとそれを見つめるグレンダを見て、コーデリアは不安になった。
「あの、余計なことだったでしょうか」
「いいえ、すごく助かるわ。何しろここは人手が足りない場所だからね。ありがとう。元々こういうことは得意なの?」
「……クローズの家では、私は社交ができませんので領地経営の雑務を任されておりました」
「そうだったの……。でも本当に助かるわ。これからもお願いしていい?」
「は、はい! もちろんです」
クローズ家では役立たずの仕事だと任されていたことだったが、こんな風に感謝される日がくるとは。貴族として社交界に出ることができず、惨めな気持ちを抱えながらやっていた仕事だった。けれど今は少しだけそれができることをコーデリアは嬉しく感じるのだった。
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