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6話 密かな願い

「アルフレッド様はここ三ヶ月ほど休みが取れていなかったんです。それでようやく仕事が途切れたのでこの機会にこちらで静養したいと言われて」

「そうだったのですか」


 ユージーンの説明にコーデリアは二人が宿泊する別棟へと歩きながら頷いた。

 グレンダは若い頃、アルフレッドの世話係をしていたようで彼にとってはもう一人の母のような姉のような存在なのだという。時おりお忍びでこちらに遊びにきていたようだ。

 二人がまだ話があるというのでコーデリアは手伝いを申し出てくれたユージーンと共に別棟へと向かっていた。

 客人が来る話は聞いていたので掃除などは終わっているが、シーツの洗濯がここのところ天候が悪くてまだ終わっていなかったのだ。


「それで私のこともご存じだったのですね」

「はい、まあ……それより! どうしてコーデリア様が客間の準備を?」

「え?」


 手伝いを申し出てくれたユージーンは少し困惑しているようだった。

 それもそうだろう。コーデリアは伯爵家の令嬢なのだから常識で考えればそんなことをするはずがない。本来であれば使用人の仕事だろう。


「私はこちらにお世話になっている身ですから。できるだけ役に立ちたいんです」

「そ、そうなんですか。重い物は私に任せてください」

「ありがとうございます、ユージーン様」


 ユージーンが内心どう思ったのかはわからないが、気を使ってくれているのはわかる。笑わない令嬢相手なのに優しい子だとコーデリアは思った。きっとコーデリアの噂は知っているだろうに。

 客間はすでに掃除が終わっていたのでコーデリアはまず暖炉に火を入れた。まだ雪は降っていないが夜はとても冷え込むのだ。それから新しいシーツをベッドに敷く。その様子をユージーンは明るい緑の大きな目を丸くして見つめていた。


「とても手際がいいですね……ってすみません! 伯爵家のご令嬢にこのようなこと」

「いいえ、とても嬉しいです。こちらに来てからハンナさんに教えてもらったんです」


 最初は何もできなかったコーデリアだったが、この一ヶ月でようやくベッドメイクは合格点が貰えるようになったのだ。褒めてもらえるのはなんとも照れくさいが嬉しいことだった。



「コーデリア、悪いんだけど午後から村の『願い箱』から手紙を回収してきてくれる?」

「かしこまりました」


 アルフレッド達がやって来た翌日。

 玄関の掃き掃除をしていたコーデリアに執務室から顔を出したグレンダが声をかけてきた。領主としてグレンダはいつも何かと忙しいようだ。アンカーソン村の中心部に設置されている『願い箱』は村人達が領主に要望を出す時に使われているものだった。

 小さな領地ではあるが、一人で全てに目を行き届かせることは難しい。そのため領民の方から気になることがあれば教えてほしいとグレンダが設置したのだ。


「なるほど、民の声を直接聞くのに良いシステムだな」

「実際色々な意見が聞けて楽しいそうです」


 コーデリアは村の中心部にある役場へとアルフレッドと向かっていた。従者のユージーンも一緒だ。


(……どうしてお二人はついてくるのかしら?)


 もちろん思っても顔にも声にも出さないがコーデリアは内心首をかしげていた。願い箱はそんなに重い物でもないのでコーデリア一人で十分なのだが。

 出かけるときに自分達も一緒に行くとついて来たのだ。

 コーデリアとしてはせっかくの休暇先で自分のような陰気な存在がいたら不快だろうと思ったので、なるべく視界にはいらないようにしていたのだが。

 もしかしたら昨日も伯爵家の令嬢が一人で出歩くなんて、とアルフレッドは眉を潜めていたし気遣ってくれているのかもしれない。だとすれば申し訳ない、とコーデリアは足を止めた。


「……アルフレッド様。私は一人で大丈夫でございます」

「なんだ? 着いて行ってはいけなかったか」

「そういう訳では……」

「コーデリア様、気にしないでください。この方は自分の好きなようにしているだけですから。村の人々に久しぶりにご挨拶もしたいそうなのです」


 きょとんとした顔で聞き返されてコーデリアは困ってしまった。別に一緒に行くのが駄目な訳ではない。ただ、気を使わせているのなら申し訳ないと思ったのだ。そんなコーデリアに助け舟を出してくれたのはユージーンだった。

 以前も滞在したことがあると言っていたから、村人にも知り合いがいるのだろう。

 そういうことならとコーデリアは納得した。


「ところでアルフレッド様は『願い箱』を知らなかったんですか」

「ああ、もう前回滞在したのは三年も前になるからな。その頃には無かったんだろう」

「グレンダ様が領主になられてから出したアイデアで設置した物らしいです」


 ユージーンの言葉にアルフレッドが答える。アンカーソン村へ来るのは本当に久しぶりのようだ。

 大らかで明るいグレンダの顔を思い出す。きっと領主である夫が早世して苦労しただろう。それなのにいつも笑顔を絶やさず領民達にも信頼され、コーデリアにまで良くしてくれる。すごい人だなとコーデリアは素直に尊敬していた。



「おやコーデリア様……それにアルフレッド様!? お久しぶりじゃないですか!」

「やあ久しいなカール」


 役場を訪ねるとたっぷりとした白いひげを蓄えた村長のカールが出てきた。コーデリアの後ろにいたアルフレッドを見つけるとつぶらな目を大きく見開いて近づいてきた。


「変わらず元気そうでなによりだ」

「ええ、ええ、もちろんですとも。また背が伸びましたかな?」

「あら、アルフレッド様よ!」

「まあ、男前になられて!」

「アル坊ちゃんだと?」

「ん? なんだこのちっこいのは。へえ、新しい従者か!」


 村長の声に村人たちがアルフレッドの周囲に集まる。皆とても嬉しそうだ。人だかりの中で背の低いユージーンはもみくちゃにされてしまっているが。

 ぽかんとしていたコーデリアに事務のナンシーが願い箱を渡してくれる。正方形の木箱で中には何通か手紙が入っているのがわかった。


「はい、コーデリア様。こちらですね」

「……ありがとうございます。すごいですね、アルフレッド様の人気」

「ええ、とても気さくな方で。うちの子供達も遊んでもらったことがあるんです」


 田舎の少々荒っぽい村人達を前にしてもアルフレッドは変わらず笑顔で対応しているようだった。コーデリアにも最初から親切だったし本当に彼は良い人なのだろう。


「お子様がいらっしゃるのですね」

「ええ、コーデリア様も機会があれば遊んであげてください。なんて失礼ですよねえ」

「そんなことはないです。ただ怖がられないか心配ですけど」


 ナンシーの言葉にコーデリアは首を横に振る。

 まさか、とナンシーは笑ったけれどお茶会などで出会った子供に常に真顔なことで怖がられたことが何度もあるのだ。コーデリア自身は子供が好きなのだけれど。

 あっという間に集まってきて笑顔で再会を喜び合っているアルフレッドと村人達に視線を移すと、何を話しているのか皆楽しそうに大きな声で笑っている。すぐに輪の中に馴染んでしまったアルフレッドを見て、あんな風に気さくに人々と触れ合えたらいいのにとコーデリアは密かに思ったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

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