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3話 グレンダとカレン

「本当にここで良いのでしょうか?」

「ええ、ここで待っていれば迎えが来ると聞いていたのだけれど……」


 初夏だというのに冷たい風が吹いて、不安そうにデビーが身を縮こまらせた。

 馬車が出発して五日目。クローズ家の馬車が二人を送り届けたのは街道沿いのアンカーソン領の入口までだった。周囲に見えるのは草原と夏だと言うのにわずかに雪化粧した山々だけだ。

 約束ではアンカーソン男爵家の者が迎えに来るはずだった。

 その時遠くからカッポカッポと呑気な音が聞こえてきた。


「まあ」

「荷馬車……ですね」


 のんびりとマイペースにこちらへ向かってくるのはいわゆる貴族が乗るような馬車では無い。それはどう見ても屋根もついていない農作業用の荷馬車だった。御者の青年と荷台にコーデリアと同年代に見える少女が載っていた。


「おーい!」


 御者の青年と荷台の少女が大きく手を振ったので慌てて向き直ったコーデリアとデビーはぺこりと頭を下げる。本当にあれが迎えの馬車なのだろうかと半信半疑だったのだ。


「はじめまして! あなたたちがクローズ家の人?」

「は、はい。そうです。コーデリア・クローズと申します。こちらは侍女のデビーです」


 コーデリア達の目の前で荷馬車が停まると少女が軽やかに荷台から飛び降りた。濃い栗色のくせ毛を高い位置で一つにまとめ、男性と同じような作業着を着ている少女はとても活発そうに見えた。意志の強そうな大きな緑の瞳がコーデリア達を見つめる。


「私はカレン・アンカーソン。アンカーソン男爵代理のグレンダの娘よ。こちらは幼馴染のギルバート。隣領の領主の息子なの」

「よろしく。カレン、足場を出してやれよ。おまえと違ってそちらさんはお嬢様なんだからこのままじゃ荷台に登れないだろう?」

「言われなくてもわかってる!」


 御者席の稲穂色の短髪の青年にコーデリア達は慌てて頭を下げる。ギルバートと話しながらもカレンはテキパキと荷台の扉を開けて小さな木箱の足場を用意した。


「さあどうぞ。足元気をつけてね」

「あ、ありがとうございます」


 上がった荷台は本来は人が乗る場所ではないのだろう。席も無いので戸惑いながらもコーデリアとデビーは板張りの床にそのまま腰を下ろした。最後に乗り込んできたカレンが苦笑いした。


「こんな荷馬車でごめんね。掃除はしてあるから大丈夫だと思うんだけど」

「いえ、急なお願いをしてしまったのはこちらですから」


 突然クローズ家から娘を押し付けられたアンカーソン家には申し訳ないとコーデリアは思っていた。しかしカレンはさっぱりとした笑顔で手を振った。


「気にしないで大丈夫。準備っていったってそんなにすることもなかったし」


 爽やかな高原の風のような人だなとコーデリアは思う。ごく自然な明るい笑顔が眩しくて羨ましい。それと同時にどうして自分にはそれができないのかと悲しい気持ちになってしまう。


(きっと私のような笑顔の無い不気味な者は気味悪がられてしまうわ)


 せめてあまり人に迷惑をかけないように暮らそう。

 そんな後ろ向きな決意をするコーデリアを乗せて荷馬車どこまでものどかな道を進んでいった。




 荷馬車に乗って一時間ほどでアンカーソン領で一番大きなアンカーソン村へと入った。その中心部に立つ大きな屋敷が領主であるアンカーソン男爵家だ。コーデリアの住んでいたクローズ家の屋敷よりは小さいが、それでも一般の家々と比べるとかなり広々としている。

 中心に本邸があり、東側には別館がある。南側には厩と畑が見えた。


「ただいまー!」

「ああ、おかえり。こっちだよ」

「おかえりなさい、お嬢様」

「あら、まあ綺麗な娘さん!」


 カレンが玄関の扉を開けて声をかけると、畑の方から女性の声が聞こえてきた。

 ここへ来る途中にも広大な畑が広がっていたが、屋敷内にある畑でも村の女性達が働いているようだった。カレンの後ろに控えていたコーデリアとデビーは慌ててそちらへ向き直る。


「いらっしゃい、あなたがコーデリア?」

「はい、コーデリア・クローズと申します。本日よりお世話になります。こちらは侍女のデビーです」

「よろしくお願いいたします」


 カレンによく似た濃い栗色の髪を高い位置で結い上げた女性がこちらへ歩いてきた。洗いざらしのシャツに土に汚れたズボンという格好にコーデリアは内心驚いた。コーデリアの知っている女性というのは皆ドレスやワンピースを身に着けていたからだ。


「初めまして、私はアンカーソン男爵代理のグレンダよ。長旅で疲れたでしょう。カレン、お茶を淹れてあげて」

「はあい」

「はいは短く! ……まったく、お転婆で困ってるの」

「は、はあ」


 ぴしゃりと叱られてもカレンはどこ吹く風だ。苦笑するグレンダにコーデリアとデビーは目を丸くした。親子とは本来このようなものなのだろうか。




 カレンに案内された応接間は、華やかさこそないが隅々まで手入れが行き届いているようだった。豊かな森が近くにあるせいか木材がふんだんに使われている温かみのある部屋だ。木をそのまま一枚の板に加工したテーブルの上にカレンがカップを置いた。


「どうぞ、ミルクと砂糖はどうする?」

「……ミルクをお願いします」

 

 ソファに座ってコーデリアは落ち着かない気分で紅茶の淹れられたカップを見つめた。映っているのは相変わらず暗い表情の自分だ。

 グレンダは着替えてからやって来ると言っていたが、イザベラからなんと言われているだろう。コーデリアを押し付けられて迷惑をしているのではないだろうか。そんなことを考えているだけで緊張してくる。後ろに控えて立っているデビーが心配そうな視線を送って来ていた。


「ねえ、驚いたでしょう? うちの母の恰好。都会じゃあまり見ないだろうから」

「え、あ、はい……。その、男爵代理のご婦人と伺っていましたので」


 アンカーソン男爵家の当主は数年前に流行り病で亡くなっている。現在は当主の妻であったグレンダが領地を守っていると聞いていた。クローズ家のイザベラと立場は同じなのだろう。ウォーレン王国では家の主人が亡くなった際、子供が成人していない等で他に相応しい後継者がいない場合は当主の妻が代理を務めることになっている。

 しかし毎日着飾って社交に精を出しているイザベラを見て育ったコーデリアは確かに領民達と共に働くグレンダの姿に驚いていた。

 コーデリアの向かい側に座ったカレンがクッキーを摘まんで笑う。


「都会の貴族は畑仕事なんてしないんでしょう? いいなあ、私なんて日焼けばっかりで……」

「カレン、おしゃべりはそこまで。外でギルバート君が待ってるわよ。送ってくれたお礼にクッキーを持って行ってあげなさい」

「はい、お母さん。……じゃあ、またあとでね」

「は、はい」


 扉が開いて入って来たのは農婦姿から濃い緑のドレスに着替えたグレンダだった。窓から見える屋敷の入口近くでは、先ほど荷馬車を引いてくれた青年、ギルバートが立っていた。確か隣領の領主の息子だと言っていただろうか。カレンは声をかけられるといそいそとクッキーを包んで部屋を出て行った。


(仲が良いのね……)


 ぼんやりとどこかふわふわしたカレンの後姿を眺めていると向かい側にグレンダが腰かけた。


「さて、あらためてご挨拶するわね。私がグレンダ・アンカーソンです。どうぞよろしく」

「コーデリア・クローズです。急な申し出をお受けしてくださり、ありがとうございます」


 コーデリアは立ち上がり深々と頭を下げた。

 縁戚とはいえほぼ付き合いが無いにもかかわらず初対面のコーデリアを受け入れてくれたのは、家格がクローズ家の方が上だから断れなかったのだろう。

 恐る恐る顔を上げてグレンダの表情を伺う。


「あの、義母(はは)は私のことをなんと……」

「そんなかしこまらなくていいわよ。ほら、座ってちょうだい……って私が言うことじゃないかしら」

「いえ! そんな……」

「あなたのお義母様からの手紙には色々書いてあったけど……。あなたを謹慎させたいとかね。でもうちは見ての通り王都と違って人手も少ないし、あなたの世話をさせる人を付ける余裕もないの」

「お嬢様のお世話でしたら、私が」


 グレンダの言葉に慌ててデビーが口を開く。

 やはり自分は厄介者なのだろうとコーデリアは緊張で両手を膝の上で握りしめた。


「いいえ、この村では自分の世話は自分で焼くのよ」

「え……」

「部屋はもちろん貸しますし、食事も出すわよ。でもね、コーデリア、デビー。貴方達には仕事をしてもらいます」


 にっこりとほほ笑んだグレンダの言葉に、コーデリアとデビーはぱちぱちと瞳を瞬いた。


「それでいいかしら、コーデリア?」

「コーデリア様……」


 デビーが心配そうに見上げてくる。

 グレンダはつまり、コーデリアが伯爵家の令嬢であってもただではここに置かないと言っているのだ。一体どんな仕事をさせられるのだろう。けれどクローズ家を追い出されたコーデリアにとっては家に置いてもらえるだけありがたい話なのだ。それにアンカーソン家には迷惑をかけてしまっているのだから自分が何かするのは当然だとも思えた。

 だからコーデリアは覚悟を決めて顔を上げた。


「よろしくお願いします」

ここまでお読みいただきありがとうございました!

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