28話 イザベラとダイアナ
「こんなのでたらめよ! 納得できないわ!!」
楽し気な空気が流れる中、何かが割れるような音と共に甲高い叫び声が聞こえてきた。
振り向くとダイアナが真っ赤な顔でコーデリアを睨みつけていた。苛立ちのままグラスを床に叩きつけたのだろう。ガラスの破片が周囲に散らばっていた。その様子に蒼白になったイザベラが慌てて止めようとするがダイアナはズカズカとコーデリアに近づいてきた。
「だ、ダイアナ。おやめなさい!」
「どうしてこの女が選ばれるの? 笑えないはずなのに、何か汚い手を使ったに決まってるわ!」
ダイアナはずっと『ほほ笑みの花』を咲かせて王子の妃になろうとしていた。生まれた時からずっとイザベラに可愛がられ、我儘も何でも聞いてもらいお姫様のように育ってきたのだ。常に自分より下だと馬鹿にしていたコーデリアがアルフレッドの相手に選ばれたことが悔しくてしかたないのだろう。
「ダイアナ……」
「この……! きゃあ!?」
コーデリアへ掴みかかろうとしたところ、さっと前に出てきたユージーンに手首をひねり上げられ無様に膝をついた。突然現れたように見えたが、どうやら人混みに紛れてアルフレッドら王族を護衛していたようだ。
「コーデリア様への無礼はアルフレッド王子殿下へ、ひいては我が国の王家への無礼です。これ以上見苦しい真似はお止めなさい」
「この娘を連れて行け!」
「そ、そんなあ!?」
アルフレッドの号令と共に脇に控えていた衛兵たちがダイアナを後ろ手に拘束する。真っ青になるダイアナのそばにイザベラが駆け寄った。
「この子は何も悪くありません! コーデリアが全て悪いのです! ……どうして? 手紙も全部燃やしたのに!」
「手紙?」
「なるほど……」
手紙とは何のことだろう。
コーデリアにはよくわからないがアルフレッドは思い当たることがあるようだった。目が座っていて少し怖い。
憎々し気にコーデリアを睨むイザベラは、あの日の彼女によく似ていた。
コーデリアが笑顔を無くしたあの日だ。
「お義母様、私は……」
「この……! どうやって王子を誑かしたの。あなたのような醜い……」
「そこまでだ。この女も連れて行け」
コーデリアの肩を強く抱いたアルフレッドの言葉に衛兵たちがイザベラを拘束する。
絶望した顔でこちらを見つめるイザベラにアルフレッドが冷たい声で告げた。
「どちらが本当に醜いのか頭を冷やしてよく考えるといい」
一時は騒然とした会場だったが、イザベラとダイアナが連れて行かれると次第と落ち着きを取り戻し再び皆和やかに楽しんでいた。とりあえずダイアナが落ち着くまでの間、別室へと隔離されることになったのだ。
国王と王妃や大臣への挨拶を一通り終えたコーデリアとアルフレッドはバルコニーへと出ていた。
緊張でほてった体に夜風が気持ちいい。
「先ほどは義母と妹が大変失礼をいたしました」
「コーデリアが謝ることじゃないだろう。……実は少し調べさせてもらったんだが、君は大分酷い扱いを受けていたみたいじゃないか」
「それは……はい、その通りです」
クローズ家で暮らしていた当時は、全て自分が悪いのだと思っていた。イザベラやダイアナから嫌がらせをされるのも満足に食事や衣服を与えられなかったことも、自分が笑うことのできない仮面の令嬢だから当然なのだと。
けれど一度クローズ家を離れて冷静に考えてみると、とても酷い扱いを受けていたのだとわかった。もちろん腹も立ったし悲しい気持ちにもなる。
けれど。
「……ですが、私の家族なので」
「まさか許してやるつもりか?」
「もちろん許すことなんてできません。ですが、どうしてこんなことになってしまったのかは聞いてみたいのです」
母と父を早くに亡くしそれから約十五年もの間、一緒に暮らしてきたのだ。
イザベラは出会った当初はコーデリアに優しかった。彼女にコーデリアを嫌うよう育てられたダイアナはともかく、どうしてイザベラがこんなにもコーデリアを忌み嫌うのかその理由が知りたかった。
アルフレッドが少し困ったように難しい顔をする。
「大丈夫なのか? ……また酷いことを言われるかもしれないんだぞ」
「私は何を言われても平気です。だってアルフレッド様や、私を大切に想ってくれる人達がたくさんいることを知っていますから」
「……まったく、君は儚そうに見えるのに強いな」
一瞬目を見張ったアルフレッドがコーデリアの肩を抱いて引き寄せる。その手の大きさと身体の温かさにコーデリアは鼓動が早くなるのを感じた。
「かなり向こう見ずなところがあるしな。……ユミルが行方不明になった時だってどれだけ慌てたか」
「それは本当に申し訳ございませんでした……。グレンダ様とカレンにもしっかりお叱りを受けました」
「ははっ。それは恐ろしそうだ」
ユミルの件になるともうひたすら謝ることしかできないコーデリアはしゅんとアルフレッドの腕の中で小さくなる。そういえば彼とはあの後あまり話すこともできないままだったのだ。そんな様子を見てアルフレッドが笑った。
「……しかたない。本当はもう君があの女達と会わなくていいようにしようかと思っていたんだが。近々話ができるように時間を設けよう」
「……ありがとうございます! アルフレッド様」
「と、その前に」
肩を抱いていたアルフレッドがコーデリアの手を取った。
室内では曲が切り替わりダンスが始まったようだ。
「コーデリア、俺……じゃなくて、私とダンスを踊ってくれますか?」
「まあ……。ふふ、ええ、喜んで。でもダンスの経験はほとんどないのですよ」
「基礎は?」
「それは一応習いましたが」
少し畏まった様子でダンスを申し込まれてつい吹き出してしまったが、コーデリアは男性と踊ったことがない。基礎くらいは貴族の教養として勉強させられたが、舞踏会にもほとんど出席したことがないのだ。
「それは……すごく嬉しいな」
「え?」
「つまり君のファーストダンスの相手を俺が務められるってことじゃないか」
すっかり機嫌の直った様子のアルフレッドに手を引かれてコーデリアは舞踏会の会場に戻った。
二人の存在に気がついた周囲が声をかける。
「まあ、主役の二人が戻ってきたわよ」
「二人のファーストダンスだな」
「本当にお似合いで」
聞こえてくる声にコーデリアは真っ赤になる。
「な、なんだか緊張しますね」
「大丈夫だ。俺がフォローするから」
周囲に注目される中でのダンスにコーデリアは急に緊張してきてしまった。歩くのまでぎこちなくなりそうなコーデリアはアルフレッドと共にフロアの中心に出た。
けれど心配になって見上げたアルフレッドは本当に幸せそうにほほ笑んでいた。
それを見つめていると、身体に入っていた余計な力が抜けていくようだった。
「俺は君とダンスを踊るのが子供の頃からの夢だったからな」
「……子供の頃からの?」
それは一体どういうことだろうか。
以前からアルフレッドはコーデリアを知っている様子だった。コーデリアが思い出したら教えてくれると言っていたけれど。
(でも、子供の頃なんて……)
会ったことがあるのだろうか?
今のところコーデリアは思い出せないのだけれど。
とはいえ、今はとりあえずダンスに集中しなければ、
優雅な旋律に合わせてアルフレッドに手を引かれ、コーデリアは共に踊り出したのだった。
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