24話 久しぶりの実家
雪の中を馬車で進み五日ほど。段々と王都に近づくにつれて雪は少なくなり街道沿いの建物が増えていった。
やがて街中の一軒のタウンハウスの前でコーデリアとデビーは馬車を降ろされた。
久しぶりに見るクローズ家の屋敷は懐かしいような、まるで自分の家ではないような不思議な感覚だった。
「遅い!」
屋敷の扉を開けてすぐにイザベラの鋭い声が飛んできた。コーデリアとデビーは驚いて目を丸くする。苛立ちを隠そうともせずこちらを睨むイザベラとむすっとしたダイアナが立っていた。
「まったく、こちらが何通手紙を出したと思っているの。帰って来いと言っているのにグズグズと。よほど田舎で良い思いでもしたのかしら」
「お姉様ったら、そんなノロマだからヒューズナー伯爵にすら縁談を断られてしまうのよ」
「え?」
ダイアナの思いもよらぬ言葉にコーデリアは瞳をぱちりと瞬いた。その反応が気に入らなかったのかダイアナはさらに意地の悪い目つきで笑う。
「先方からお姉様じゃ年齢が釣り合わないからって急にお断りの連絡が来たのよ。あーあ、お姉様ったら年寄りにも相手にされないなんてこの先結婚できないんじゃないの? 可哀想」
「そ、そうだったの……。それは良かったわ」
「何がいいのです! あなたのような役立たずの使い道は結婚くらいしかないのですよ」
今は不思議とイザベラやダイアナに何を言われても心に何も響かなかった。それが真実ではないと知っているからだろうか。デビーはムッとしているようだが、大丈夫と頷いて見せた。
それにしてもなぜかはわからないがヒューズナー伯爵との縁談は無くなったようだ。ずっと気がかりだったことでもあるのでほっとしてると、その様子にますますイザベラとダイアナが面白くなさそうな顔をする。
「それでしたら次の舞踏会に私も参加できますね」
「……舞踏会のことを知っているの? ふん、そんなことばかり耳が早いのね。なんて浅ましいのかしら」
「そうよそうよ! お姉様なんて舞踏会に出ても意味ないじゃないの。ほんと馬鹿みたい!」
二人はギャンギャンとコーデリアを罵る。そろそろデビーも我慢の限界のようだし、コーデリア自身もいつまでも二人に付き合うのは疲れてしまうので話を変える。
「ところで私を早急に呼び戻したかった理由を教えてもらえますか?」
「……そうだったわ。あなたは舞踏会なんて出ている暇はないのよ。あなたがいなくなってから領地経営の雑務をしている使用人が次々辞めてしまったの。仕事が溜まっているんだからさっさと働きなさい!」
どうやらクローズ家にいた頃コーデリアがこなしていた膨大な雑務をこなせる者がいなくなってしまったらしい。イザベラ親子はコーデリア以外の使用人にも基本的に当たりがキツイので逃げ出してしまったのだろう。
数か月ぶりに訪れた屋敷の奥にある事務室には溢れそうなほどに処理しなければならない書類が溜まっていた。
「こ、これをコーデリア様に?」
「当たり前でしょう! まったく、いてもいなくても迷惑な娘ね。あとあなた達の部屋はもう屋敷にはないわよ。外の納屋を使いなさい!」
コーデリアが口を開く前い勢いよくイザベラが扉を閉めた。ダイアナはいい気味だと言うようにニヤニヤと笑っているのが見えた気がしたが、とりあえず今はそれどころではない。
クローズ家もイザベラとダイアナが戻りたがらないのでほとんどタウンハウスにいるが地方に領地を抱えている。これでは領民達が困ってしまうだろう。
幸い舞踏会まではまだ数日ある。
「な、なんなんです!? あの人たちは!」
「デビー、気にしなくていいわ。それよりまずはこの仕事を片付けないと」
「なんでコーデリア様が……」
「早くこの書類を処理しないと領民達が困ってしまうわ。大丈夫よ。グレンダ様のところで勉強させてもらったからたぶんそこまで時間はかからないわ」
以前はイザベラやダイアナに言われたこと一つ一つに反応して傷ついていたのが嘘のようにコーデリアはさっぱりとしていた。
クローズ家へ戻る前にグレンダから言われたことを思い出す。
『コーデリア、世の中にはね言われても受け取らなくていい言葉というのがあるのよ』
投げかけられた言葉全てに反応して真面目に対応しなくてもいいのだ。それがコーデリアを不当に貶めたり傷つけるだけのものならば受け取らなくていい。
なぜならコーデリアは自分を大切にしなければならないからだ。それはコーデリアを大切に想ってくれる周囲の人々のためでもある。
コーデリアがアンカーソン村を出立する日、たくさんの村人達が見送りに来てくれた。一応大事を取って家で休んでいたらしいユミルも駆けつけてくれたのを思い出す。
『コーデリア先生、がんばって!』
少し寂しそうに、だけど笑顔でユミルはコーデリアに小さな黒猫の形をしたお守りをくれた。彼女の手作りであるそのお守りを見つめていると胸の中が温かくなる気がした。
(私はもう余計なことで傷ついたりしない)
いつの間にかイザベラやダイアナのことなど忘れてコーデリアは仕事を集中して片付けていった。
それから三日後デビーが事務室を訪れた。
「コーデリア様、見つけましたよ」
「本当? ありがとう。助かったわ」
デビーが持っていたのは一通の招待状だ。
それは翌日に開かれる王城での妃選びの舞踏会のものだった。イザベラやダイアナはコーデリアを出席させるつもりはないようだったが招待状はきちんと送られてきていたのだ。
「使用人仲間がコーデリア様の分だけイザベラ様が捨てるのを見ていたみたいで」
この数日、溜まった領地経営の雑務に没頭していたコーデリアはデビーに舞踏会の招待状を探すように頼んでいたのだ。いくら舞踏会に行きたくても招待状が無ければ王城に入ることはできない。
デビーが交流のある使用人仲間と協力して探し出してくれたのだ。
「コーデリア様の方は」
「ええ、大体は片付いたわ」
「もう、これ以上無理しないでくださいよ。せっかくの舞踏会なのにお肌が荒れちゃいます」
ここ数日コーデリアとデビーは仕事をしながら事務室で寝起きしていた。
イザベラには納屋を使えと言われたけれど、屋敷の裏手にある納屋は隙間風が酷くもちろんベッドも無い。とても寝起きできる場所ではなかったからだ。
幸いイザベラもダイアナも帰宅して以降コーデリアの態度を不気味に思ったのか近づいてこないので助かっていた。
山のように溜まっていた書類や雑務をすっきり片付けて、ついでに部屋の掃除と整頓も終えたコーデリアは思いきり身体を伸ばした。
「それじゃあ行きましょうか」
事務室を出てデビーと二人外へ出るとちょうど外出から帰宅したらしいダイアナと鉢合わせた。
コーデリアを見るなりつんと顎を上げて嫌そうに睨みつけてくる。
「あら、お姉様こんなところで何をしているのかしら。仕事をさぼるのならお母様に言いつけないと」
「仕事は終わったわよ。もうあまり溜め込まないようにお義母様に言っておいて」
「な……! なによそれ! お姉様のくせに生意気ね。ふん、そんなみすぼらしい恰好でどこに行くのかしら。私は明日の舞踏会に備えて新しいアクセサリーを買ってきたの。まあみすぼらしいドレスしか持っていないお姉様には関係ないだろうけど!」
「そう、良かったわね。心配してくれてありがとうダイアナ。それじゃあ」
そんな無駄遣いをするほど財政に余裕があるとは思えないのだが。なぜかコーデリアに張り合うようにつっかかってくるダイアナの横をコーデリアは通り過ぎた。今日は行かなければならない場所があるのだ。
悔しそうに顔を歪ませたダイアナが何か喚ていたがコーデリアとデビーは先を急ぐことにしたのだった。
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