21話 いつもそばにいてくれた
洞窟の奥は大人でも十分動ける広さになっていた。とはいえ天井はアルフレッドのような高身長の男性はかがまなければならない程度の高さだが。
奥にはユミルが持ち出したのか大きな敷布の上にぬいぐるみやおもちゃ、それにお菓子の箱が並んでいる。
ユミルとコーデリアの持っていたランプの灯りがぼんやりとうすぐらい洞窟の中を明るくしていた。
「ここがユミルの言っていた秘密基地なのね」
「うん、よくここでメアリーと一緒に遊んでたの。今日も、夕ご飯の前にここに来て……」
ユミルはコーデリアを秘密基地に招待したので、この場所をもっと綺麗に整えようとしていたらしい。けれど雪で洞窟の入口が埋まり閉じ込められてしまったのだ。
今は洞窟の壁に寄り掛かって二人で座り助けを待っている。外よりかはいくぶんマシだがこの中も息が白くなるほどに寒い。ユミルの身体はすっかり冷えてしまっている。コーデリアは自分の着ていたコートとマフラーをユミルに着せた。
「先生、寒くない?」
「大丈夫よ。それよりユミルが風邪をひいてしまうわ」
「ごめんなさい……心配かけて」
「それはここから出たらおじい様に言いましょうね」
しゅんとしたユミルの頭を撫でて肩を引き寄せた。少しでも身を寄せ合った方が暖がとれるだろうと思ったのだ。おそらく助けがくるまでにはまだ時間がかかるだろう。
(それまでちゃんとユミルを守らないと)
ユミルの手はかじかんで指先が赤くなってしまっている。コーデリアは自分の濡れた手袋を脱いでその両手を包んだ。メアリーもすりすりとユミルの傍にすり寄って来た。
「何かお話ししましょうか」
「……うん、いいよ」
「それじゃあねえ……ユミルの好きな料理は何?」
「パンケーキ。はちみつたっぷりの」
「私も大好きよ」
じっと黙っていても不安ばかりが募る。それにこの寒さの中眠ってしまうのは危険な気がしてコーデリアは意識してユミルに話しかけ続けた。
「村の牧場で夏にだけ売ってるアイスがあるの。それを乗せるともっと美味しいよ」
「へえ、私も食べてみたいわ」
「前はね、ママが作ってくれたんだ」
「……そう」
ぽつりと呟いたユミルの横顔は寂しそうだ。母がいない寂しさや不安はコーデリアにもよくわかる。ぎゅっとその肩を抱く手に力を込めた。
「ママがいなくなって、どうしてって思ってずっと寂しかったけど最近はちょっと楽しいの」
「学校があるから?」
「うん、最初はめんどくさかったけど先生好きだし友達もできたし」
最近は教会でもフランク達と遊んでいる姿をよく見かけていた。少しずつ元気に子供らしく過ごすようになったユミルを見てコーデリアも嬉しかった。
「ねえ、コーデリア先生は?」
「え?」
「先生の楽しかったこと教えて」
「私は……」
楽しかったこと、と聞かれてすぐには思いつかずコーデリアは考え込んだ。
クローズ家にいた頃は楽しいなんて感じたことは無かった。
けれど、このアンカーソン村に来てからはたくさんのことがあった。
「……そうね、アンカーソン村に来てから楽しいことがたくさんあったわ。ジェシーさんのお店に初めて一人でおつかいに行ったり、カーターさんのお宅の修理を手伝ったり……そうそう。料理も教えてもらったわ」
アンカーソン村に来たばかりの頃、コーデリアはとにかく村で役に立つことに必死だった。自分は厄介者なのだと心から信じて、なんでも一人でやらなければと思っていたのだ。それでも今思うと何もかも初めての事ばかりで新鮮な驚きがあった。
(そういえばアルフレッド様と会ったのもジェシーさんのお店の帰りだった)
突然現れてコーデリアの荷物を持ってくれた青年にずいぶん驚いたのだ。そのあともカーター家の屋根の修理にも付き合ってくれた。あの時は彼とユージーンがいなければコーデリアは困り果てていただろう。その後も何かとアルフレッドはコーデリアを気にかけてくれた。
「教会学校で先生をするのもすごく楽しいわ」
カレンの勧めで教会学校の教師をするようになった。まさか自分が子供達に勉強を教えることになるなんて想像もしたことなかった。
最初はユミルと上手く打ち解けられなくて自信をなくしていたのだ。けれどそんなコーデリアを励ましてくれたのもアルフレッドだった。
「それからホロル湖に星を見に行ったの。魚釣りもしたわ」
あの美しい満天の星空をコーデリアは一生忘れないだろう。アルフレッドが誘ってくれなければきっと見ることのできなかった景色だ。初めて挑戦した魚釣りでは小さいが一匹釣ることができたのも嬉しかった。
「それに花祭り……」
ああ、そうかとコーデリアはそのとき気がついた。
一面に花の咲くクラムの丘を二人で眺めた。
『アルフレッド様とこの丘の景色を見たかったのです』
答えはとっくに出ていたのだ。
いつだってアルフレッドはコーデリアの傍にいてくれた。コーデリアが笑わないことに何も言わず、いつか笑顔を取り戻せるように支えようとしてくれていた。
だからアンカーソン村へ来てからの楽しい記憶の中にはいつもアルフレッドがいた。
「私……」
「コーデリア先生、寒い? 泣いてるの?」
ユミルの声に我に返ったコーデリアは慌てて涙をぬぐった。
「いいえ、大丈夫よ。ありがとうユミル。あなたこそ寒くない?」
「先生のコートがあるから大丈夫だけど……」
本当は凍えてしまうほど寒いけれど、まずはユミルを守ることが最優先だ。
コーデリアはユミルを守るように抱きしめた。
「きっともうすぐ助けがくるからね」
きっと今頃アルフレッド達も心配しているだろう。申し訳なく思いながらもコーデリアは早くアルフレッドに会いたいと思っていた。
今まで戸惑うばかりだったけれど、ようやくわかったからだ。
今度こそちゃんと伝えよう。
自分の本当の気持ちを。
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