20話 心の底から浮かび上がるもの
街灯のない真っ暗な夜道をエヴァンズ氏の馬車で駆けていく。空を見上げるとまた雪が強くなったようだった。人の通らない場所はずいぶんと雪が積もっているが道路は幸いまだ大丈夫なようだった。とはいえ安全のためそこまでスピードは出せないが。
御者席の隣に乗せてもらったコーデリアは灯りを持っているが、照らせる範囲は限られている。
(こんな真っ暗闇の中にユミルが一人でいるなんて……)
早く見つけてあげなければと心ばかりが焦ってしまう。
「ユミルは一体どこにいるっていうんですか」
「今日、学校でユミルとお話ししたんです。秘密基地に招待してくれるって」
「秘密基地?」
「はい、普段ユミルが近所で遊んでいる場所だと思います。家の裏の森だと言ってたんですけど」
「確かにあの子はメアリー以外とは最近まで遊びたがらなかった。家の裏に畑があるんです。その奥が森に繋がってるんですが、あまり奥に行っちゃいけないと注意していたのに……」
エヴァンズ氏の言葉にユミルと出会った当初のことをコーデリアは思い出していた。
母を亡くしたショックから心を閉ざしていた彼女は村の子供達とも距離を置いていた。だからいつも家の周辺で一人で遊んでいたという。
そんな話をしているうちに馬車が村のはずれにある小さな家の前に停まった。家の奥には畑が広がっていて、その奥に鬱蒼とした木々が見える。
「エヴァンズさん、森の中に大きな岩がある場所はありませんか?」
「岩ですか……? ええありますよ。畑の奥に井戸があるでしょう。あそこから森に入ってすぐ左に行ったところに」
ユミルの言葉を思い出しながら聞く。確かに畑の奥には小さな井戸がある。雪で埋もれているがその奥に獣道が続いているようだ。この雪の中、子供の足ではそう遠くに行けないだろう。コーデリアは先に荷馬車から下りてエヴァンスに告げる。
「私は先に行きますのでエヴァンスさんはゆっくり来てください」
「え!? いやしかし一人じゃ」
「大丈夫です」
エヴァンス氏は足が悪い。畑には思った以上に雪が積もっているので普通に歩くのも大変だろう。それならば自分が先に行ってユミルを見つけようと思ったのだ。
畑の脇の道に足を踏み入れると膝程まで埋まってしまう。これはなかなか大変そうだと覚悟を決めてコーデリアは前に進み始めた。
「ユミル……!」
雪は軽くてふわふわしているように見えるのにこんなに重いものなのか。しばらく歩いていると冷えているはずなのに額には汗が浮かんできた。
ようやくたどり着いた井戸の奥には雪が積もってわかりにくいが小道が続いている。きっとユミルはこの奥にいるはずだ。灯り一つない真っ暗な森に入るのは恐ろしい。
(だけど)
寒さは人から体力を奪っていくと聞いたことがる。一刻も早くユミルを見つけなければ。
コーデリアは雪をかき分けて進み続けた。
しばらくコーデリアが森の中を進むと人の背丈ほどの大きな岩が見えてきた。ずっと昔に山の斜面から転がり落ちてきたのだという。道は少し上り坂になっていてその先が斜面になっていた。
「はあ、はあ……」
コーデリアはすっかり汗だくだ。こんなことならもっと体力をつけておくべきだったと後悔していた。足も腕も鉛のように重い。
(大きな岩の近くの洞窟……)
ユミルの言葉を思い出しながら灯りで周囲を照らしていく。しかし小さな灯りではほとんど何も見えなかった。
「ユミル! ユミルどこにいるの!?」
「メアリ―!?」
「え?」
そのとき風で木々がざわめく音に紛れて小さな声が聞こえた。その方向に灯りを剥けると、森の斜面に積もった雪の隙間に灯りが見えた。そこから黒い物体が飛び出してくる。
猫だ。
穴から飛び出してきた猫は雪にずぼっとはまったが、そのままこちらにゆっくりと近づいてきた。
「あなたがメアリー?」
コーデリアの前で立ち止った黒猫がにゃあと鳴く。猫の飛び出してきた穴はほとんど雪に埋もれてしまっているがわずかな隙間から灯りが漏れていた。
「ユミル! そこにいるのね!?」
「コーデリア先生……!?」
「今行くわ!」
どうやら斜面に空いた洞窟の穴を雪が塞いでいるようだった。コーデリアは上から雪が落ちてこないのを確認しながら慎重に手で雪を取り除いた。手袋越しでも雪は冷たくて指先の感覚がなくなっていく。なんとか人間一人が通れるほどの穴をあけるのには少し時間がかかってしまった。
「ユミル……!」
「先生! コーデリア先生!」
洞窟の中は入口より広く大人も入れるほどだった。雪をどけると目に涙を一杯にためたユミルの姿が見えてコーデリアは中に入って彼女を抱きしめた。怪我はしていないようだが身体はすっかり冷えてしまっている。それでも彼女が無事な様子を見て心の底からコーデリアはほっとしていた。
「ユミル……! ああもう本当に無事で良かった! 心配したのよ」
「先生……ごめんなさい。入り口が雪で塞がれちゃって、出られなくなっちゃって……」
申し訳なさそうにこちらを見上げたユミルがはっとしたように口を開ける。どうしたのだろうとコーデリアは首を傾げた。
「先生……笑ってる」
「え……?」
不思議そうにこちらを見つめるユミルと見てコーデリアもぱちりと瞬いた。
笑っている? 自分が?
そんな自覚はまったくないのだが。
けれどそれは自然なことのように思えた。
「うん、だって……あなたが無事で本当に嬉しかったからよ」
『心から楽しかったり嬉しかったり幸せだったりするから笑顔になるんだろう?』
アルフレッドの言葉を思い出す。
確かのその通りだった。
心の底から湧き上がって来た喜びや安心感がコーデリアを笑顔にしていた。
「さあ、もう大丈夫よ。もうすぐおじい様も来るから外へ……メアリー?」
そのとき外にいたはずのメアリーが洞窟の中に入って来た。ユミルとコーデリアの身体を小さな頭でぐいぐいと中へ押す。頭上からわずかな振動と地鳴りのような音がした。
「危ない!」
咄嗟にユミルを抱いて洞窟の奥へ逃げる。ドサッと音がして洞窟の中が薄暗くなった。斜面の雪が流れ落ちて来て入口を塞いでしまったようだった。落ちてきた雪の量が多いのか、コーデリアが雪をどけようとしてもまったく動かない。
(閉じ込められてしまった)
ユミルは無事だったけれど、これでは帰ることができない。
そのとき雪の壁の向こうからエヴァンズ氏の声が聞こえてきた。
「おおーい! そこにいるのか! ユミル、コーデリア様!?」
「おじいちゃん!!」
ユミルが入口へと駆け寄った。
コーデリアの後を追ってきてくれたようだ。
「はい! ここにいます! ユミルちゃんも無事です!」
「そうか……! そうか……! 二人とも、すぐに助けを呼んできてやるからな!」
「お願いします!」
エヴァンズ氏一人ではこの洞窟の入口を塞いでいる雪をどけるのは難しいだろう。すぐにエヴァンズ氏の足音が遠ざかっていく。彼は足が悪いし雪も積もっている。少し時間がかかるかもしれないなとコーデリアは考えた。
「ユミル、助けが来るまで奥で休みましょうか」
ユミルは不安そうではあったがメアリーを抱いて大人しく頷いてくれた。
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