16話 クラムの丘の伝承
「わあ……! 見てくださいコーデリア様。花がいっぱい咲いてます!」
街道からウィングフィールドの街へと入ると周囲にはたくさんの花々が咲いていた。白のクレマチス、紫のアネモネ、薄紅色のプリムラ。他にもたくさんの花々が道沿いの花壇に植えられていたり建物の窓辺に飾られている。特に今日は花祭りだからなのか露店での花屋も多いようだった。道行く人たちも一輪から大きな花束まで様々な花を持っていた。
「冬なのにあんなに花が咲くのですね」
「ノールズ領の土地は昔から不思議と花が咲きやすいとは言うな」
馬車の中から街の様子を眺めてコーデリアは目を丸くする。
アンカーソン領よりは南側にあるとはいえ季節はもう冬だ。それなのにこんなに花がたくさん咲いているとは。
「役場が見えてきましたよ。あ、ギルバート様がいらっしゃいますね」
祭りの本部になっているらしい役場の前には何人かの男性達が待っていた。その中にギルバートの姿を見つけると彼は笑って手を振ってくれた。おそらく隣にいる彼と同じ小麦色の髪をした背の高い男性がギルバートの父親であるノールズ子爵だろう。
「カレン様も来れたら良かったですね」
デビーの言葉にコーデリアも頷いた。
カレンも誘ったのだが洋裁店の仕事が忙しく来られなかったのだ。なんでも急に結婚の決まった村の女性のために大急ぎでウェイディングドレスを制作しているのだという。
「カレンはすごいわね。自分でドレスが仕立てられるなんて」
おしゃれが大好きで手先が器用なのを活かして洋裁店に勤めているカレンはドレスを仕立てることもあるのだという。今日コーデリアが着ているラベンダー色のワンピースもカレンの手作りだ。自分の特技を活かして活躍しているカレンはコーデリアにとっては眩しい存在だ。きっといつかギルバートと結婚するときは自分のウェディングドレスも手作りするのだろう。
(結婚……そうだわ。ヒューズナー伯爵の件、どうしようかしら)
せっかく楽しい想像をしていたというのに『結婚』という言葉でクローズ家から届いた手紙のことを思い出してしまった。グレンダの言うように時間を稼いだとして断ることなど難しいのではないだろうか。
カレンはきっと幸せな結婚をするだろう。本当に好きな人と結ばれるのだから。
(でも、私は)
「コーデリア? どうかしたか」
ふと正面に座るアルフレッドと目が合って、慌ててコーデリアは窓に視線を移してしまった。なぜか胸が痛んだからだ。
「いえ、何でもありません」
ちょうどコーデリアがそう答えたとき馬車が停まった。目的地に到着したのだ。
アルフレッドは何か言いたそうだったが扉が開いてノールズ卿が出迎えに現れたので先に降りて行ったのだった。
「それじゃあ俺は市長達に挨拶してくるから先に楽しんでてくれ」
「わかりました、それでは失礼します」
アルフレッド達と市庁舎の前で別れコーデリアとデビーは一足先に祭りを楽しむことになった。一歩外へ出ると花祭り期間のためかとても賑わっている。アンカーソン村でののんびりとした空気にすっかり馴染んでいたコーデリアは久しぶりの人混みに驚いていた。アンカーソン村では人と擦れちがうことすらまれだったからだ。
「コーデリア様、どこへ行きしょうか」
「あちらに露店がたくさん出ていたみたいだから行ってみましょう」
馬車で市庁舎へ向かう途中に路上にたくさんの露店が出ている通りがあったのを見たのだ。花や食べ物以外にもアクセサリーや雑貨の店もあるようだったのでカレンやグレンダへの土産も買えそうだと思ったのだ。
「それにしても……想像以上に大きな街ね」
「観光名所もありますし、このあたりの中心地ですからね」
ノールズ領ウィングフィールド市はウォーレン王国の北側の領土の中心地だ。王都ほどとは言えないがやはりそれなりに発展している。王族の配偶者を選ぶ『ほほ笑みの花』の伝承もある地なので旅人も多いようだった。
馬車から見た露店通りに向かってコーデリア達は歩き出した。
「コーデリア様、ドライフラワーですよ」
「まあ、綺麗ね」
「こっちは花びらを混ぜ込んだ石鹸……花の香りの香水。わああ素敵……!」
花祭りというだけあって花に関する店が多い。通りにはどこかふわりと花の良い香りがするし色とりどりの花が飾られ見ているだけでうっとりしてしまいそうだ。目を輝かせるデビーの隣を見ているとコーデリアも沈んでいた気持ちが晴れて嬉しくなってくる。
「ねえデビー、こうやって二人でお祭りを楽しむなんて初めてね」
「はい! とっても楽しいです……あ、侍女なのにはしゃいじゃ駄目ですね」
「どうして? 私はデビーが楽しそうにしてくれていると嬉しいわ」
「コーデリア様……! あ、あの、露店巡りしましょう。ここからひとつずつ」
表情が乏しい自覚はあるので伝わるか不安だったが、デビーは頬を染めて恥ずかしそうにしたかと思うと笑顔でコーデリアの手を引いて歩き始めた。どうやら気持ちは伝わったようでほっとする。コーデリアにとってデビーは妹のような存在だ。本当の妹のダイアナとはこんな風に仲良くなれなかったので、デビーと一緒に過ごせて幸せだと思う。
それから二人は通りの両側に並んだ露店を一つずつ見て周った。見たことのない食べ物やお茶、アクセサリーに化粧品、雑貨やゲームをする店など様々な店が並んでいてどれも見ているだけで新鮮な気分だ。
「やあそこのお嬢さん達! こちらのお茶を試し飲みしていかないか? クロムの丘で採れた花を使ったハーブティーだよ! これを飲んだ女性は誰より美しい笑顔になれるのさ!」
「ありがとうございます」
「…………」
通りかかったハーブティーの露店の前で店員らしき男性から小さなカップを渡される。中には薄紅色のハーブティーが入っていた。どうやら試飲のようで道行く女性に次々と配っていた。
「『ほほ笑みの花』の種が採れたというクラムの丘の花のお茶だよ!」
お茶はすっきりとして飲みやすい味だった。この国で『ほほ笑みの花』の話は有名だ。他にも『ほほ笑みの花』の名を冠した商品はたくさんあるようだった。きっとこのお茶を大切な恋人を想って買う人もいるのだろうなと思う。
お茶を飲みながらコーデリアがそんなことを考えながら歩いていると、隣にいたデビーの足がゆっくりと止まった。
「デビー?」
「あの、コーデリア様。ごめんなさい。あのときクラムの丘に行きたいなんて言って……」
俯いて冷めてしまったお茶のカップを持ったままデビーが呟いた。馬車の中でのことを言っているのだろう。けれどどうしてそれを謝るのだろうか。
コーデリアは人混みを避けて花壇の傍へと寄った。可愛らしい小さな花が寄せ植えされていて見ているだけで心が和む。なのにデビーは浮かない顔をしていた。
「どうして? デビーは行ってみたい場所だったのでしょう?」
「はい、クラムの丘には他にも伝承があるんです。あの場所へ行けば本当の笑顔を浮かべられるようになるって……。でもコーデリア様にとっては複雑な気持ちになる場所です」
「……デビー、私の心配をしてくれていたのね」
コーデリアはそっとデビーの肩を抱いた。涙目のままこちらを見上げる彼女はとてもいじらしい。きっとずっと前から心配をかけてしまっていたのだろうと申し訳ない気持ちになる。上手く笑顔を作れない自分のことを彼女はずっと見てきたのだから。
「ですが、やっぱりこれは私の独りよがりでした」
「ううん、そんなことないわ。デビーの気持ちが私は嬉しい」
確かに『ほほ笑みの花』に関しては苦い記憶がある。けれどそれは自分の問題なのであって花が悪いわけではない。それにコーデリアにとってはもう何の関係もない話だ。もう自分があの花の蕾の前に立つことは無いのだし。
「ありがとう、デビー。もう私もそんなに気にしてないの。仕方がないことだったのよ」
「けど、それじゃあコーデリア様とアルフレッド様は」
「え?」
突然出てきたアルフレッドの名前にどきりとする。
確かにほほ笑みの花を咲かせるということはアルフレッドの妃になるということだけれど。それはもうコーデリアにはできないことだ。
なんだかまた胸の奥が少し痛んだが気がした。
「……アルフレッド様のお相手はきっと『ほほ笑みの花』が素晴らしい人を選ぶのでしょうね」
「コーデリア様はそれでいいのですか?」
「いいも何も決まったことだもの。私には何も言えないわ。デビー、そろそろカレンとグレンダ様のお土産を選びに行きましょう。ほら、あそこの花屋さんへ入ってみない?」
「は、はい……」
デビーはまだ何か言いたそうだったけれどコーデリアはそれに気づかないふりをした。アルフレッドのことは聞かれても上手く説明できない気がしたのだ。
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