15話 花祭り
「コーデリア、手紙が来ているわよ」
「私にですか?」
デビーがクローズ家の使用人から手紙を受け取った数日後、正式にクローズ家からコーデリアに手紙が届いた。
一体何の用だろうと不安になる。おそらく碌なことが書かれていないことは開く前から予想がついていた。
執務室でグレンダから手紙を受け取ったコーデリアは恐る恐る封を開けた。
「……」
「コーデリア?」
「は、はい」
「大丈夫? なんて書いてあったの?」
「いえ、……その帰って来いと」
グレンダも予想していたのか特に驚く様子もなくため息をついた。
「ヒューズナー伯爵との縁談がまとまりそうなので、帰って来いとのことです……」
「ヒューズナー伯爵!?」
そちらは予想していなかったのか驚いている。コーデリアは暗澹たる気持ちで俯いた。
なんとなくいつかこんな日が来るのではないかと思ってはいたのだ。ヒューズナー伯爵との話はイザベラから一度聞いていたが、いざ現実になるかと思うと苦しくて胸が押しつぶされそうな気持になる。
脳裏にはなぜかアルフレッドの顔がよぎった。
「ずいぶんと勝手なことを言うのね。……まあしばらくは雪が深いから無理でしょうけど」
「え?」
確かにアンカーソン領は真冬になると屋根まで雪が積もるというが今年はまだそこまでの大雪は降っていない。馬車も普通に行き来している。不思議に思って顔を上げるとグレンダがいたずらっ子のように笑っていた。
「こちらの天候なんて向こうにはわからないわよ」
「グレンダ様……」
「ところでコーデリア、最近ずっと屋敷での仕事と学校で休みが取れていないでしょう。明日は一日休暇を取ってはどうかしら」
「え? よろしいのですか」
「ええ、たまには羽を伸ばしてきなさい」
突然のグレンダの言葉にコーデリアは目を丸くした。
確かに最近は忙しくしていたが、元々コーデリアには休みを取るという発想が無かった。それは屋敷での仕事も学校での教師の仕事もどちらも楽しく充実していたからかもしれない。
「……とてもありがたいのですが、お休みをいただいても何をすればいいのか」
コーデリアは困り顔で俯いてしまった。
クローズ家にいた頃はそもそも休みというものが無かったように思う。自由に行動することもできなかったのでいざ一日休んで好きなことをしてもいいと言われても何も浮かんで来ないのだ。
「それなら、アルフレッド様とお出かけしてくれば?」
「……え?」
今度こそコーデリアはぽかんとした顔をして首を傾げた。
グレンダはニコニコとしながら一枚のチラシを渡してきた。それは隣のノールズ領の街で開催される祭りのチラシだった。
「花祭り……」
「そう、ノールズ領のウィングフィールド市は花の街で有名でね。冬場でもたくさんの花が咲いているのよ」
「はい、知っています。でも冬のお祭りなんて珍しいですね」
「これから本格的な冬が来るから無事乗り越えられるようにってね。アルフレッド様はお祭りで集まるノールズ領主や領内の長達に挨拶に行くの」
なるほど、とコーデリアは頷いた。
休暇中であっても王子という立場上色々と忙しいようだ。
「でも私が一緒に行ったらお邪魔になりませんか?」
「大丈夫よ。挨拶と言っても時間はそんなにかからないだろうし。むしろ喜ぶと思うわ。あなたも少し気晴らししてきなさい」
「はあ……」
仕事の邪魔になるのではと心配したコーデリアだったがグレンダはあっさりそう言ったのだった。
祭りなど行ったことがないし本来であれば楽しみな予定だ。グレンダにはとても感謝している。けれど、アルフレッドと一緒と聞いてコーデリアの胸中は複雑だった。
ノールズ領の中心地であるウィングフィールドはアンカーソン村から南に馬車で二時間ほどの場所にあった。アンカーソン領の隣だがこちらの方がまだいくらか温かいようだ。のどかな街道を馬車で進みながらコーデリアは脇に残った雪を眺めていた。
「こちらはやはりアンカーソン村より雪が少ないですね」
「ここ数日は晴天が続いていたからな」
アルフレッドの言葉にコーデリアは静かに頷いた。
こうして馬車に乗って向かい合うのは少々落ち着かない。デビーが隣にいてくれて良かったと内心ほっとしていた。
さすがに王子の訪問ということもあって今回は荷馬車ではなく、小さいがちゃんとした馬車を用意された。アルフレッドは気にしないと言ったが村長達がそういうわけにはいかないと言い出したのだ。親しい間柄と言ってもノールズ領への建前もあるのだろう。
そんなわけで二時間アルフレッドと馬車の中で二人きりかと一瞬焦ったが、幸いコーデリアには侍女のデビーがお供してくれていた。隣で子供らしく窓の外を興味津々で眺めている彼女に内心感謝する。
(二人きりはさすがに緊張してしまいそうだから)
ホロル湖での夜からコーデリアはなぜかアルフレッドを見ると変に緊張してしまうようになっていた。そもそも今までがおかしかったのかもしれない。本来彼はこの国の王子なのだ。彼がいくら気さくな態度を取ってくれるからとはいえ、それを当たり前に受け入れてはいけなかったのだ。
親しくなりすぎてはいけない。
なぜなら彼はこの国の王子でいつかふさわしい妃を娶る人なのだから、コーデリアが傍にいれば迷惑がかかってしまうかもしれないからだ。
だから少しずつ距離を元に戻そうとしていた。ただの訳ありの伯爵令嬢と王子に。
とはいえコーデリアはいつも真顔なのでアルフレッドには気づかれてないと思うのだが。
「コーデリア、どこか行きたいところはあるか?」
「は、はい!? あ、いえ、初めて行く街なのでよくわからなくて」
「それもそうだな。じゃあ俺のおすすめの場所に案内しよう」
「ありがとうございます……」
(距離を置かなければいけないのに……ついお祭りに付いてきてしまった)
コーデリアはぎこちなく頷いた。
グレンダに言われるままアルフレッドに同行してしまったが本当に良かったのだろうか。隣で外を見ていたはずのデビーがこちらを伺っていた。
「デビーは行ってみたい場所はある?」
「……あの、クラムの丘に」
「ああ、あの場所か」
デビーが遠慮がちに呟いた。
クラムの丘は季節に関わらず一面に美しい花が咲いているという有名な場所だ。この国を建国した賢者が『ほほ笑みの花』の種を拾ったのもクラムの丘ではないかと一説では言われていた。
「す、素敵な花畑があると聞きました」
「いいぞ。コーデリアもそこでいいか?」
「はい、お願いします」
コーデリアも名前だけは知っていた。そういえばノールズ領内にあったのかと考えていると御者席からユージーンの声が聞こえてきた。
「皆さん、そろそろ街に着きますよ」
窓から外を覗くと、石造りの高い塀や建物が見えてきた。地面をみると溶けた雪の合間からぽつぽつと小さな花が咲いている。ウィングフィールドはアンカーソン村よりも王都に近い雰囲気の街のようだった。
街中には『ほほ笑みの花』伝承の地とあちこちに看板や旗が立っていて、すっかり観光地になっているようだった。
(ほほ笑みの花……)
アルフレッドに相応しい妃を選ぶという花。
ちくりと痛んだ胸の奥にコーデリアは気づかないふりをしたのだった。
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