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9話 笑顔になれなくても

「皆さん、昨日の宿題はやってきましたか?」


 コーデリアの言葉に元気の良いはーいという返事やげえっといううめき声が聞こえる。

 村の東にある教会には十人ほどの子供達が集まっていた。

 カレンがグレンダに相談してくれたおかげでコーデリアは数日前から教会で教師として子供たちに簡単な勉強を教えるようになっていた。教会に行っている間の他の仕事は周囲が分担してくれているので働きすぎるということはない。


「コーデリア先生、見て見て。これ家で描いてきたんだ」

「あ! フランクずるい。俺も!」

「私も!!」


 子供たちの中でも一番活発なリーダー格のフランクが描いてきた絵をコーデリアに差し出すと次々と子供達が集まって来た。最初こそ見慣れない貴族のコーデリアを珍しがって大人しくしていたが数日経った今ではすっかり皆コーデリアに気を許してくれていた。

 ただ一人を除いては。


「みんなありがとう。順番に見ますからね。フランク、これは犬さんかしら。上手ね」

「だろう? えへへ」


 子供たちの相手をしながらちらりとコーデリアは視線を上げる。コーデリア達から一番離れた椅子にはおさげの少女が座っていた。


(ユミル……)


 初日に牧師から聞いた話では彼女は数年前に母を亡くして以来祖父と二人で暮らしているらしい。彼女は誰とも打ち解けないのだという。

 そのとき締め切っているはずの部屋にひゅうっとどこかから風が吹いて窓がガタガタと鳴った。


「さむい」

「ほら、あそこの窓に隙間があるのよ」

「だってこの教会は”おんぼろ”だもの」


 確かに子供たちが言うように、この教会の建物は大分老朽化が進んでいた。扉の立て付けも悪いしあちこち隙間だらけなのだ。補修するにも予算がいるが、人口の少ないアンカーソン村の予算ではとても賄えないのだという。

 最近ではちらちらと雪の舞う日も増えてきていた。早いうちにせめて隙間風の対策はした方がいいのだけれど、と考えながらコーデリアは窓辺にいるユミルへと近づいた。


「ユミル、もっとこっちにいらっしゃい。そこは寒いでしょう」

「っ……」


 コーデリアを見つめてユミルがびくっと跳ねる。少しおどおどとした彼女が大きな亜麻色の瞳を向けてきた。

 どうしたのだろうとコーデリアは首を傾げた。

 ……なぜか彼女はいつも不安そうにコーデリアの様子を見るのだ。何かしてしまっただろうかと考えてみても思い当たることがなくて、どうしていいのかわからない。手を差し出してもじっと困ったようにユミルは動かない。

 きゅっと小さな両手を握ったユミルが遠慮がちに口を開いた。


「コーデリア先生は、怒ってるの?」

「え? ……いいえ、何も怒ってないわ。どうして?」

「……だって先生はいつも笑わないから」


 その小さな声を聞いて、コーデリアはただ言葉もなく立ち尽くすことしかできなかった。




「まったく驚いたよ。君が急に工具を持ち出して行こうとするから」

「……また手伝っていただいて申し訳ありません」

「別にいいんだ。俺は休暇中で好きなことをしているだけだからな」


 その日の午後、教会にはコーデリアの他にアルフレッドとユージーンの姿があった。

 外れそうになった窓枠に釘を打ち付けながらユージーンが呆れた顔をする。


「コーデリア様は無茶すぎます。大工仕事なんてやったこと無いんでしょうに、教会の補修を一人でやろうとするなんて」

「すみません、色々考え事をしていて……そこまで頭が回りませんでした」


 恥ずかしさで居たたまれなくなってコーデリアは身を縮こまらせた。

 午前中に学校の授業を終えたものの、やはり隙間風が気になったのだ。少しでも直せるものなら直そうとコーデリアが領主の屋敷から工具を借り出したところでアルフレッドとユージーンが声をかけてくれていなければ、今頃トンカチを片手に途方にくれていたところだろう。


「コーデリア、そこを押さえてくれるか?」

「は、はい」


 アルフレッドはとても手際よく作業をしていく。以前休暇で滞在したときに村の大工に教えてもらったのだと言う。


(……私は本当に駄目ね)


 コーデリアはこっそりと小さくため息をついたのだった。




「それにしても本当にどこもかしこも”ぼろい”な。子供たちの言う通りだ」

「そうですね。冬の間に雪の重みで屋根が潰れなければいいけれど、とグレンダ様も言っていました」


 アンカーソン領はウォーレン王国でも北端に位置する山の麓にある。コーデリアはまだ体験したことはないが、真冬は家が埋もれてしまうほど雪が積もる日もあるのだという。

 窓と扉の修繕を終えて教会の椅子に腰かけたアルフレッドが笑う。コーデリアもその隣に座って教会内を見渡した。近くの商店で何か温かい物を買ってくると出かけたユージーンが戻るまで少しの間休憩だ。

 確かに古いけれど長い年月が刻まれていることを感じられる荘厳な雰囲気は好ましいと思う。隙間風には困ってしまうが。


「なるほど、確かにそれもそうだ。……でも先生の仕事以外に教会の補修まで君がやらなくてもいいんじゃないか?」

「……できることは、なるべく手伝いたいんです」

「ずっと疑問だったんだが……どうして君はそんなに役に立ちたがるんだ?」


 確かに本来であればこれはコーデリアの仕事の範疇外のことだ。けれど放っておくことができなかった。古くなってくすんだ天上を眺めていたアルフレッドが訝しそうな視線を向けてくる。

 以前、カレンにも同じことを聞かれたのを思い出す。それだけ周囲から見れば自分の行動は不可解なのかもしれない。アルフレッドに改めて同じことを問われて、コーデリアは自分でも考えながらゆっくりと言葉を探した。


「カレンにも同じことを聞かれました。何もできない私にアンカーソンの人々は色々なことを教えてくれます。それが楽しくて……でも最初は違いました」


 自分の両手を膝の上で握ってコーデリアは俯いた。

 話を急かすこともなく隣に座っているアルフレッドの気配を感じながら苦笑する。アンカーソン家の人間であるカレンには言えなかったことがある。彼女がコーデリアを心から素直に友人だと思ってくれていることがわかっているからだ。

 

「……私はクローズ家から厄介払いされて無理矢理アンカーソン家に押し付けられた人間ですから。少しでも役に立たないと皆さんに申し訳が立ちません」

「……厄介払い?」

「ただでさえ私はこのように……いつも愛想がなくて笑顔が作れないことで不気味がられてきました。今日も子供に怖がられてしまいました。だからもっと、がんばらないと……」


 笑顔が無いから怒っているのかと思ったとユミルは言った。もちろんコーデリアにそんなつもりは無かったが、彼女を不安にさせてしまったことを情けなく思う。カレンは大丈夫だと背中を押してくれたけれど、やはり教師など自分には向いていないのでは……と後ろ向きな気持ちになっていた。誰だってニコニコと笑う先生の方が良いに決まっている。


「コーデリア、ちょっと待ってくれ」

「はい」


 ふと、思考に沈んでいると隣で困惑した声がした。顔を上げるとアルフレッドが眉をひそめて額に手を当て何か思い悩んでいるように見えた。


「アルフレッド様……?」

「君は少し自己評価が低すぎるぞ」

「え……」


 思いもよらない言葉にコーデリアは何度か瞳を瞬いた。真面目な顔でアルフレッドが向き直ったのでコーデリアも自然と姿勢を正した。


「まず、アンカーソン家も村人達も君を押し付けられたなんて思っていない。役に立たなきゃここにいてはいけない、なんてことも無い」

「で、ですが……」


 笑顔のできない仮面の令嬢としてクローズ家では役立たずだと言われ追い出された自分を受け入れてくれたのがアンカーソン家でありこのアンカーソン村の人々だ。自分のような存在を進んで受け入れたいと思うだろうか。グレンダもカレンも村人達も皆優しくてとても感謝しているけれど、だからこそ申し訳ないとコーデリアは思ってしまう。

 だからアルフレッドの言葉にはどうしても戸惑ってしまった。


「あと君は十分に働きすぎなほどもう働いているし役に立っている。グレンダの手伝いも家事も村人達の手助けも。やりすぎなくらいだ。子供達だって君に懐いているらしいじゃないか」

「そうでしょうか……」


 あまり意味のわかっていない顔のコーデリアにアルフレッドはため息をついた。


「……笑顔ができなくても、君の一生懸命な心は皆に伝わってるってことだ。村人達だって好ましくない者にまで親切にはしない。君は皆に好かれているってことだよ」

「そ、そんなことありえません……! だって私は薄気味悪い存在ですから」

「薄気味悪いって……」

「妃選びの舞踏会を覚えていますか? 私は本当に笑い方がわからないのです。……ほほ笑みの花を前にしても笑顔一つ浮かべられず……」

「コーデリア」


 思わずムキになって言い返してしまってからコーデリアは我に返った。一体自分は何をしているのだろうと恥ずかしく思う。でも幼い頃からずっと気味が悪いと言われてきたのだ。それが当然だと思っていたのでどう対応していいのかわからない。

 アルフレッドに強い口調で名前を呼ばれて押し黙る。


「舞踏会の時はすまなかった。望んでもいないのにあんな場に強制的に呼び出してしまって……。でも俺は君を薄気味悪いだなんて思ったことは一度も無い。笑顔ができないくらいなんだ。君はとても素晴らしくて美しい女性だ」

「え……」

「あ」


 アルフレッドの言葉がしんとした教会内に響く。ぱちりと瞳を瞬いて急にアルフレッドが慌てだす。


「いや、これはその……」

「お二人ともお待たせしました!」


 背後の扉が開いてユージーンが入って来たのを見て、アルフレッドが慌ただしく立ち上がる。頬と耳を赤くした彼がユージーンの元へ歩いていくのをコーデリアはぽかんとした間の抜けた顔で見送った。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

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