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彼等とは、混ざるな危険のレッテルが。  作者: 夕暮 瑞樹
第一章 まだ知る世界 side長船
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第九話 親の事情は子の先入観

 オーディションをうかった僕等は、一先ずの事をやり遂げた様子で後藤家の玄関をあがった。

「あら、お疲れ様。夕飯これから作るんだけど、どうする?食べる?」

奥さんは玄関の音がするなり廊下に出て来てくれて、明るい顔で僕等を迎え入れてくれた。玄関に飾られてある小さな時計の短針は五時をさしてあり、もうそんな時間だったのかと少し息を呑む。

「じゃあ、お願いしても良いですか?」

「よし分かった。」


それから奥さん、おばあちゃん、僕等で食卓を囲み、色んな話題に乗っかりながら時が過ぎていく。話を聞くと、奥さんは今日は会社は休みで、折角だからと何時もはやらない鍋料理を作ったんだとか。

「やっぱり鍋は冬に食べるべきだったわね、夏に鍋はあまりにも箸が進まないわ。」

いっそ家中の扇風機を回しまくろうかしらと奥さんが冗談を言う。

「いえいえ、凄く美味しいです。」

浦井が今日学んだばかりの愛想の良い笑顔で、場を温めた。

「にしても偉いのねぇ、三十手前の若者達って直ぐ飲んで帰ってくるのに。」

「一応家を借りてる身なのでお金の扱いには慎重になっているだけです。飲んだくれで帰宅するおじさん方の気持ちも分からなくはない。」

「あらそう?まぁ確かに、私も分からなくないわね。」

奥さんは何時の間にか冷蔵庫から出していた缶ビールをグイッと飲み、豆乳鍋に入っているつくねを幾つか小皿に盛った。

「そういえば女将さんはどういう仕事を?」

僕はメンバーに比べて富岳とはあまり仲が良くなかったと言うか、何故だか知らないけど互いに近付こうとしていなかった。それが互いの母親同士の問題だという事も、お互い分かっていた。

「仕事はね、新聞記者。記事の作成の為に四人体制であちこちを回っているの。」

あぁ、やっぱり変わらないか。疑うまでもなく分かっていた事実だけど、何処か変わっていて欲しいと願っていた僕だった。

「でも最近事件も増えて治安もそこそこ悪くなって来てるじゃない?だから人数が足りないと言うか、だれかヘルプが入ってくれれば良いんだけど…。」

と奥さんは口を結ぶ。そう、奥さんの会社は次第に人事不足で廃れていき、けれど供給は変わらない為数年後にはほぼ立派なブラック企業に成長していく。其処に雇われた僕の母は富岳という上司を持ち、パワハラを受け二ヶ月で退社。そのちょっとの期間でも、親の誇張話をモロに聞いていた僕等子供というのは、充分に気まずかった。

「いやね、文句言ったって仕方がないのに。」

と、パッと表情を変えた奥さん。

「そうだ、貴方達の活動はどうなの?今日のカレンダーにオーディションって書いてあったけど。」

「えーと、この前の路上ライブのおかげでかしわぎ音楽事務所から連絡があって、今日のオーディションに呼ばれて、」

「え!凄いじゃん‼︎早い、あまりにも早過ぎるよ⁉︎」

思った以上の反応の良さに、さっきまでの落ち着きを取り返して場は一層盛り上がった。

「そうなんですよ、俺等もびっくりで!それで受かったんですけど、これからどうなっていくのか全く分からなくて。」

「受かったんだ、凄い、え、凄いじゃんかー。」

ヒョエーと眉をあげ、奥さんとおばあちゃんは顔を見合わせた。


 お酒が進むと自然と箸も進む。調子良く鍋は空っぽになり、僕等は食卓を解散した。

「んじゃあ、明日は八時起きって事で。」

皆が、風呂も済ませもう寝る準備をする中、浦井はおやすみーと電気を消した。

 明日は十時から斎藤さんとの会議や打ち合わせがある。オーディションに受かったことで、正式に斎藤さんがディレクターとしてバンド活動が始動し、来月に行われるライブの打ち合わせを今の内にしておこうとの事らしい。

「ってか何で午前なの?ちょっと面倒。」

澤中が布団を肩まで引っ張りながら、うーんと寝返りをうった。

「…なんか斎藤さんが、その後食事を奢ってくれるらしい。」

「え、そうなの?」

「聞いてないんだけど。」

「…電話の最後に言ってた。」

「うん。言ってた。」

明堂は、確かに言ってたよと二度記憶の中を確認する。二人揃ってそう言うなら、本当にそうなのだろう。

「マジかよやったじゃん。何かな?もんじゃかな?」

「もんじゃは東京でしょ。大阪なんだからきっとたこ焼きかお好み焼きだよ。」

「あそっか、じゃあ砂糖入ってるかな?ど甘いのかな?」

「浦井、上京はまだだから。此処は大阪だから。」

僕はそっと浦井のボケを拾いながら布団に寝転がる。暗闇の中、よく気づいてくれたな〜と嬉しそうに背中を叩いてくる浦井を落ち着けと宥めてから、僕は目を瞑った。




「おっはよう御座いま〜す、時刻は只今九時半、」

「ぃいや待て待て待て待て。」

「ん?どしたの哲ちゃん。」

「どしたのじゃねぇよなんで⁈意味が分からないんだけど⁈」

僕は勢いよく跳ね起き、そのまま握っていた掛け布団でボスッと浦井を殴り、慌てて自分の服の皺を伸ばした。部屋着なんてものは無く、何時でも外着のままだから良かったものの、こんなにギリギリでどうするんだ。

「…ん?」

「“ん?”じゃねぇよ、なんの“ん?”だよ、可笑しいだろ。何で八時起きって言いながら九時半に平然と起こしてんの?しかも余裕そうにアナウンサー気取りで?」

「まぁまぁ落ち着いて哲ちゃん、皆準備できてっから。」

「え?」

そう言われて玄関を見れば、もう靴も履いて準備万端のメンバーが僕を待っている。

「なんで俺だけなんだよ⁉︎」

色々言いたい事はあるが、今は言ってられない。僕は適当に髪を手で解きながら玄関へ向かうと、部屋と玄関の間に跨る廊下に立っていた奥さんと目があった。

「お出かけ?」

「はいっ。」

夕方には帰ってきますと流れる様に告げ、浦井と一緒に靴を履いて玄関を出る。

 すると家の外に一台の車が止まっており、運転席から斎藤さんが此方に手を振った。

「…嘘…。」

なんで家バレてんの。まぁ犯人は浦井なんだろうけど、その口の軽さは危険だぞ?しかも此処人ん家だし。

「おーい、哲ちゃんも早く乗れよ!」

何時の間にか先を越して車に乗り込んでいた浦井が、早く早くと手をパタパタさせる。手前奥に降るならまだしも、左右に振る所が浦井らしい。

「長ちゃん鍵だけ確認して貰っていい?」

「あ、うん。」

玄関の鍵…OK、門の鍵…OK。

 僕は走って斎藤さんの車に乗り込むと、シートベルトを手探りで探す。

「遅れてすいません、」

「いえいえ、普通ならこんなに頻繁にお呼びする事がないですし、早く来過ぎた此方にも非がありますから。…では出発しますね?」

「お願いします。」

やっと見つけたシートベルトの先を伸ばしながら、これから何処へ向かうんだろうと新鮮な気分に浸った。


 こうして明るい気持ちでメンバーと外食するなんて何時ぶりだろうか。生憎空は雲が多いけれど、所々見える青は綺麗だった。

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