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彼等とは、混ざるな危険のレッテルが。  作者: 夕暮 瑞樹
第一章 まだ知る世界 side長船
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第七話 送られてくる期待と視線

「もしもし…?」

「もしもし。『ニュートラル』様でお間違いないでしょうか?」

「あ、はい。そうですけど、如何かされましたか?」

手首の筋が浮いて見え、門崎がガラケーを握り締めるているのが分かる。そりゃそうだ、バンド活動初めての電話で緊張しない訳が無い。僕だったら声が裏返っていても可笑しく無いのに、と浦井に視線を送ったが、彼も同様冷や汗をかいていた。

「…ぇ…。」

途中、驚いた様に小さな声をあげた所為で、より一層心臓の音が跳ね上がる。この空気事燃えてしまうんじゃ無いかと思える程の胸の熱さを、僕は必死で抑えながら電話に少しでも顔を近付けた。

「…ぁ、はい、了解です!…有難う御座います!」

通話が切れると同時にパタンと倒れる様に寝転がる門崎。彼は直ぐには口を開かず、唯呆然と木枠の天井を見つめている。

「で、どうだったの?」

遂に待ちきれなくなった明堂が門崎をしばき起こすと、門崎はゆっくり、薄っすらと声を発した。


「…新人アーティストのオーディションに来ないかって…かしわぎ音楽事務所から連絡が来た…。」


その言葉を聞いて、誰が直ぐに反応できよう。自分達がパクリバンドという概念が脳内から吹っ飛んでいき、嬉しさと興奮が飛び交っているのが目に見える。絶対ドーパミン出てる。なんか頭から汁が垂れてきそう。などと感じる事は一秒おきに目まぐるしく変わっていき、理解不能のパニックを起こしそうになった時だった。


「え……ぇえええ‼︎⁉︎」


浦井の叫び声が周囲の空気に大きな波を作り出し、そのおかげで僕は我に帰る。

「かしわぎ音楽事務所ってあの有名な所じゃん‼︎なんで⁈」

「…そこの社員さんがあのライブを通り掛かって、良かったって事務所内で話題になって、それで電話くれて、今此の状態。」

門崎は、まだ信じられないと天井を見つめたままガラケーをプラプラと振って、今の状態を表した。

「それってさ、私達の憧れの『カスタムイエロー』さんと同じ道を進んでるって事だよね?」

澤中はそう言う。『カスタムイエロー』とは当に僕等が今パクっているバンドの事で、彼等の始まりも、地元のストエリートパフォーマンスから事務所に拾われた所からだ。

「でも事務所が違うよ。『カスタムイエロー』さんは街角音楽事務所で、今電話をくれたのはかしわぎ音楽事務所だ。」

僕は彼等のファンであり、彼等の情報なら殆ど頭に入っている。同じ道を辿れるのは嬉しいけれど、そこのズレがどうしても気になった。かしわぎ音楽事務所だって街角と同じくらいの知名度を持っているし、滅多に無い機会だからこそ個人的な趣味で断る心算はそうそう無いけれど、折角なら街角の社員に見てもらいたかったと僕は思う、思っていしまう。

「それでオーディションの日程は何時なの?」

「…今週末の午前十一時に事務所の方へってさ。」

僕等に囲まれる様に寝転ぶ門崎は、遠くの壁に貼ってあるカレンダーを指差してそう答えた。

「うっそ…今週末って後二日じゃん。」

「うっわマジか。それ後二日じゃん。」

「それ私が先に言ったから。」

明堂はポンッと浦井の肩を叩くと、立ち上がってカレンダーの前まで近付いて行く。

「これって勝手に記入して良いのかな?」

と、ペンを片手に此方を振り返り、そして驚く。

 あ、と放った彼女の視線の先には、なんとあの富岳少年が。

「書き込んでも良いですよ。」

と少年からの許可がおり、明堂は困惑しながらもペンを動かした。


「ごめんごめん遅れちゃった、ちょっと階段のゴミに手こずったてね。」

奥さんが富岳少年の後から部屋に入って来る。

 僕等にとっては懐かしい富岳少年は、記憶の中の姿よりも随分と背が低く、細かった。

「こんにちは。」

彼は、何故か五人の内の僕だけを見て挨拶をする。

「こ、こんにちは…?」

僕も礼儀として挨拶を返すと、一瞬、目の前の少年が笑ったような気がした。

「まだ籍も入れてないし旦那も来ないけど、試しに泊まろうかって事で昨日と今日は此の家で寝ていたの。もう貴方達への疑いも晴れたし、会わせてやっても良いかなって。」

そう言う奥さんの前で、富岳少年はまだ僕を見つめている。

 浦井少年とは正反対のオーラを放つ目の前の彼は、口数が少なく大人しかった。けれど僕等が知っている富岳慎太郎は、浦井と同等と言って良い程明るく、誰にでもフレンドリーに接してくれる。一体此の数年間で何があったのだろうか。そしてそれは行方不明の事件に関係しているのだろうか。気付けば僕も、富岳少年を見つめていた。

「会ったら会ったで何話すっかな。夢に出てきましたって言っても、伝わらな、」

「伝わります。」

「…へ?」

「僕も貴方達の夢を見ました。」

少年はそう言うと、彼から見て左から、明堂、澤中、門崎、長船、浦井、と名前をあげていく。それも呼び捨てで。

「でも、僕の夢では貴方達と僕は同級生でした。」

奥さんはその様子をポカンと見つめながら、またも不思議な事ねぇと訳も分からず頷いた。

「…。」

僕等は何も言えず、唯黙っている。僕等が富岳の夢を見たというのは僕が勝手に作り上げた嘘であって、彼が言っているのは本物だ。これがもしこの先の記憶の中から抜粋されたシーンなら、それは大学での記憶なのだろう。

 ある程度不思議な時間が長引くと、兎も角、と奥さんが手を叩いた。

「それじゃ、この子は塾があるのよ。またご飯の時にでも、一緒に話しましょうね。」

そう連れ去られていく少年の目は冷たく、心なしか僕等の事を見透かされている様で怖かった。何故そんなにも冷たいのだろう。赤の他人ならまだしも、顔見知りの人からされては考える事が多過ぎる。相手は何を考えているのだろうか。子供相手に、僕は頭を抱えた。

「なんか哲ちゃん、すっごい見られてたな。なんかあったの?」

「いや、それが無いんだよ。…うん、無い筈。」

僕は出来る限り過去を思い出す。

「ねぇ、あれって幾つの時?」

「えっと…今は2001年でしょ、だから…七歳だ。」

明堂と澤中はカレンダーを確認しあって計算する。七歳、と言われてもピンと来ない。塾に行ってたわけでも無いし、何かの習い事をしていたわけでも無い。人脈は少ない僕だったから何かあった人は大体覚えている筈なんだけど、と僕は少しでもヒントを求めようと部屋を見渡す。

「そういや哲ちゃんさ、大学で富岳と会った時、なんか言われてなかったっけ?」

「…?」

「その、なんか僕の事知ってますか?的な事。」

何だそれ。僕の事知ってるも何も、初めましてなんでしょ?知ってる訳あるかと僕は思った。きっと当時の僕も、そう思っていただろう。しかしそのおかげで、僕の脳内に少し記憶がよみがえった。

「あ、言われた…言われたわ。知ってますかって聞かれて、知らないって答えた。…あれ何でなの?」

「知らないよ。こっちが聞きたいよ。」

浦井が怖いなぁと腕を摩っていると、まだ寝転んでいた門崎がいきなり手をあげた。

「それってさ、今の富岳君の夢が僕らの来訪関係なく見ていたなら、通じるんじゃないの。」

「…え、ごめんどういう事?」

「だってさ、そもそも一回限りの夢で俺等の名前なんて覚えられる訳無いじゃん。きっと俺等の夢を何度も見てるんだよ。それで、如何して長船君だけに聞いたのは何故か分からないけど、夢に出て来た人達を目の前にして、聞いちゃったんだよ。知ってますかって。」

「あぁ、確かに。」

僕だけというのは本当に謎だけど、確かにそれなら話は通じる。僕等が夢に出て来たなんて富岳の話に出て来た事は無い。でも、噂として、変な夢を見る人だとは知っていた。


「ま、今は取り敢えず練習するか?」

 その頃にはすっかり忘れていた今週末のオーディション。それに向けて必死になる内に、富岳少年への悩みも、もうすっかり消え去っていった。

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