第六話 かの知らぬ家庭事情
路上ライブを終えて、一日が経つ。僕等は過去にきて二度目の朝を迎え、二度目の朝食を取っていた。
「で、結局あんた達はこれからどうするの?」
奥さんこと富岳の母は、態々朝食とは別でお茶を汲みながら、相変わらずのお風呂上がり姿で浦井を中心に問い掛けた。
「先ず慎太郎君とお話、」
「それなんだけどちょっと良いかしら。」
会話に応じようと浦井が口を開けると、途端に奥さんは目の前の机に手をつく。
「…はい、?」
「如何して貴方達が慎太郎の事を知っているの。」
「…?」
「如何して、慎太郎が此の家に来る事を知っているのと聞いてるの。」
その口調は明らかに怒りを表しており、これまでの笑顔は一切消えてしまった。
「え、っと、すいません何を仰っているか、」
「慎太郎はね、もうすぐになって引き受ける予定の養子なの。その頃にはもう新しい旦那と籍を入れて、年齢のずれはあるけど、慎太郎を二人の子供として迎え入れる。他人には誰にも言ったことがないのに、それを何故、貴方達が名前すらも知っているの?」
奥さんはいたって冷静に、けれど怒りを込めて、浦井の目を見つめていた。その視線にびくともしなくなってしまった浦井。
知らなかったものは仕様がないし、此処まで言ってしまったんならもうそれも仕様がない。等々耐えきれず、僕が二人の間を割るように説明を入れた。
「その、僕達、不思議な夢を見たんです。」
僕は、真実を、というよりも、可笑しな奴を演じきる道を選んだ。メンバーも巻き込んでの話にはなってしまうが、そもそもの真実が可笑しいのだから、そんな事を一々気にしてはいられない。
「ある日僕は、大学で組んだバンドの皆で遊ぶ夢を見て、その中で一人、見覚えのない人がいました。富岳慎太郎という奴で、ギターを背負ってて。僕は夢の中で、彼とバンドを組む約束をしました。そしてその日の朝に現実で皆にその事を話したら、なんと全員が同じ夢を見ていたんです。これは運命だと思い、此の家へやって来ました。」
「…そうか…そうか、其処まで分かっているのなら信じはするが、此処は後藤家だ。富岳家ではないぞ?」
「背景がこの家だったんです。」
「少し改装して、今より外壁が白くなっていましたけど。」
と、元を知らない僕に、明堂がフォローを入れてくれた。
流石の奥さんも信じきってくれたのか、「そんな不思議な事が実際に起きたりするのね。」と感心しながら、安心しきった様にまた笑顔を浮かべた。
「因みに家がないのは…?」
奥さんは聞いちゃいけなかったかしらと口に指をあてながら僕等に質問する。もしかしたら嘘だと思われていたのかもしれないが、どっちにせよ不審がられているのは確かだ。
「家が無いのは事実でして…その…バンドで借りてたシェアハウスが焼けて…その…、」
「あ!」
「っ!?」
「もしかして一昨日の大阪で起きた火事?!」
奥さんはそうでしょうと僕を指差して驚いてみせた。一昨日といえば、日付の代わりを0時とするなら、まだ僕等は此方の世界に来ていない時。
「あそこの火事をニュースで見て心配だったのよ。あそこの近くに親戚が住んでるから。」
「そ、そうなんですか?」
「うん…でもそうかぁ、燃えちゃったかぁ…。」
「…?」
実際はどうなのかは分からないけれど、その火事は相当酷かったという事なんだろうか。奥さんはうぅんと唸りながら立ち上がり、奥でまたあのおばあちゃんと話をしている。
僕等は顔を見合わせて、静かに答えを待っていた。姿を見て初めて思う出したけれど、そういやおばあちゃんは慎太郎は床に着いてるなんて言ってはいなかったっけ。あれは無駄な会話を避ける為の嘘だったのかな。
「よし、それじゃあ君達には改めて部屋をかそう。部屋とトイレと、お風呂の三つね。」
「へ?」
「この家は元々集会用の施設だったから部屋数が多くて余っちゃうの。全部を綺麗に保ちたいのに掃除が面倒で、使ってないのに見映えとかも考えて家具とか買っちゃったもんだから無駄が多くてねぇ。君達が居てくれて丁度良い。」
何より賑やかだと、奥さんは言った。そんな軽々しく人を招くんではないと忠告すらしたかったが、生憎此れを頼りにしなければ僕等はきっと棒だいな金を宿舎に費やす事になるだろう。
「あ、お金!待ってください奥さん、お金って、」
「奥さん!?」
あぁあつい。ついうっかりそう呼んでしまった。おばあちゃんが何時も奥さん奥さんなんか言うからうつっちゃったじゃないか。でもこの場合なんて呼ぶのが正解かが分からないから、ある意味奥さんで良かったような気もする。
「奥さんだなんて照れちゃうわ!お婆さんの所為かしら。びっくりして大きな声が出ちゃった。」
隣にいたおばあちゃんが私?と言う様に首を傾げた。貴女が何時も私を奥さんって言ってるじゃないと奥さんがおばあちゃんの肩を叩くと、そうかいそうかいとおばあちゃんは頷く。
「すいません、」
「いえいえ謝る事じゃないし怒ってもないから安心して?」
奥さんはまだ動揺が残っているのか、手元のコップを何度も掴もうとしているのに、中々滑って取る事が出来なずにいた。
「そうね…でもなんて呼んで貰うのがいいかしら。」
「此処は旅館スタイル、女将で如何でしょう!」
そう言ってパチッと指を鳴らす浦井。
「こら浦井、」
「良いわね、それでいきましょうか。」
僕は慌てて浦井のボケを止めに入ったが、その案はすんなりと承認され、浦井は見事なガッツポーズを。ちょっと子供っぽすぎやしないか、とは思ったものの、これが彼の長所でもあり短所でもある為にそれ以上のツッコミは控えておいた。
「じゃあ女将さん、お世話になります。」
「違う違う、お金について呼び止めたんだから返しちゃ駄目じゃない。」
と僕自身も忘れていた事を澤中が指摘してくれたおかげで、話はまた本線に戻る。
「あぁそうね…お金は今じゃなくても大丈夫、また給料とか儲けが出てかららの相談で良しとするわ。私これから仕事で家を開けるし、好きに動いてくれて良いわよ。バンド活動、頑張ってね。」
「あ、有難う御座います、」
奥さんはそそくさと部屋のドアを閉めて、後は階段を登る音だけが響く。去り際のお礼は果たして伝わったのかは分からないが、伝わっているであろう事を仮定して、僕は後を追う事をしなかった。
あれが富岳の母か、と考えてみれば納得がいく部分が幾つかある。親子というのはたとえ里親だったとしてもやっぱり似るものなんだなと、僕は浦井と話していた。
「育て方なんじゃない?」
「あー確かに。でも偶に真反対の親子とかいるじゃん?あれって親の育て方に賛同が無いからなのか、そもそも親がそういう反発的な性格だからそれがうつって子も反発的になってるのか、どっちなんだろうね。」
「えー、…どっちも…かな…。それって親と正反対になるパターンか、反対に見せかけて一緒のパターンかって事だよね?…因みに哲ちゃんはどう思ってる?」
「僕はね、分かんない。」
「アハ、何だよそれ。」
なんて事を話していると、隣でまた別の話題で盛り上がっていた明堂と澤中が突然浦井の肩を叩いて来た。
「何?」
「電話、鳴ってるんだけど…。」
と、澤中が差し出すガラケーの画面を見てみれば、確かに着信のテーマ画面になっている。因みにこれは過去の世界での連絡手段として特別に浦井パパから借りた中古のやつで、バンド活動に関する連絡用として扱っている。つまりこの着信というのは、昨日作ったばかりの僕らのファンか、チラシに目をつけた何かの関係者かに限られる。
「…ぇ、出る?」
恐る恐る浦井はガラケーを手に取り、迷うままに僕を見つめた。
「何で僕を見るんだよ。」
「え、だって哲ちゃん…リーダーじゃん。」
「何時僕がリーダーになった?リーダーは浦井、副リーダーは明堂さんだろ。」
「えぇ…じゃあ明堂…。」
浦井はゆっくりと明堂に向き直ったが、明堂は必死に首を振って受け取るまいと抵抗している。
「…ん、俺が出る…。」
ふとそう言ってガラケーを手に取ったのは、さっきまで向こうを向いて眠っていた筈の門崎。
彼は今までの僕等の優柔不断が嘘だったかの様に、迷う事なくボタンを押した。