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彼等とは、混ざるな危険のレッテルが。  作者: 夕暮 瑞樹
第一章 まだ知る世界 side長船
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第五話 初の路上ライブ

 機材の準備が整うと、今度はライブの為の空間作りをしなければならない。これも勝手に、という訳では無くて、浦井パパの人脈を借りて整備して貰ったスペースである。こんな一日でどうやって、と僕は不思議に思っていたが、浦井家の行動力をなめてはいけない。半日もあれば、ライブの都合合わせなんて簡単なんだそうだ。

「いやぁあの子が絶対売れるからって言うからね。信じるしかないよ、ほんと。」

と浦井パパは呑気にトラックから顔を出し、後はお前達の仕事だ、と炭酸飲料をグイッと飲む。金は貰っているから大丈夫さ、とも言っていたが、それって将来の浦井家からの出費なんだよな…。

「哲ちゃーん?キーボード此処に置いとくよー?」

浦井はミニステージの左端の方にキーボードを置くと、せっせせっせとドラムの位置を調節する。

「あ、有難う!」

僕も慌ててステージに上がり、キーボードスタンドの高さの調節、音量の調節を行った。場所の許可は得れても、近所迷惑と言われれば終わり、それはストリートパフォーマーにとって何より気に掛けなければならないポイントだ。


「それじゃ。」

と、僕等は改めてステージに立つ。気持ちの良い夜風が通り過ぎ、晴れた夜空も絶好調。集まった人集りは少数ではあるものの、スタート地点にしては調子の良い環境だった。


 前説無しの一曲目、ベースのソロから曲は展開していく。この曲は後五年後くらいに売れるバンドのデビュー曲で、丁度今頃の季節の夜をテーマにした、けれど爽やかな、前夜祭を思い起こさせる曲。残響を敢えて残さない軽快なキーボードと、ストロークの短いギターが高揚感を与え、目立つベースが渋いゆったりとした気分を注ぐ。ドラムは基本四分打ちで、サビ前のクラッシュシンバルを合図に複雑なテンポに切り替わる。僕はその切り替わりが凄く好きで、ついつい口角をあげてしまうのであった。


 曲が終わると、ドラムから離れた浦井がマイクを持って、自己紹介を済ませる。

「えーと、俺達…いや、私達は『ニュートラル』というバンドで、大阪からやって来ました。とは言っても此処は大阪と京都の県境なんで、本当は直ぐ其処からやって来たんですけどね、えぇ。…あぁ拍手有難う御座います、どうもどうも。さっきの曲は『夜行』と言って、丁度今みたいな夜の街をイメージした曲です。どうですか?良かったですか?」

そう言って浦井がマイクを皆に向けても、答えてくれる人は誰もいない。流石に答えてはくれないか、とは思ったが、心優しき聴衆は言葉の代わりに拍手をくれた。

「あぁ有難う御座います!本当に有難う!…じゃあ次、早くもラストなんですが、今度は疲れた身体を癒す曲なんてどうですか?今日は金曜日ですし、皆さんこの後ゆっくりするでしょう?」

またも返ってくるのは拍手。けれど反応があるだけでましなんだ。

「それではいきます、『FreeHome』!」




「いやぁ~どうだった?順番逆の方が良かったよな?ミスったわ。」

帰りのトラックに乗り込むなり、浦井はメンバーにすまんと手を合わせる。なんで上げて落とすんだよ、普通最後に上げるだろ、とぶつくさ言いながら隣のバスドラムを人差し指で弾くその姿は、浦井らしくなかった。

「でもさ、結構反応良かったよな?」

「うん。」

「そうだね。」

「ホントそう。」

「間違い無い。」

「…結局は人の曲だけどね。」

「うん。」

「そうだね。」

「ホントそう。」

「間違い無い。」

「そうだな。」

と、トラックの揺れに身体を任せながら僕等は笑った。ほんとそうだよ、人の曲なのに。憧れの人の舞台を奪ってるだけなのに。それなのに、反応が貰えた事が嬉しいなんて。

「アハハ、本当に如何かしてるよ。」

僕は手を叩きながら笑った。覚悟していた酔いの波も全く来ず、笑い声を潜ませたトラックはいつの間にか浦井音楽スタジオまで辿り着いている。

「もぅ、何笑ってんのさ早く降りなよ!」

浦井少年は被せてあったシートを捲るなり君が悪いよと先に機材を中へ運んでいく。

「ごめんごめん、ちゃんと働くから。」

浦井は慌てて立ち上がり、その所為でトラックの揺れが激しくなる。後ろの運転席から浦井パパの怒鳴り声が一瞬聞こえた気がするが、親父が本気で怒る事は滅多に無いから、とお構い無しに荷台を駆け降りた。

「富岳ん家帰ったら飲む…のは不味いから、『ニュートラル』専用の連絡先の登録と広告作りやろうか。」

そう言って黙々と働き出す浦井に続いて、僕等も自分の楽器やそれに関するコードを全てまとめ、元にあったケースへと閉まっていく。

「ねぇ、マイクってもう一本借りてたよね?」

「…それは俺がもう直した。」

「あーそうなんだ、有難う。」

明堂が言っているのは、きっとギター用に借りたマイクとボーカル用に借りたマイクの事を言っているんだろう。キーボードの機材は単純だから、片付けも早く終わるし周りの会話が直ぐ耳に入ってくる。残りはアンプとスピーカーか、と僕がトラックに近付くと、横から浦井少年がやって来た。

「兄ちゃんさ、俺の親友に似てるね。あだ名も哲ちゃんなんでしょ?一緒だよ、俺の親友と。」

「、そうか?」

浦井の過去もあるなら僕の過去だって存在してる、実際富岳の過去だっている訳だし対して不思議な事では無い。けれど今、自分の過去が現在進行形で目の前の浦井少年と親友関係を築いている事に改めて気付かされ、僕は不思議だなぁと思う。会いに行こうと思えば簡単な筈なのに、自分の事となるとどうも遠くに感じてしまう。浦井は自分に真っ直ぐな人間だからあぁもまともに接せられるだけで、もし僕が浦井の立場なら、明らかに動揺していただろう。

「…ぁ…あのさ。曲、めっちゃ良かったよ!」

彼は照れ臭そうにそう言い放つと、トラックから引き返して店に戻って行った。


「どうした哲ちゃん、俺の過去に何か言われた?」

「え?」

トラックから最後の荷物を取って皆の元に戻ると、突然浦井が僕の顔を見て笑い出す。

「いや、ずっとニヤニヤしてるから。」

これが浦井で無ければ多少の嫌悪感は生まれていたが、こいつは何をしても悪気が無く映ってしまうからそれはそれで面倒だ。

「あぁ、言われたよ。今日のライブ凄く良かったってさ。」

「えーそんなの私言われなかったのにー。」

「ずるいね哲夫。」

「ずるかないよ、親友なんだしそんなもんだろ。な、哲ちゃん?」

「ハハ、親友ね。」

僕は持っていた荷物を各々に配りながら、こっそり財布から小銭を取り出し、自販機を探す。

「何だよ、過去も今も一緒でしょうが。それとも何?過去の方が素直で可愛いって?」

「自分で自分を可愛いって言うなよ。」

「良いじゃん別に。何なら呼んでこようか?」

「結構結構、迷惑だ。」

疲れているのか、皆ツボが浅くなっているのが分かる。

「自販機ならあっち。」

「…え、あぁ、有難う。」

突然の案内に、僕は視線を浦井の指先へ移すと、一旦輪から離れて歩き出す。

 昔の自販機の値段に驚きながらも、僕は取り敢えず天然水を探した。本当はコーヒーとか炭酸を飲みたかったけれど、最近はそればっかで健康を見直さなければと母から怒られたばっかりだ。あの時は直ぐには母の言う事を聞きはしなかったものの、今の僕には確実に成功する未来がある。昔の様に、どうせ直ぐ死ぬんだからとネガティブな発言をする気は無い。まぁだからこそ、昔の自分に会いたく無いのかも知れない。

「…結局は人の曲なのにな、」

僕は、いつかの門崎の言葉を繰り返し呟いた。


 正直後悔はしていない。少なくとも、今は。

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