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彼等とは、混ざるな危険のレッテルが。  作者: 夕暮 瑞樹
第一章 まだ知る世界 side長船
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第二話 まさかの出会い

 浦井音楽スタジオを飛び立ってから約数分、僕等は、二十二年前の浦井音楽スタジオの前倒れていた。ぼーっとする頭を擡げて、腹筋で一気に上半身を起こす。

「…ぁあ、浦井ん家って最初はこんなに綺麗だったんだな。」

「おい失礼な。…ぁよっこいしょ。」

それまで大の字で寝転がっていた浦井も、飾りだけのフレーズを口にして起き上がった。過去に戻ったとはいえまだ深夜の三時。誰一人として外出者はおらず、偶に目の前を車が通り過ぎるだけ。明堂と澤中はまだ気を失ってるし、これまで一言も喋らず存在感を消していたもう一人のメンバー門崎徹(かんざきとおる)は、誰よりも先に起きていたにも関わらず、未だじっと道路を見つめていた。

「哲ちゃん、俺等ちゃんと生きてる?」

「生きてる生きてる。」

誰とも出会わないから存在が感じられないだけで、僕等はちゃんと生きてる。だって手に残るコンクリートの痕が痛いから。ちゃんと風が冷たく、寒いから。

「昔は夏でもこんなに涼しかったんだな。よくさ、親父とかの年代の人って『昔は部活中にクーラーとか無かったぞ?生意気な』なんて言ってるけどさ、そん時の気温教えてみろってな。同じ気温でクーラー無かったらそりゃ幾らでも同情すっけどさ、こんなに涼しいのによくあんな事言ってられるよな。あそうだ哲ちゃん、過去に戻ったんだから、あいつ、まだいんのかな?」

とお喋りが止まらない浦井は、独り言の様から唐突に人を巻き込んでくる。話は聞いたし理解はしたけど、あいつについて思い出すまで時間が掛かる。

「ほら、あいつだよ。俺らのボーカル、ふが…ん?、ふじい…あれ、」

富岳慎太郎(ふがしんたろう)。」

「それだ、それ。」

彼はバンドのボーカルだった男で、何故過去形なのかというと、バンドを組んでから一ヶ月も経たない内に行方不明になったからである。原因も謎で、捜索に一年も掛けたものの誰一人行方を追えなかった。富岳という名前が独特なだけあって、直ぐに出てくるかと思えばそうでは無い。「ふ」から始まる似た名前が周りに多すぎて、中々思い出せないのだ。

「富岳の家って何処らへん?」

「んー、確か奈良の方だった気がするけど…。」

浦井は「奈良かぁー」と面倒臭そうにまた寝転ぶと、「でも会いたいしなぁー」と汚いコンクリートの上を転がった。その足が横で寝ていた明堂に当たり、彼女が意識を取り戻す。

「いったぁ…、ぁ、何?戻ったの?」

「うん。丁度二十二年前。」

「へぇ、なんか凄いね。」

明堂はあっさりそう言うと、目の前に建つ浦井音楽スタジオの綺麗さに感嘆しながら、さらに横に手を伸ばした。

「スミカ、スミカ起きて。二十二年前だってさ。」

「知ってる。」

「え?」

「あんたより先に起きてた。話聞いてた。」

澤中はもうちょっと横になっていたかったのに、と身体を最後まで一気に起こすと、地面に落ちた自分のベースを拾い、故障箇所がないかの点検を始めた。

「案外冷静だね、何か驚いたとかは無いの?」

それは僕自身にも言えた事だが、敢えて皆に聞いた。

「無いね。死んだら死んだで、覚悟してたから。」

と澤中は平然と答えると、「壊れてなくて良かったぁ」と我が子の様にベースを撫でる。明堂も羨ましそうに手を伸ばしたが、他人の赤子に触れる様で遠慮がちになり、最終的には引っ込めた。


「浦井、今何時?」

「親父。」

「そう言うの良いから。」

微かな笑い声がしんみりと響き、浦井はズボンのポケットからスマホを取り出す。

「午前四時半。」

「ん、ありがと。」

かなり経ったんだな、と思いながら、近くのコンビニを見つけて皆に知らせた。

 深夜のコンビニ店員というのは結構フレンドリーな人柄が揃うらしい。僕が何食べようかとレジ近くのおにぎりコーナーを見ていると、丁度隣でハッシュドポテトを揚げていた男性店員が「バンドマンですか?」と聞いてきた。

「バンドマン?」

「いや、お仲間さんに、ベースとギターが目に入ったんで。」

「あぁ。そうですそうです。まだ売れては無いんですけどね。」

と仕事中の相手を巻き込まない様に適当にあしらうつもりが、後ろからやって来た浦井の登場によって、更に仕事意識から遠ざけてしまった。

「深夜なんで、滅多に人来ないんすよ。だから別にゆっくりしていって貰えた方が暇が埋まるって言うか、助かるって言うか。」

なんて甘やかす様な事を言うから、今じゃすっかり居候してしまっている。楽しいのは確かだが、こういうのって店長に怒られたりしないのかねとつくづく心配になる僕だったが、二十二年前という事を思い出すと、こんなにも緩くて良かったんだなと納得する様でもあった。

「島田さんって、なんでコンビニバイトなんですか?接客うまそうだからもっと良いバイト見つかるだろうに。」

気付けば、浦井が島田店員にお節介を焼いていた。

「実は昼間は僕もバンドをしてまして、まぁ全然売れないんですけど。」

「へぇ、俺達と一緒だ。何てバンド?」

「えーと、『ランドアウト』です。」

それを聞くなり、我々一同はピリッと固まる。ランドアウトというのは、今が2001年なら、あと五年程でデビューするアーティストである。将来の自分達に大きな影響を与えたバンドの一人となれば…皆が揃って島田店員の顔を見つめる。

「あ!もしかして田島次郎さん⁉︎」

「おいこら澤中、ベースで人を指すな。」

言われてから、僕も気が付く。ランドアウトが売れた時は前髪を上げてたから若干の違和感はあったけど、確かに彼はランドアウトのベース担当、田島次郎さんだ。

「何で知ってるんですか?もしかして僕等の路上ライブ見に来てくれてたり?」

と島田店員が嬉しそうに笑う。そのクシャっとなる笑顔は、間違いなくあの田島さん。島田、田島、あぁそういう事かと新たな発見もあってか、今僕はもの凄く興奮していた。僕だけでなく、皆もだが。

「えぇ、田島さん私の家の近くで働いてたんだ。」

「田島さん、握手して貰っても?」

「田島さん、サイン貰えませんか。」

と次々くるメンバーの要望に、島田店員は訳が分からないと不思議な顔を浮かべながら対応してくれる。髪がないからと差し出されたレシートに書かれた彼のサインは、まだぎこちなく、形が定まっていない。それはそれで新鮮で、一生の家宝に相応しい。

「あの、田島さん。」

僕はやっと口を開く事が出来た。

「ん?何?」

「これから、辛い事が二回は待ってると思いますけど、それでも諦めずに続けて下さい。それと、メンバーの健康も、ちゃんと見てあげて下さいね。」

それは、未来が分かる者からの的確なアドバイスだ。ランドアウトは、デビューしたと思えば仲間の病気で二度も活動休止となり、それをきっかけに知名度も人気も落ちてしまった。幸い田島さんに関する病気は聞いた事は無いけれど、メンバーの病気を聞いてショックは受けるだろう。

「アハハ、有難う。まるで僕等の未来が見られている様だ。凄いね!」

島田店員はすっかり馴染みきった口調で、ラフに接してくれる。そのおかげで此方も肩から力が抜け、さっきのさっきまで遠く感じていた憧れのバンドが、一気に近くにある様な気がした。

「そうだ、これも何かの縁だし、今度バンド同士で飲み会を開かない?」

「えぇぇぇえええ‼︎」

浦井お得意のオーバーリアクションが、深夜五時のコンビ二内に響き渡る。

「そんなに驚く事かな?まだ売れてない同士、仲良くしようよ。敬語も使わなくて良いから。」

島田店員、どれだけのお人好しなんだ、と皆が良い意味で絶句する。明堂は信じられないと涙ぐみ、澤中は信じられるわけが無いと口を開けて動かない。浦井は「うひょぉぉ」みたいな顔をするし、相変わらず何も存在を示さない門崎は何故か目を押さえつけている。

「い、良いんですかそんな贅沢な、」

「何が贅沢だ。僕らの方こそ、こんなマニアックなバンドのファンと出会えて嬉しいよ。しかも君達もバンドをしてる、いつかは一緒の舞台に立つ事があるかもしれない。そう考えるだけで、僕らにとっては大きな活動源だ。」

「ひょえぇぇ。」

我々には勿体無いお言葉…と浦井は手を合わせレジ前の床に寝転がる。

「やめな浦井。」

流石の浦井の行動に明堂が指摘し、それを島田店員が笑って見ている。なんて幸せな空間なんだ、と何度も思う。この時間が一生続けばなぁと思う。

 そろそろ時間なのか、「島田店員は連絡先のメモを書いてくるよ」と裏に身を消し、どういう訳か浦井は慌ててポケットに突っ込んでいた手を取り止めた。

「どうした?」

「いや、スマホなんてこの時期にないからさ、出したらなんか面倒な事になるかなって。」

危なかったぁと浦井がエアーで汗を拭く。成る程なと思っている内に、島田店員が帰って来た。

「此れが僕の連絡先だから。」

と渡された手書きのメモも、勿論サイン感覚で丁寧に受け取る。

「こんなに長居しちゃってすいません、有難う御座いました。」

僕は財布にそのメモを仕舞い込むと、もう行かないと迷惑だからと手っ取り早い浦井を掴んで店内を出た。何度も振り返りながら、徐々に距離が離れていく。


その幸せは、これからも何度か訪れるのであった。

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