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彼等とは、混ざるな危険のレッテルが。  作者: 夕暮 瑞樹
第一章 まだ知る世界 side長船
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第十八話 良い人との縁

 なんだかんだで結局斎藤さんが提案したのは、まずはやっぱり音楽活動中止となる要因作り。

「事務所の問題というのは影響が大き過ぎるので、メンバーの病欠というのが無難かと思われます。」

「あ、じゃあ浦井を病人としてつる?」

「えぇなんでさ。」

「だってその方が納得いくでしょ。明堂さんか浦井が落ちれば、バンドとしては大ダメージなんだから。」

「…確かに?」

別に病人役は明堂さんでも良かったんだけど、正直な所、浦井の方が嘘が下手だから早い事引っ込めるというのが僕の作戦だった。

 そうと決まれば、斎藤さんは立ち上がって幾つか紙を持ってくる。

「では今直ぐにでも手続きをしましょう。都合合わせで病気を利用するのは気が引けますが、浦井さん、何か持病をお持ちでいらっしゃったりしますか?その方が説明がきます。」

「ん?持病…?」

「はい。無いなら無いで構いません。」

幾らでも作れちゃうんですからと苦そうな顔で伝える斎藤さん。けれど浦井は何故か迷う様に口を曲げながら、黙って突っ立っていた。

「…。」

「浦井?」

「…言わなきゃ駄目かな、いや、言った方が良いのは分かってんだけど…。でも言わなきゃ駄目なのか、そうか、うん。そうだよな。」

浦井は何かを噛み締める様に、小声で何かを言いながら何度も何度も頷く。その不審な挙動に誰もが嫌な予感を覚えるも、その多くは浦井自身の判断を待つ事にした。

「どうした浦井?別に嫌なら言わなくても良いんだぞ?」

「…いや、言うよ…俺さ…、」

皆が浦井に注目し、深刻顔で彼の続きの言葉を伺う。

「…俺さ、痔持ちなんだよね。」

「「「「…っ。」」」」

それを聞いた途端、門崎以外の全員が一斉に顔を上げた。

「なんだ、そんな事か。」

「そんな事ってなんだそんな事って!手術とかもやる程のもんなんだぞ‼︎凄い痛いんだぞ‼︎」

「いや、癌とか肺炎とか、そんなんが出てくるのかと思ってたからさ。」

ホントそうだよ、心配して損したよ。いや、まぁ痔は痔で心配なんだけど…。僕はフッと顔を下すと、なんでそんな反応なんだよと拗ねる浦井に近付き、まぁまぁと背を撫でる。

「改めてどうします?一応痔でも手術期間として休止手続きの理由にはなるかもしれませんが、実際に手術を受けてもらう事になります。」

斎藤さんはなんとしてでも浦井についての方針を早く決めたいのか、脅し紛れに何処か焦った様子で浦井を見た。

「え、良いよ他ので。あんまり人に迷惑かかんない病気ないの?」

当てつけでも良いからと浦井が言うと、ずっと椅子に座って宙を見ていた明堂があっと声を上げた。

「人混みが苦手とかだったら休止も納得してくれるんだと思うんだけど、どう?」

「あー…確かに良いかもしれないけどさ、そもそも人混みが苦手な人っているのか?」

「いるいる、私の友達にもそういう人いるよ。人混みと閉鎖空間が苦手で、映画館とか満員電車とかが乗れないの。」

「私も聞いた事があります。パニック障害の一種で、広場恐怖っていう症状ですよね?」

と斎藤さんがパソコンで詳細を映し出すと、それを見た浦井がうわぁと険しく眉を寄せた。

「…なんて不便な…。まぁでも、ちょっくら借りるには丁度良いか。」

浦井も斎藤さんも納得したように頷くと、早速休止届けを皆で書き込もうとする


「…。」


けど、誰も机に置いたペンを取ろうとしなかった。あの斎藤さんでさえ、さっきまでの茶番が嘘だったかのように真剣な表情を浮かべている。


「…これ書いたらさ、…もう終わった様なもんなんだよね?…斎藤さんとも、実質会うのは最後になるんでしょ…?」


「…。」


「…ねぇなんで黙ってるの?」


明堂は、唯一ペンに手を伸ばしたまま、僕等に背を向けて震える声でそう聞いた。


「…フフッ、何?今更深刻そうに。」


 突然笑い出す明堂。今彼女が何を言いたいのかぐらい、僕にも分かってる。きっと澤中も、門崎も、浦井も、分かってる。“最初から分かってたでしょ?” と、明堂の背中を見ていたら聞こえてくる。

 僕は怖かった。今、斎藤さんは何を思っているんだろう。勝手に人の曲をパクッて勝手に自滅して、こんなにも応援してたのになんて思われているのだろうか。それとも本当に親身に寄り添ってくれているのか。その悲し気な顔は、表情は、嘘なのだろうか。


「…良いよ、私が書く!」

そう言って潔くペンを取る彼女。バババッとペンを走らせるその手付きを、僕はまじまじと見ていた。書けば良いんでしょ。どうせ私達の所為なんでしょ。と、書く文字の一角一角から声が聞こえてくる。

「はい書けた!」

そう明堂がペンをカチャンと置くと、斎藤さんはぎこちない笑顔で「後は任せて下さい」と丁寧に応えてくれた。僕等の中で斎藤さんは、最後まで良い人だった。




 そうして僕等は、簡単に病気は借りるものではない事をこの場にいる六人で何度も確かめ尊敬し合った上で、急遽活動休止の知らせを渋々世に出す事になった。当然カスタムイエローはこの記事を聞きつけ、タイミングと内容に違和感を覚えるだろうが、それ以上の干渉をしてこようものなら、対事務所の問題にまで発展するだろう。ある意味彼等の言う活動の停止を叶えた僕等は、この半年で稼いだお金でなんとかやりくりしながら、次の働き口を探し始めた。


 そして、メンバーそれぞれが無自覚に放つ不穏な雰囲気をメンバーそれぞれが無自覚に見過ごし隠したまま、半年が過ぎた。

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