第十六話 ロケの行く末
翌朝。僕等はホテルを出て、ロケバスで香川を移動していく。最初は地元で有名だといううどんの店、次にネットで話題になった“お入りもの”、次に饅頭屋、次にオーシャンビュー…。各地を訪れる中で常に気を抜けないのは、何処までもしつこく着いてくる東堂さん。気付けばボーカルの金沢イツクさんも合流していた。
「…増えた。」
「うん、増えたね。じゃあ浦井は東堂さん、僕はイツクさんを追うんで良い?」
「了解ー。」
僕等は常に、何かの妨害が入らぬように彼等を見張っていた。MCに話題を振られようとも、笑ったふりで目を細め、視点を分からぬようにした。
けれど行動するのは相手の勝手。彼がメモをばら撒こうが、うちのスタッフに耳打ちしようが、僕等は監視しかできないのである。
ーー ーー ーー ーー
そういえば明堂さん、番組内で取ったアンケートの中で、香川に来てやりたい事があると伺いましたが?
そうなんですよ〜私釣りがしたいんです。生まれた時から海辺にいたのに、一度も釣りをさせて貰えなくて
一度も⁈
えぇまぁ、釣りはそない簡単なもんではない、みたいに逆に厳しくて。男尊女卑みたいな所もあったんで中々釣り竿に触らせてくれなかったんです
あ〜成る程、では、そんな明堂さんを含めたニュートラルさんに、釣りをして頂こうと思います‼︎
えっ良いんですか⁉︎ おぉ‼︎ よっしゃぁ‼︎
早速此方をご覧下さい!
今回はこの船に乗って、“ヒラメ”を釣ってもらいます。しかし!しかしですよ?
唯釣るだけでは無く、皆さんにはあるゲームをして貰います。そしてそのゲームで優勝した三人だけが、船に乗って釣りに行けるという事です
えぇ⁉︎ やば、勝たなきゃ よっしゃぁ‼︎
浦井浦井、そこよっしゃぁじゃないから、勝たなきゃ意味ないから
(笑)
それでは行うゲームについてなんですが…
こちらですね、けん玉勝負です!
うわぁ、 あらぁ、 どうしよう俺できるかな
制限時間以内にこの上の部分に玉乗せる事ができれば勝利、できなければ失格です。
では一斉に…どうぞ‼︎
ーー ーー ーー ーー
そうして買ったのは浦井と明堂と澤中。僕と門崎は船には乗らず、港の観光をする事になった。
「じゃあ行ってきます!」
「うん、行ってらっしゃい。楽しんでらっしゃい。」
僕は段々と小さくなる船を見ながら、結構奥まで行くんだなと驚いていた。さっきまではあまり感じなかった潮の匂いが漂ってきて、僕は改めて香川の環境にいる事を確かめた。スタッフ数人と門崎と残された一同は、その静けさのまま近くの魚市場へ徒歩で向かう。
おかしいと思い始めたのは、それから暫く後。船が戻ってくる数十分前の、港で待機している時であった。幾ら静かとは言えど普通の世間話はする僕達。しかし、今は全くの無言どころか目を合わすのにも気まずい空気が流れ、とっくに忘れていた彼の姿が遠くの森の方でちらりと横切った。
「…?」
僕はやっと違和感を覚える。門崎はとっくに、覚えていたそうだけど。
兎に角、異変に気が付いた僕等は場を盛り上げようと話を振った。一瞬滞った空気が途端に盛り上がり、逆に不気味さを増す。
「あ、明堂さん方が今から戻るそうです。」
と、突然一人の女性スタッフさんが声を上げる。手を挙げ皆に指示を送る彼女。腰に掛けているポシェットに、透明な袋に入れられたUSBが見えたのは気のせいだろうか。
「…長船君、今はじっとしておこう。」
やっぱりかと確信付いた顔をする門崎は、動揺する僕の肩に手を置いた。彼が初めて自らスキンシップをする事に驚き、その所為か気も軽くなった気がする。いや、それでもまだ決して軽くはないのだが。
「…。」
僕は黙って、門崎と一緒に三人の帰りを待った。
「いや〜最後まで送って貰ってすいません、」
「いえいえ、皆さん疲れているでしょう?明日はまた打ち合わせがあるので、今日はゆっくり休んで下さい。放送日程などはまた後日お知らせします。」
「ありがとうございます。いくら僕達の為とはいえ斎藤さんも休んで下さいね。」
「あーはい、ありがとうございます。」
そうして皆が解散すると、僕と浦井は一言も会話を交わさずして布団に潜り込んだ。帰りを楽しみにしていてくれたらしい富岳少年はついさっき寝てしまったらしく、癒しという癒しも求められない。こういう時、子供の存在というものは良いものだなぁと思う。現実から逃げているつもりはないが、それが例え自分の子でなくとも、家で幼い子が自分の帰りを待ってくれていたという事実だけでも救いに感じられる。
僕はそっと瞼を閉じた。暗闇の中を漂うプランクトンみたいな赤い斑点に、僕はあらゆる方向へ流されていく。常にトンネル状で、粒子がブワァと広がっている。いつしかそこに、僕の意識も流されていった。
翌朝、僕等が家を出ようとした矢先に、斉藤さんから電話が入った。
『この後の打ち合わせなんですけど、ちょっとあの、トラブルがありまして…僕迎えにいくので、直接事務所に来て下さい。』
明堂と澤中は何のトラブルだろうと不思議そうに顔を見合わせている。それと同時に僕と浦井と門崎も顔を見合わせたが、明らかに三人とも顔が引き攣っていた。
「斎藤さん、後三十分後には着くって。」
「…そっか。」
「何?なんかテンション低いじゃん。なんかやらかしたの?」
「ん?、あぁいや、そういう訳じゃ、」
「じゃあどういう訳?」
明堂はしつこかった。昨日の旅の余韻もあってか、テンションが高いから尚更だ。
「「「…。」」」
「何黙ってんのさ。心当たりあるの?」
「言ってくれんと分からんぞ?」
澤中も、疑いというよりは心配そうに此方を見る。
言うしかないんだろうか。逃げられないんだろうか。…いや、ここは強気でいくしかない。カスタムイエローの存在は世に出ようとも、僕は何故か、突き進める気がした。
「正直に言うよ、昨日の旅番組で僕等のパクり疑惑がバレたかもしれない。でも、これからも活動は続けよう。」
「え、何言ってんの哲ちゃん、」
浦井は打ち合わせなしの勝手な発言に驚いたのか、僕の方に駆け寄って来た。
「僕等の曲だ、僕等が作曲したって言い続ければ、次第に皆も信じてくれる。どうせそういうもんだよ。」
「なっ何を根拠に、」
「ま、そういうことだから。」
僕は困惑して何も言えない明堂と澤中を置いてけぼりに、無理矢理話を終わらせた。
そして等々、斎藤さんが富岳の家まで到着する。彼の表情は何時もの穏やかさを失い、けれども微妙な笑顔を浮かべていた。
「今、事務所にとあるバンドの方達が貴方達と話がしたいと言って来ているんです。これから少し揉めるかもしれませんが、自信を持って、応答すれば良いですから。」
生憎空は快晴で、滲むように白がポツポツと浮かんでいる。
僕は無意識に、拳を握りしめていた。