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彼等とは、混ざるな危険のレッテルが。  作者: 夕暮 瑞樹
第一章 まだ知る世界 side長船
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第十五話 不穏な存在

 東堂さんの姿を見つけてから早二時間、もうこの島を離れて次へ向かおうとしている今でも、その姿は後ろにあった。

「浦井浦井、ちょっと良い?」

「んーどしたー?」

僕はフェリーに乗る為に一旦ロケバスへ向かうに浦井の手を引き、浦井にしか聞こえない声で指示を送った。

「フェリーに乗ったら皆でいよう。田島さんかスタッフさんとも離れず、常に人目のつくところに行くんだ。」

「良いけど、なんで?」

案の定浦井は不思議そうに僕を見る。浦井が話がわかる男で良かった、僕の真剣な顔を見た途端、笑顔のままうんうんと頷いた。

「あのさ、女子二人にはまだ言ってほしくないんだけど、カスタムイエローに東堂さんっていたじゃん?」

「ベースの?」

「うんそう。その東堂さんがついてきてるんだよ、ロケバスの時からずっと。」

「…え?」

浦井は一瞬驚くも、咄嗟に笑顔に戻して周囲を確認する。

「まぁ、そういう事だから。」

僕は浦井が彼を見つけるのを待たずして側を離れると、ロケバス内にスマホを置いて、船のデッキまで向かうよう皆を誘導した。


「いや〜にしても久しいね、こうやって皆で観光なんてさ。」

何人かのスタッフさんに囲まれながら、浦井は気持ち良さそうに手を広げて風を体全体で受け止める。

「普段は皆さんで行ったりしないんですか?例えばこう、ライブのツアーついでにとか、?」

「しないしない、大体こいつが行きたがらない。」

そうやって浦井が門崎を指差すと、門崎は人混みは苦手だからと言い訳をした。

「人混み苦手って…ライブの時とかどう思ってんのさ?」

「全員人参。」

「いや怖っ。」

「アハハ、よく言うけどね。舞台で緊張したら観衆全員を野菜に思って。」

僕等が集まっていると、自然に島田さんもMCさんもスタッフも撮れ高を狙ってやって来る。その仕組みをなんとなく理解していたからこそこうやって彼との距離を保とうとしていたんだけど、これじゃあ彼が何処にいるのかが全く分からなくなるじゃないか。

 そう僕の中で変な焦燥感が湧き上がる中、目の前を一枚の紙がヒラヒラと舞っていくのが見えた。それをデッキギリギリまで追いかけて取ってみると、単純な暗号のような文が書いてあるのが分かる。いや、結局それは暗号ではなく唯の汚い日本語だったのだが、正直僕一人ではなんと書いてあるのかは分からなかった。

「どうしたー哲ちゃん?」

「…いや、なんでもないよ。」

これは公にするべきでは無いと勘で判断した僕は、また輪の中に戻って船を楽しんだ。もう空は赤色に染まり、奥の雲の縁が綺麗に光っている。綺麗だなぁと心の底から思える色であって、今の僕にとっては嫌な予感がする色でもある。

 この頃、七歳の僕は何をしているのかなと、僕はふと思い出した。けれど頭の中には行ってらっしゃいと元気に見送ってくれた浦井少年と富岳少年の顔が浮かぶばかりで、自分の幼い頃の思い出や容姿が浮かんで来ない。僕はこんなにも自分に興味のない人間だったのか。明堂と澤仲、門崎でさえ此方に来てから一度は自分の家に立ち寄ったそうだ。家族が恋しくなって、年齢が違うくともどうしても会いたいからって、立ち寄ったそうだ。

「…ホント、僕、何してたんだろ。」

僕だけが、全くの白紙。おかげで何も感じないし、態々足を運んでまでして会いたいとは思わない。そんな悲しい事も全部身体の底から引き出して仕舞うような、そんな空の色だった。


「おいおい哲ちゃん、何センチメンタルになってんのさ。」

「…ぁ、ごめん。」

「女子達が心配してるよ?、空見て涙流しちゃってるよこの子って。」

え、僕泣いてたの?それは初耳だった。自分から一緒にいようって言っといて輪から外れる様な事をしてしまったのは自覚していたけれど、まさか自分が泣いているなんて気が付かなかった。

「後三十分もすりゃぁ今度はうどんの土地、香川だから。」

「浦井ってそのフレーズ好きだよね。」

「うん、めっちゃ好き。うどんの土地、香川ですっていうのだけでもう十回は言っちゃってる。」

「言い過ぎだよ馬鹿。」

「ハハッ、でも俺知ってるもん。哲ちゃんがうどん好きな事。…本当はうどんって単語聞くだけで興奮するんでしょ?。」

「フフ、んなわけあるか。なんで単語だけで興奮しなきゃいけねぇんだよ。」

アハハ、アハハハハと僕等はたわいもない会話でお腹を抱えて笑い合う。あぁ、きっと疲れているんだ。こんなしょうもない事で笑うなんて何年振りだろうか。

 僕は到着を示す汽笛の音を聞きながら、デッキから離れて一人下の車両甲板まで戻る。そしてロケバスを探す中、また、ヒラヒラと目の前に紙が舞い降りてきた。

「…?」

一体何処から落としているんだろうか。僕は一応上を確認したが、これといって人の気配は見られないし、強いて言うなら真横にあった夜行バスの窓位にしか思い当たる場所が見当たらない。窓は…開いている。カーテンが閉められていて中は見えないけど、普通の窓ではなく更に上部の細い窓が、丁度よく空いている。まさかこのバスの中に?僕は気になってバスの入り口へ回り込もうとした所、後ろから、浦井の溌剌とした声が僕の名を呼んだ。

「哲ちゃん、それ違うバスだから!こっちこっち‼︎」

浦井は単に僕がバスを間違えただけだと思っているのだろうが、そういう事ではないのになと僕は下唇を噛む。

 けれど呼ばれたなら仕方がない。うっかり間違えたと笑いながらロケバスに乗り込むと、その後ろからスタッフさんが顔を出した。

「あのーこの後ホテルに向かって、それから記念撮影があるので宜しくお願いします。」

「「はーい。」」

「「了解でーす」」

この返事だけでも、メンバーがもうすっかりスタッフさんとの距離が縮んでいるのが分かる。このまま皆で過ごせる時間が続いたらなと思ってしまう僕は、やっぱりセンチメンタルなんだろうか。

 綺麗な空を身過ぎたのがいけないんだ。そう僕は勝手な判断を自分に下して、現実を見るべくポケットに手を突っ込んだ。中にはさっきの二枚の紙が入っており、メンバーにバレぬ様こっそりと目を通す。

(あぁ…書き直してくれたのか…。)

そのメモはどちらも、同じ位置に同じ何かがある。その何かは文字なのだが、片方は読めなかった暗号が、片方はちゃんと綺麗な日本語の形になっているというだけの事だった。ありがとうと言うべきか、目を瞑って欲しいと言うべきか…。まず確かなのは、例え悪戯でも此処まで丁寧に気を遣ってくれる、流石は憧れのカスタムイエローだなという事だ。僕はこのメモに、不安というよりも感動の方が多く感じられた。




 そして一同はホテル到着。おもてなしの効いた夕食を済ませ、各自一日目の分担と同じ様に部屋に戻っていく。

「東堂さん、まだいたなぁ。」

「うん、何処まで着いてくるんだろうね。」

僕は、浦井があまりにも楽しんでいた為にとっくに東堂さんの事なんか忘れていたのかと思っていたが、どうやらそうではない様だ。門崎は何もしていない癖に体力が一番限界を迎えているのか、ベットにボスンと横になったっきり一寸たりとも動かなくなってしまった。

「あ、でも。今日、何枚かメモが届いたんだよ。」

「…ん、メモ?」

「そうそう、フェリー乗ってる時にテラスに何枚か落ちてた。まぁ全部俺が回収しといたけど。」

「え、それってどんな?」

僕は詰め寄るように浦井に問うと、ちょっと待ってろと逆に身体を押されてしまった。

「ほら、これ。」

そう言って浦井がよく持ち歩く小型バックから取り出したのは、僕が見つけた二枚のメモと全く同じ紙がなんと八枚。僕のと合わせて丁度十枚だった。

「なんて書いてあった?」

「まだ読んで無い、えーと…、



ーーーーーー     ーーーーーー

 我等カスタムイエロー、此処にあり

 偉大なるニュートラルは我がバンド

 のパクリに過ぎない

 騙されるな      現実を見ろ  

 データは渡す     証拠もある  

 正義は勝つんだ    悪は去れ

ーーーーーー     ーーーーーー



 …だってさ。」

それは他のメモ用紙にも、同じ内容が書かれてあった。何枚も、何枚も。僕は丁寧に書き直してくれたんだとばかり思っていたけど、どうやらそうでは無い。これがコピーではなく全て手書きな所が、これまた一層恐怖だった。

「…どうするよ…?」

流石の浦井も笑顔なんて保っていられない。唇をヒクヒクと動かしながら、じっと僕を見つめている。

「……と、…取り敢えず、ロケは無事終わらそう…。」

「それはそうだけど、相手本気だよ?証拠もあるって、これじゃあ俺等の活動は、…。」

浦井は最後までは言わなかった。しかしこうして初めて、自分達のした罪が如何に重いのかが改めてお守りとなって自身へ伸し掛かる。隣では相変わらず女子組の楽し気な声が響いているというのに、壁一枚挟んだ先には絶望した男二人というこの状況を、メンバーの誰が望んでいただろうか。


 僕は改めて、現実を見た。

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