第十四話 騒々しい旅ロケ
「さて、此方が今日皆さんで泊まるホテルになります。」
「おぉ、ロビーガラス張りなんですね。」
「ホントだ、凄い綺麗。」
あれから僕等はフェリーを降り、明堂と浦井がはしゃいでホテルに入って行く姿を番組のカメラが収める。
「この裏がビーチになっておりまして、部屋から見える景色は絶品、特に夕方などは凄く美しいと言われています。」
とMCが話を進める中、田島さんと僕はうんうんそうですよねとずっと相槌を打っていた。
ホテルの部屋は三,二人で一部屋ずつと、MCさんやゲストさん、スタッフさんの部屋数を合わせれば十部屋も借りているらしい。他のお客さんに対して申し訳ないと思う気持ちと、僕等はこんなにも登り詰めたんだという優越感が胸の中で絡み合うも、僕は何一つ変わらない笑顔のまま話を聞いていた。
「この旅は四国の美術館巡りって事でね、ニュートラルの皆さんはアートにこう、何か関わったりとか関心があったりとかのエピソードってあります?」
すると浦井は一番に前に出て、俺と哲ちゃんは大学時代に陶芸してましたと勝手に暴露してしまう。
「あのー大学のサークルでろくろ部みたいなのがあったんですよ。初めに加入された時は印象もすっごい地味で部室も土で汚くて、ろくろ部のくせにろくろ二個しか無いからどうしようかってなってね?」
「そうそう、可笑しくないですか?当時、僕等が入る前の人数だけでも六人以上はいた筈なんですよ。なのにろくろ二つですよ?どうやって部活やってんだって逆に気になってきて入っちゃったんです。」
あ、そういう事だったんだと澤中と明堂は今更ながら納得した様で、彼女等からすればこれまでどうして僕等がろくろ部だったのかが、大学時代の最大の謎だったらしい。
「ろくろ部なんて珍しいですね?何か美術系の大学とかでは…、」
「無いんですよね。」
「あー無いんですか、じゃあもっと珍しいですね。」
MCの方がそういった良いリアクションをしていると、田島さんが後ろでボソッと、僕だけに豆知識を言う。
「よ○もとにもあったらしいよろくろ部、あの白黒で有名な漫才師の白い方が昔入ってたそうだよ。」
「えぇそうなの?」
「うん、そう。」
何故そんな大きなネタを皆の前で言わないんだ。僕はしれっとツッコミを入れながら、それでは、というMCに向きなおる。なんとなく、実は『アウトランド』の中で最も面白い田島さんがテレビであまり目立たなかった理由が分かった気がする。
「哲ちゃん、部屋が凄いわ。」
「え、何が凄いって?」
「部屋だよ部屋、」
「だから部屋の何が凄いんだよ?」
というかそれよりも貴方語彙力どうしたんだよ。何年もって訳じゃないけど、少なくとも半年以上はラジオやらMCやらやってきたでしょうに。僕はアハハと笑いながら、今初めて浦井の顔を見た。
「んーとね、間取りが凄いんだよ。」
「…ぇ?」
僕は最初、巫山戯て話しかけられているのかと思った。けれど浦井の元の声が高いだけで、表情は見た事が無い程超真剣。少し不安になりながらも、僕は浦井と一緒に部屋に向かった。
「ほら、まず見てよ。水出ないしお湯出ないし、ベット二つしかないし、テレビほぼつかないし電気暗い。…これ俺らの部屋ね。」
「う、うん。」
「でこっち来て。」
そうして移動したのは隣の部屋、明堂と澤中の部屋だ。
「見てよこれ。まずこの広さ、そして水お湯どっちも出る、ベットは変わんないんだけど、コンセントが三つもある。電気は暗いけどテレビつく。」
「ほぉ…恐ろしいな。」
「恐ろしいでしょ⁈そうでしょ哲ちゃん、分かってくれて良かった〜。門崎に言ってもこれ分かってくれなかったんだよ、それは仕方がないでしょなんて正論言いやがって腹の立つ〜。」
そうやって僕等がわきゃわきゃと楽しんでいる中に、打ち合わせを終わらせた明堂達が帰ってくる。
「…何やってんの人の部屋で。」
ドアが開いたと共に固まる僕等。
「「…すいませんでした。」」
静かに部屋を出れば、通り掛かった門崎が全てを察したような目で此方を眺めていた。
「「「……。」」」
五秒程の沈黙が僕等を包み、廊下に響く。フッと浦井が笑いを溢して初めて、謎の間が溶けていった。
「そういや僕等の部屋さ、テレビの裏にお札貼ってあんの知ってる?」
「…ぇ?」
「…。」
叫ばなかっただけでも偉いと思う。さっきまで温かかった筈の体温が急激に下がり、浦井に関しては完全に体が硬直してしまっている。僕の腕を掴む浦井の両手も、僕が腕を退けてもなお形を保っていた。
「フ…フフ、…まぁ嘘だけど。」
と、間違えて彼女等の部屋に入っていく門崎。途端に、「あ、間違えた。」と冷静に戻ってきたかと思えば、何も無かったかのように自分の部屋に戻っていく。
結局彼は何がしたかったんだ。きっと彼なりに相当なテンションの高さが限界を迎えているんだろうが、にしても行動が奇妙すぎて最早笑えるレベルでは無い事を、果たして彼は自覚しているんだろうか。
兎も角訳も分からないまま、僕は浦井の顔の前で手を振り、生存を確かめた。そして部屋に戻ると、一応テレビの裏を確認した。
「そういえば、ずっと僕等を追って来てるあの人って君達のファンなの?」
それは翌朝、直島という所で観光をしていた時、ふと、田島さんがそう言った。
「え、何処?」
「あそこあそこ、ほら、黒シャツに赤いヘッドホン着けて、手袋してる人。」
ん、手袋…?僕は田島さんの指す人を、やっと見つける。確かに黒いシャツを着て、赤いヘッドホン、そして黒い手袋をしている。けれど僕が注目したのはそこではなかった。本来なら凄く感動的な出会いの筈が、相当危険な予感がする。
「あの人、バスの時からずっと一緒だよ。」
「…へ?」
僕は耳を疑った。バスの時って、あのロケバスの時から?色々と気になって詳しく話を聞くと、ロケバスの際に横に停まっていた車に彼が、そして移動中のトイレ休憩の時にも彼が、そしてフェリーでも、ホテルでも、今でも、彼が側にいたんだそう。やけに細かいしリアルな観察は嘘だとは思えない。僕は田島さんと殆ど常に一緒にいた為、見えている視界も大体は一緒な筈。なのにどうして僕は気が付かなかったんだろうか。それだけが不思議だった。
「よっぽどのファンか野次馬か…でもフェリーまで着いてくるか?もしかしたら唯の奇跡なんじゃないの?」
「いや、それはない。絶対に無い。」
「お、おぅ、そうか、?」
唯の奇跡なんぞと笑えるのは、それは田島さんが彼を知らないからだ。昨日の門崎の冗談とは比にならないくらいの寒気、恐怖。今誰かと身体を交換できるなら、其処でせかせかと仕事をしているスタッフさんの誰かに紛れたかった。
兎に角僕は警戒心を強めながら、その人物をじっと見つめる。
そしてその人物とは、『カスタムイエロー』ベース担当こと、東堂春だった。