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彼等とは、混ざるな危険のレッテルが。  作者: 夕暮 瑞樹
第一章 まだ知る世界 side長船
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第十三話 順風満帆

 結局僕等は今、とある音楽番組の楽屋でくつろいでいる。降り積もる罪悪感を、憧れのバンドから奪った人気に対する高揚で補い、心の中で肯定する。これは僕等が歩むべき道であり、決して本人には返してはいけない、今更取り返しのつかない事なんだと思っている。

「これで、良かったのかな。」

ふと、明堂がそう口にした。

「…死んでまでして手に入れたんだ、此処で諦める方が俺は悔しい。」

浦井は現実を見ないその目で、もう開き直ったかのように明堂を見た。門崎はうっすら口角を上げ、澤中は無言無表情を突き通す。稀に見る重たい空気とは裏腹に、楽屋から見える空は凄く綺麗。そんな中、斉藤さんが本番前の呼び出しをしに楽屋のドアをノックした。

「ニュートラルさん、そろそろです。」

「了解です。」

「じゃ、気を取り直して、今日は楽しもう。」

「うん…そうだね。」

僕等は最小限の荷物を持つと、生放送の本番に向けて皆揃って深く息を吸った。



ーー ーー ーー ーー


それでは続きまして、初出演のアーティスト、ニュートラルの皆さんでーす!

[拍手]


どうもどうも、ニュートラルです宜しくお願いしまーす!


はい宜しくお願いします!

今ドラマの主題歌が大絶賛と話題になり、番組やラジオでも引っ張りだこのニュートラルさん。今回初生出演という事でね、心境伺っても宜しいですか?


えーとですね、凄く緊張しております。生放送というのも理由にはあるんですけど、それよりもこの番組の出演者さん達が豪華すぎてですね。さっきうちのメンバー全員で楽屋挨拶に回ったんですけど、その時点でもう緊張しすぎてドアノブが滑って開かないっていう(笑)、


えぇ(笑)、あれですか、手汗ですか?


そうですそうです(笑)だから今日ちゃんとマイク持てるかなっていう不安もありますし、声震えないかなっていう不安もあるんですよ


アハハ、明堂さんなら大丈夫ですって(笑)私あれですよ、つい最近ニュートラルさんのラジオを聴き始めて今ではすっかりファンなんですよ


えぇ⁈うわ嬉しい!

あるんだね、何時もテレビでしか見れなかったMCさんが僕達のラジオ聴きに来てくれてるなんて

うん、凄く嬉しい


良かったです、毎朝楽しく聞かせて貰ってます(笑)…えーそんなニュートラルさんには今回、今話題の視聴率10%を誇る土曜ドラマの主題歌、『タワー』を演奏して頂きます。では、準備の方宜しくお願いしまーす!


ーー ーー ーー ーー



「いや~凄かったですね、流石です。」

 本番が終わると、斎藤さんが手配済みのロケバスまで案内してくれた。この後はまた県を越えた別の場所で旅番組の収録がある。"アーティストを旅させる"という企画の元で、僕等と一人のゲストが四国に放り出され、適当に観光する。ゲストが誰かはまだ知らされておらず、僕等が事前に書いたアンケートから番組のスタッフが選出してくれるらしい。

 ロケバスに乗り込むと、その番組のスタッフさんの荷物やカメラ機材が手前に詰められており、奥に空いた空間に辿り着くまでが中々難しい事が見て分かる。

「すっごい荷物だわこれ。」

浦井は楽しそうに荷物を飛び越えて誰よりも先に奥の席に着いたが、どうやらその席の足元にも荷物が詰められていたようで、あらまと口を開けた。

 続いて明堂、続いて澤中…。それぞれの席についてやっと、斉藤さんが乗り込んだ。

「ではこれから五時間は移動なので、極力楽な体勢でお願いします。」

「五時間⁈、俺が目つけてた食堂六時半に閉まるんだけど、」

「だから言ったでしょ、ちゃんとタイムテーブル見とけって。」

「あホントだ。向こうに着くの九時って書いてある。」

浦井はがっくしと肩を落とすと、また探すかと言ってパソコンを取り出した。

「一応カメラは今から回っているんですけど、別に撮れ高とかよりも自由に過ごして貰った方が良いとの事です。」

「あ、了解です。」

「それと、僕は助手席に居るので何かあったら連絡をお願いします。」

「了解です、有難う御座います。」

これがロケなのか、とメンバー達が感じているのが分かる。そういやこういう移動最中も尺になる旅番組はした事なかったな。僕は一週間も富岳家に帰れないという不安も感じながら、旅に対しての期待も十分に感じていた。

 ロケバス内では、僕と浦井と門崎は最後列、澤中と明堂は二人席に一人ずつ座っている訳だが、荷物や前の席やらで誰一人として足を伸ばせずにいる。仕方が無さそうに中央にいた浦井が横になる素振りを見せ、それを僕と門崎が全力で食い止めた。唯でさえ荷物で狭いのに横になられたらどうなるか。それを五時間という時間も意識して考えれば、止めるのは当たり前だろう。

「ちょっとだけだから、ホント、ちょっとだけだから!」

「…何分?」

「え、分?…じゃあ59分?」

「なんでそうギリギリを目指すんだよ。」

「良いじゃない、ほらほら。」

と流れるように寝転がった浦井は、直ぐに寝息を立ててしまう。

「はぁ…。」

門崎はため息を吐くと、もういっか、と直ぐに本を読み出し、気付けば明堂と澤中もそれぞれの事をし始めていた。さっきまでのわちゃわちゃも消え、バス内は急に静かになる。

 僕はもたれ掛かった座席から、カーテンの隙間の幅しか無い外の景色垣間見た。車だらけの高速道路、そして周りを囲む森。よく見ようとピントの感覚を調節していると、丁度窓のサッシ部分に生きた小虫が羽を広げているのが見え、僕はそれ以上顔を近づけるのをやめた。

「哲夫、ごめん酔い止め持ってない?」

ふと前に座っていた澤中が席から顔を出し、手を合わせて険しい顔をする。

「持ってるけどトラ◯ロップだよ?」

「良い良い、それで良い。」

「そう?じゃぁ…はい。」

僕は浦井があったかいからと腹の上に乗せていた鞄から酔い止めの飴を取り出し、一粒澤中の手に乗せた。僕自身は滅多な事が無いと酔わない為、常備しているのは子供用の酔い止め。果たして澤中がどれくらいの酔いが酷いのかは知らないが、まぁ治るのならと渡してはみた。

 すると今度は浦井が、僕の足を突く。

「…哲ちゃん、シートベルトもうちょい前に出来ない?」

「へ?」

「はめる所が当たって痛くて寝られない。」

「ぁあ、こう?」

僕がそう言ってシートベルトを少し緩めて調節すると、そうそうと言って浦井はまたも瞼を閉じた。


 そんな感じでロケバスに乗る事三時間半。いつの間にか寝ていた僕は、56分と言いながら二時間程横になっていた筈の浦井のビンタによって起こされた。

「哲ちゃん外出よう!」

「…?」

「ほら、瀬戸内海だぞ哲ちゃん!」

 僕は訳も分からず、浦井に引っ張られるままにロケバスを降りた。降りる直前になって気が付いたが、僕等以外のメンバーや斉藤さんの姿が消えている。寝惚けるあまりにどうしたんだと聞く暇も無く、道路の上に足を置く。

「…ん、…?」

僕がいたのは、船の上だった。正確には、船に車ごと乗って瀬戸内海を渡っている。外はまだまだ暗いが、微かに匂う潮の味や波の音が、如何にも旅らしいものだった。

「うわ、凄いね。」

「凄いでしょー、けど上はもっと凄い。」

そう言うと、浦井はまたも僕の手首を掴んで船内の階段を駆け上がる。

「さぁさ、登って登って。」

何をそう急いでいるのかは分からないが、取り敢えず僕は長時間の移動で固まりかけた足関節を動かした。痛い、身体中が痛い。早くと急かす浦井に向かって誰の所為だと少々叱りを入れながら遂にデッキへ登り切った時。


 其処に待っていたのは、幾つかのカメラとスタッフとメンバーと、さらに、かつてコンビニで出会ったあの島田さん。僕は驚きを隠せずして動揺していると、ハッピバースデーと各方面からクラッカーが放たれる。

「さて、今回のゲストは長船さんが出会いを忘れられない、ソロシンガーを目指す、田島次郎さんです!」

「えーどうも、田嶋です宜しくお願いします!」

と拍手が起こり、ゲストの紹介を別のロケバスで一緒に行動していた番組のMCが述べていく。おまけかの様に、僕の誕生日も祝われた。

「お誕生日おめでとう御座います。久しぶりですね長船君、覚えててくれたかな?」

「勿論じゃないですか、態々有難う御座いますっ」

僕がそう言い、いえいえと田島さんが照れると、番組もスタートを切る所なのか、それではとMCが続ける。

 僕は寝起きのまま、こっそりと伸びをした。

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