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彼等とは、混ざるな危険のレッテルが。  作者: 夕暮 瑞樹
第一章 まだ知る世界 side長船
12/21

第十二話 "やめて下さい"

 あの奇妙な行動を見てから更に二ヶ月が経つ。

 意外にもラジオの影響が大きく、バンド活動が捗るどころかバラエティや人によっては俳優枠にも誘われるようになり、まるでスターになった気分だった。持ち曲も定期的に増やしていき、今では計五曲に。本家の曲の数に辿り着くまでは後十八曲。練習も足りてるし大体は頭に入っている。

 僕等は抜け目がない程完璧に、『カスタムイエロー』になりきった。曲の想いを聞かれては記憶から取り出した台詞を読み上げ、こだわりを聞かれては彼等の思い出話を自分達なりに置き換える。浦井は得意な喋りが認められ、とある番組の日替わりMCも担当したし、明堂と澤中は運動神経の良さや全体的な習得の速さが認められ、ロケが多い番組のレギュラーになった。門崎は、斉藤さんが試しにと依頼を受けたドラマの演技が認められ、バンド一の演技派という変なあだ名が付いた。僕はというと、彼等の様にそれぞれ決まった印象は持たれず、それぞれを少しずつかじり芸能界を生きていた。

 唯一変わらないのは家である。此処に来た当時はお金が貯まり次第バンド全員で住む家を借りるつもりだったが、家の広さに比べて寂しくなるからと奥さんは滞留を勧めてくれた。これまでの家賃は勿論払った上でこれからの家賃は全て富岳家と半分という事になり、お金の計算は全ておばあちゃんが担当になった。因みにこの家の表札は正式に“富岳”となり、僅か半年の間に家の雰囲気はガラッと変わった。いつも世話をしてくれていたおばあちゃんだけは、


「慎太郎ー!ほら、これ見てみろよ。」

「うおぉ、こんなの哲ちゃんこれ燃えちゃわない?」

「大丈夫大丈夫、俺がついてるから。」

「いやなんやそれ。」

「アハハ、慎太郎の関西弁は貴重すぎ。」

と中で笑い転げる彼等の様子を確認し、僕は扉を開け部屋に入り込んだ。

「これから出掛けるんだけど、留守番頼んで良い?」

「「良いよー!」」

元気な二人は了解の意を全身で示し、また床に散りばめた写真を手に取る。

「よし、じゃあ頼んだ。」

僕は玄関の鍵を閉めて自転車に跨った。


「来た来た、哲ちゃん、こっち!」

浦井、門崎との待ち合わせの店に入るなり、此方に大きく手を振る彼等を見つける。

「どうだった?喧嘩してないよな?」

「うん。全然仲良さ気だったよ。なんか、昔の僕の写真見て楽しんでた。」

「アハハ、俺らしいや。」

 実は今日の朝から富岳家にはお客さんが来ていた。浦井音楽スタジオから態々トラックで送られてきた、浦井少年である。少年というのは朝からでも元気なもので、僕と浦井のツーショット写真を片手にドタバタと家へ上がってきた。どうやら目的は僕等にあったそうなのだが、生憎浦井と門崎は昨日の仕事の都合で外泊を、そして奥さんは出勤の為家には僕と慎太郎しかいない。まぁいずれ出会う仲なのだからと二人で遊ばせてはみたが、今頃どうしているだろうか。

「そうだ、哲ちゃんにお土産がある。」

「え?」

「これこれ。哲ちゃんが好きな抹茶クッキーだよ。」

浦井は商品を出す前に、商品名の名前と説明全てを紹介し終わってしまう。そういうのって実物を見てから言われるから良いのにと僕は思う。

「うわ、凄いじゃん。」

やっと鞄の中から出てきた抹茶クッキーは、確かに浦井の言う通り凄い綺麗な緑色をしていた。生き生きとした黄色味を帯びた緑というよりも、森の下の方にある深みのある緑。まさに僕が好きな色だった。

「ありがとう。」

「おうおう、慎太郎の面倒を一人で見てくれてたお礼だ。」

と、しばらくの間僕の肩を軽く叩いていたが、彼の表情に含まれているのは笑顔だけじゃなかった。浦井が笑った時にスキンシップを使うのは珍しく、気を逸らす為のフェイクの様に思えた。

 また、あの嫌な予感が漂ってくる。いっそ聞いてしまおうか。今のタイミングなら冗談だよと誤魔化す余裕が互いにあるだろうし、ずっと二人だけで悩まれていても困る。以前見ていたガラケーはバンド活動専用で使っている為、僕等に関係ないという事はほぼあり得ない。

「…何かあった?」

僕はゆっくり浦井に視線をあげそう言った。すると浦井も叩いていた手をピタリと止める。

「前、見てたんだよね。浦井と門崎が携帯の画面見て深刻そうな顔をしてた所。」

丁度今みたいにと小声で加えると、あれは何だったんだと僕は更に追い討ちをかけた。浦井は動揺しきった顔で僕を見つめ、門崎はそっぽを向いて知らん顔。折角昼間からラーメンだ酒やらで楽しんでいたというのに、やはり予想通りに空気は冷ややかになった。どうしよう、早速誤魔化そうか。それとももう少し探ってみようか。

 僕がそう悩んでいると、突然浦井がガラケーを此方に差し出してきた。

「…?」

「見ろよ。」

「あ、うん。」

僕がそれをパカッと開くと、画面には"やめて下さい"とインパクトのあるタイトルのメールが一件。僕は十字キーで標準を合わせ、そのメールを開いた。



ーーーーーー

2001/12/5  1:43

名無し さん

[件名]やめて下さい


 突然すいません。私達は大阪でバンドをしているものです。グループ名もまだ決まっていない未熟者ですが、ニュートラル様に一つ聞きたいことがあります。


 私達の曲を知っていませんか。


 私達は個々の事情によって活動はまだ控えているのですが、曲は何曲か用意をしております。どうやらニュートラル様と私達の曲調が似ており、その似ように私達一同が驚いています。此れが真の偶然あるいは運命なら、是非とも弟子として応援させて頂きたいのですが、恐縮ですが、もし、もし私達の曲をコピーしているのなら、どうかやめて下さい。

 お願いします。

ーーーーーー



「…っ此れって、」

「うん。カスタムイエロー直々にだよ。」

「だよね…ぇ…ヤバイじゃんどうすんのさっ!」

僕は思わず立ち上がってしまう。店内は急に静になり、僕等、いや、僕だけが凄く目立った。

「…ぁ、すいません…。」

顔を赤らめるどころか変な汗が出てきた僕は、だから哲ちゃんは知らない方が良いと思ってたという浦井に向かって幾らか質問を飛ばしていく。まず、こんな重要な事を何故二ヶ月以上も放っているのか、そしてそれを何故その場で言わなかったのか、そして何故、そんなにも平気で活動を続けていられるのか。

 浦井はどれも、笑って誤魔化すだけで答えようとはしなかった。答えがないのかもしれない。浦井はそういう男だから。でも門崎は?こうなる事分かってたよね?僕は今度は門崎を中心に問い詰めた。

「あのさ、なんでなんでって言うけど長船君こそ分かってたでしょ、こうなる事。」

「え?」

「一緒に売れようって自信まみれの浦井に誘われて、皆で飛び降りて、人の曲パクッて…分かってたでしょ?分かってて飛び降りたんでしょ?」

「…ぇ。」

僕は何も言えなかった。門崎の顔は至って真剣だった。

「まさか本当にカスタムイエローに成り切れると思ってたの?」

「そう思わないなら何で門崎は、」

「面白そうだったから。アーティストの気分を一瞬でも体験できる、ごっこ遊びが。」

「…。」

「それだけだよ。」

僕はまたも何も言えなかった。


 どうしようか。これから僕は、どうしたら良いんだろうか。このまま活動を続けてみるか、いっそ僕等の存在を雲隠れにしてしまうか。後者に関しては、きっとメンバーは反対するだろう。浦井や門崎がそうである様に、明堂や澤中も、この充実した日々を楽しんでいる。僕だって、幼い浦井少年や富岳少年の期待を裏切りたくはない。


「どうしようか。」


僕は黙って、アイスコーヒーの中を泳ぐ氷を見つめていた。

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