表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼等とは、混ざるな危険のレッテルが。  作者: 夕暮 瑞樹
第一章 まだ知る世界 side長船
1/21

第一話 それは順光、それか逆光

「なぁ、哲ちゃん哲ちゃん!俺さぁ、自分の事本当に凄いと思う。」

「何?今度は如何したのさ。また酔わない酒の方法でも見つけたか?」

「違うよ哲ちゃん、今度こそ本当だって‼︎」


 僕、長船哲夫(ながぶねてつお)(てっ)ちゃんと呼び親しむこの男は、僕と同じバンドを組んでいる浦井悠真(うらいゆうま)。彼はドラム、僕はキーボード担当で、何時も御転婆の彼の話し相手役は、基本僕しかいなかった。他の皆は「うんうん。」「へぇ、」などと曖昧な返事をするだけで、特に彼の話に気に掛ける様子はあまり見られない。仲が悪い訳では無いけれど、あまりの彼の騒がしさには到底敵わないという感じだった。

 しかし、今回は違った。深夜一時に勝手に呼び出され、浦井に手を引かれて走り気味にやって来た音楽スタジオの屋上。ドアを開けるなり、待機していたバンドメンバー全員と目があった。

「おう、やっと来たか哲夫。」

「何?どしたの。天体観測のMVの真似事か?」

僕は巫山戯ながらも空いている椅子に腰を掛ける。皆はそれぞれの楽器を持って来ているが、なんせキーボードは持ち運び難いし、ドラムなんか以ての外。幾ら浦井の父が経営しているこの音楽スタジオとはいえ、二階に幾つか置いてあるドラムを六階の屋上まで運んでくる事なんて出来る訳が無い。かと言って、手ぶらで過ごすこの罪悪感は如何にかならないものかと思う。一時はせめてもの気持ちでヘッドホンを手にしていたが、別に練習に使う訳ではないのにとメンバーに指摘され、あっさりとやめてしまった。

「違うよ。それも面白いけど、今は違う。」

浦井は屋上を囲むフェンスに掛けていた植木鉢を、一生懸命外し、何処かへ運んでいく。

「じゃあ何で皆集まってるのさ。」

「なんかね、浦井がこのバンドが売れる方法を思い付いたんだって。」

僕は最初に、自分の耳を疑った。そしてその次に、目の前の彼女を疑う。

「えぇ、嘘だろ。」

「それが嘘じゃないんだって、ちょっと怖いけど。」

彼女はこのバンドの副ボーカル担当で、彼女もまた、手ぶらという罪悪感を背負う仲間だ。名前は明堂沙耶香(めいどうさやか)。何時か聞いた話によると、実家は神社だそうだ。

「なぁ哲ちゃん。突然なんだけどさ、哲ちゃんが昔飼ってた犬の特徴、俺の口から教えてあげようか?」

僕はムッと口を結び、少し眉を寄せながら浦井を見る。

 彼が言う、僕が昔飼ってた犬というのは、僕が幼稚園から小学生迄の間育てていた、小さな白いトイプードルの事だ。確か母が近所の迷い犬だと連れ帰った時が僕の年長さん、そして亡くなったのが、僕の小学五年生の頃だった。死因は唯の寿命で、唯の老衰だと獣医は言っていた。

 浦井とは中学からの仲で、僕は滅多に家庭内の事情を口外しない性格だ。だからそもそも犬を飼っていたなんて誰にも教えた事は無いし、浦井がそれを知る筈も無い。僕にとってショッキングでしかないペット事情なんて、尚更だ。

「哲ちゃんの飼ってた犬は、白いトイプードル。初めは赤い首輪が付いていて、その裏に『コロ』って書いてあった。」

僕が黙っている内に、浦井の口からスラスラと流れ出てくる情報達。

「それで、右頬の辺りに切り傷があって、よく舌を出して舐めちゃうんだ。」

何故だろう、どれも正解だ。確かな記憶が、まるであの頃と同じ体験をしているかの様に目の前に映し出される。赤い首輪、金具の後ろに引っ掻く様にして書かれた『コロ』という文字。既に埋まった傷口のある右頬。それを撫でながらわしゃわしゃと毛に顔を埋める僕。傷口の上をなぞる様に舐められる指。

「どう?当たりでしょ。」

「うん。…でも何で?誰から聞いた?」

出会いの光景と共に蘇る別れの光景に顔を顰めながら、僕は浦井に問い詰めた。

「誰からも聞いて無いよ、さっき此処に居ただけさ。」

「え、何だって?」

「だから、さっき此処に居たんだ。」

「嘘だ。」

「嘘じゃない。何なら首輪を付けたのも俺だし、『コロ』って書いたのも俺。ちゃんと皆の前でやったよ?」

ねぇ、と皆に視線を送る浦井。そうなの、と皆に視線を送る僕。

「うん、私も見てたよ。そもそも首輪を持って来たのは私だし。」

明堂はフェンスにもたれかかって隣のビルを眺めながらそう言った。

「うちも見てた。浦井が馬鹿して針を指に刺したからさ、これは夢じゃないよ。」

とベース担当澤中(さわなか)スミカも続け様に言う。

 仮の話を考えたとしても頭が如何しても処理できず、僕は混乱に陥った。沈黙する深夜一時は長く、風で冷える。

「ごめん、混乱させる心算は無かったんだけど。まぁ兎に角、哲ちゃんの犬はさっき此処で俺らが細工した犬で、それを俺が過去に送ったんだ。ちゃんと拾ってもらえる様に哲ちゃんの家の近くまで行ってね。」

「…は?」

僕は自身の脳に一時停止を勧めた。コイツは混乱の上にまた混乱を重ねてきやがった。過去に送っただの家の近くだの、浦井の口調だと絶妙に分かりそうなのも腹が立つ。

「ちょっと待って、如何いう事?」

「だから、俺が哲ちゃんを呼び出す前に、哲ちゃんの家の直ぐ側で、捨て犬設定の『コロ』を過去に送ったんだよ。」

「当たり前の様に言ってるけどそれが分からないんだって。如何やって過去に送ったの?」

「それは…、」

と何故か口籠る浦井に、僕は少しでも“何時も”を浸透させようと「いや答えんのかい!」とツッコミを入れた。しかしダラダラと汗をかいている僕が言った所で自分の動揺をひけらかしている様にも見え、僕の心境は恥へと変わる。

「え、遠慮は良いから、言ってよ。さっさと言え。」

「…じゃあ言うよ?えーと、まずコロを哲ちゃん家の近所まで持って行くでしょ?そんで、殺すんだよ。一思いにぐさっと。」

浦井はその場で手を振り上げ、地面に向かって包丁を刺すジェスチャーをした。僕はそれを凝視して、自分の身体が固まっていく感覚を覚える。

「哲夫、大丈夫?」

澤中は段々青くなっていく僕の顔色を心配して、冷水機の水を紙コップに入れる。口ではありがとうと言う筈が、レバーを引く動作さえもコロに与えた残酷な行為の様に見えて、結局何も言えず終い。

 話を聞けば、最初の実験体となったのは浦井の父が飼っていた、緑のインコだったという。店で見つけた全く同じ種類、同じ顔、あの時と同じ体格のインコを浦井がふと見つけ、「似てるなぁ」なんて思っていたら、同じゲージにいた黄色いインコに突かれてポックリ逝ってしまった。その時間帯と日時が、父がインコを飼ったタイミングがピッタリだった為、過去への転送を疑い、今こうして、僕とコロを使って確かめたという事だった。

「そっか…あぁ、そっか。」

そう僕が何度も相槌を打っていると、本題はそこじゃ無いんだよと浦井が僕の目の前の地べたに座った。

「俺が言いたいのは、それが人間でも出来んじゃないかなって。そんで過去に戻ったら、今最先端のバンドの曲を俺達が発表して、俺達の称号にする。」

「最悪じゃん。パクリじゃん。嫌だよそこ迄して、」

「でもこのままじゃ生活できない。売れないし、お金無いし。」

どうやら他にも文句は色々ある様だ。口をどもらせるなんて、浦井らしくない。

「バイトでバンド活動も出来ないしさ、夜じゃ騒音問題で、防音室は買えないし。」

「そもそも死ぬって何?自殺する訳?今から皆で?」

僕は顔を上げ、皆の目を見てやっと、今の状況を理解した。

「…あぁ、だから屋上なのか。」

皆、既に同意の上で此処に集まっていたのだ。可笑しいと思ってたのは、皆じゃ無くて僕。そうか、そうだったんだな。

「哲ちゃんも、着いて来て欲しいんだけど。」

浦井はまだ地べたに座り、真剣な顔で僕に訴えかけた。「それって集団自殺って言うんだよ」と呟いてみたが、どうせ「そうだよ」と返ってくる未来しか見えない。もう彼等の覚悟は決まっている。何がきっかけかは分からない。皆の家庭事情も知らないし、バンド内で特に目立ったトラブルは起きていない。となれば本当にバンド活動の事を思って皆が皆此処に集まって来たのだろう。まか実際売れてないのは事実だし、他人の曲ばっかり真似してるのも事実だ。このまま生きていても…そう思ってしまうのは、自分の未来を諦めているからなのか、それとも戻ったかこでの未来に期待しているからなのか、将又両方が当たっているのかすら、今の自分には分からなかった。

「哲ちゃん?別に無理なら無理で、」

「良いよ、僕も行く。僕が行かないって言ったってどうせ皆は行くんでしょ?」

「…。」

つい自分の楽器を見つめるメンバー達の気まずさは、平気で僕に伝わってくる。そりゃ、昔大切に育ててきた自分のペットが殺されてたなんて聞いてしまったら、誰だって空気を濁してしまうだろう。それは許して欲しい。

「良いよ飛ぼう。飛んで戻ろう。今こそコピーバンドの活躍時だろう?」

そう言ってやれば、さぁ今すぐと皆はフェンスに手を掛け、ぐっと一思いに飛び越える。

「じゃあ哲ちゃん、改めて掛け声を頼みます!」

「え、なんで僕なのさ…、」

普通なら発案者が、とは思ったが、此処に来て変なトラブルは起こしたくない。だから僕はさっきのをツッコミ程度に片付けて、「じゃあ、」と口を開いた。


「いざ、我らが未来に、!」


それは僕等の掛け声であり、僕等だけに通じる燦爛たる光だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ