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告白から始まるシリーズ

本好きな二人 -見守る視線-

作者: 青空のら

「好きです!」


 いくら桜舞い散る春だとしても酔っ払うに早い時間帯だ。

 ひどく場違いな発言に思わず顔を上げた。

 目に入るのはいつもの通勤列車内での見慣れた顔。田舎の早朝列車だと混雑することも少なく、さらにほぼ乗る車両まで、人によっては座席すら決まっている固定メンバーなので、車両内のほとんどの顔は覚えてしまっていた。

 三駅先のことぶき高校の制服を着ている男子学生だ。朝練でもしているのか通学時間帯が同じでよく一緒になる。たまに夕刻も一緒の車両になる事もあるので見知ってはいたが、会話を交わすのは初めてのはず。


 誰か他の人への声の掛け間違えかと首を振り左右を見るけれどそれらしき人物は見当たらない。右には眠りこけてる初老の男性、左には幼子を抱いた御婦人。

 自慢じゃないが人に惚れられる容姿をしているとは自分でも思っていない。似合わないメガネに跳ねないように編み込んだ三つ編み。友人に言わせると私は"眼鏡が本体"と言っても過言でないとの事。

 思わず"本体の眼鏡"を指差してしまう。


「えっ?」


 男子生徒から素っ頓狂な声があがった。

 これですか?と眼鏡のフレームを指で挟んで揺ってみせる。


「いえ、あの、言い間違えました。すみませんでした。その本が好きなんです」


 頬を首の辺りまで赤く染めた男子学生が人目も気にせずに勢いよく頭を下げ、その後に私の膝の上にある読み掛けの本を指差した。


「いつも楽しそうに本を読んでいるので気になっていたんですけど、その本を読んでいるのを見て感想を聞きたいと思って声を掛けてしまいました。いきなり驚かせてすみませんでした」

「ええそうね、こんな場所でのいきなりの告白なんて無いものね。少し驚いたけど大丈夫よ。それでこの本が好きなんだ?君はどの辺りが気に入ってるの?」

「あ、すみません。まだ名乗っていなかったですね。小鳥遊(たかなし)正雄と言います。ことぶき高校2年です」

「石狩由花、ことぶき女子高校2年、同い年だね。よろしく」


 ことぶき市にある公立校と私立の女子高、校名は似ていても資本関係もないし、姉妹高でも何でもない。

 ことぶき高校の生徒は学生服の袖の一本白線で他校との区別がつくのは便利だと思う。見間違い様がない。逆に良い事も悪い事もしたらすぐにバレて足がつくのだけれど。

 そんな進学校の彼が悪意を持って近づいてきたとも思えなかった。


「僕が気に入ってるの所は、主人公が小悪魔的なヒロインに翻弄される所ですね。ただ、ヒロインにしては性悪過ぎるという評価が多いので女性目線だとどういう感想なのか知りたくて、つい声を掛けてしまいました」

「なるほど、そうね。じゃあ、まずヒロイン側の視点に立って考えてみるわね――」


 三駅分、ほんの十数分、彼の好きな作品についての意見を交わした。なかなかにディープな意見交換が出来て有意義なひと時だった。少しだけど、別れるのが名残り惜しくなっていた。


「あの、良かったらまた明日も声を掛けていいですか?もちろん、嫌ならやめますから――」

「もちろんいいわよ。じゃあまた明日ね、小鳥遊君」

「ありがとうございます、石狩さん」


 にこやかに微笑むと彼は電車を降りて行った。普段よく見る事はなかったが、注意して見るとなかなかにガッチリとした体躯をしていた。何の部活をしているのか、明日にも聞いてみるかな?

 そう考えながら次の駅が目的地の私は電車を降りる準備を始めた。




 翌日から二人は電車車両内での着席場所を変えた。読書談義、意見交換するのに他人に迷惑を掛けてはいけない。もとよりガラガラの車両なのだが、そこは気持ちの問題だった。


「へぇ、野球部だったんだ?じゃあ、今日も朝練なの?」

「そうです。うちの高校は部活が少ないので、選びたくても選べなくて仕方なく野球部になってしまったんですけど」

「辞めずに頑張ってるんだから凄いじゃないの!しかも真面目に朝練も出て。口で言ってるよりは気に入ってるんでしょう?」

「まあ、やるからには手抜きはしたくないです」

「見直しちゃった。私ね、体育会系の人達ってろくに本なんて読まないって偏見持っていたんだ。勝手な思い込みでごめんなさいね」

「いえいえ、僕も言うほど読んでないですよ」

「そうかな?結構いろんな本の話題についてきているから感心しているのよ。あ、そうそう、これ見て」


 ポケットからスマートフォンを取り出して小鳥遊君に一枚の写真を見せた。昔SNSで見て一度実践してみたかった行為だ。読書仲間を増やすのに効果的らしい。


「私の部屋の本棚だよ。どうかな?」

「あ、はい!よく見せてもらっても良いですか?データ送って下さい。明日は僕の本棚の写真を持って来ます」

「はい、データ送信、と。じゃあ、明日を楽しみにしてるね」


 その後のひと時は私の本棚の本について盛り上がった。何冊かは小鳥遊君に貸し出す事になった。

 彼と意見交換できる本が増えてとても嬉しい。




 出会いから半年経ち、季節は実りの秋を迎えた。しかし残念ながら二人の関係に進展はなかった。平常運転。

 その日は期末試験も終わり週末を控えた金曜日。

 言われなれないセリフを耳にした私が確認の為に小鳥遊君に聞き返す。


「テスト終わりの休みで部活もないからどこかに行かないかって?私と?」

「はい、じゃなくて、いえ――」

「そうだよね、私となんかじゃ――」

「そうじゃなくて、県立図書館に一緒に行きたいです。駄目ですか?」


 突然のお誘いに戸惑っていると彼が言葉を続けた。


「大きな本屋でも良いんですけど、やはり古典と言うか昔からの王道も押さえておきたいなと思いまして。やっぱり駄目ですか?」


 真面目な彼らしいというか、変わらないスタンスにおかしくなってしまう。デートのお誘いかと身構えた自分の自意識過剰さに。


「そうだね。いいわよ。てっきりデートのお誘いかと思ったから――」

「いえ、デートの誘いのつもりです。受け入れてもらって嬉しいです。明日は朝のラッシュ時間を外した9時か10時の電車で待ち合わせ――」

「オッケー!9時台の――35分ので一緒に行きましょう。念を押すようだけどデートだよね?」

「はい、デートです。よろしくお願いします」


 本人が喜んでいるようだから余計な事は言わなくてもいいか。私も嬉しいのは事実だった。

 (デート、片方でも相手を完全な友達として認識している場合など、デートではないとされる――Wikipedia)




 小鳥遊君の選んだ場所は活字中毒者を連れて行くデートコースとしては満点だった。

 県立図書館、市立図書館、学校開放していたことぶき高校の図書館。お腹いっぱいという表現が当てはまる程満足した。

 特にことぶき高校の図書館の充実はぶりには目を見張るものがあり、もう少し勉強して受験しておけば良かったとの後悔が生まれたのは自分でも意外だった。そうすれば小鳥遊君と同じクラスだったかも?

 想像していたら少し顔が赤くなった。


「寒い?コート貸すよ、はい」

「あ、ありがとう」


 小鳥遊君はさりげなく気づかえるいい男だと思う。どうして私と図書館巡りしているのか不思議になるくらい。モテるだろうにどうして彼女作らないんだろう?


「よう、小鳥遊!どうしたんだよ?今日学校休みだろ?わざわざ出て来なくてもいいだろうに」

「加藤こそ、どうしたんだよ?」


 廊下の対面から小鳥遊君の知り合いが声を掛けて来た。その隣には中学のセーラー服を着た子がいる。


「俺は妹の付き添いだよ。兄貴に行けるとこなら私も行けるんだ!ってさ。せいぜいやる気出して頑張って欲しいね。小鳥遊は?」

「うん?ああ、彼女にうちの高校を案内していたんだ。特に図書館を」

「あっ、悪い、悪い!邪魔したみたいだな。それじゃ、またな」


 特に深い意味は無かったんだろうけど、小鳥遊君の口から出た"彼女"という単語に反応して、頬っぺたが先ほど以上に熱くなってるのが自分でもわかった。


「石狩さん、顔真っ赤だ。とにかく今日はもう帰ろう!風邪をこじらせたら大変だから」


 学校を出ると小鳥遊君は近くの自販機に駆け寄り、ホットドリンクを二つ買って戻ってきた。私は彼から渡されたドリンクを両手に抱いて、二人はそのまま帰路についた。

 受け取る時に触れた彼の指の方が熱く感じたのはきっと熱のせいだと思う。




 季節が巡り小鳥遊君も私も進級した。最終学年となり地獄の受験生だ。最後の試合に負けるまでは現役部員の小鳥遊君を置いて、私は一足先に受験生に。

 手に持つ本も単行本から英単語本に変わった。仕方ない事だと諦めた。

 それでも通学途中の二人の読書談義はまだまだ続いている。

 そして、そろそろあの奇妙な告白から1年が経とうとしていた。


「好きです!」

「これを!?」


 一年前と同じ様に私の前に立つ小鳥遊君に手に持った英単語本を見せた。


「違う。こっち」


 彼が指差したのは"私の本体"である眼鏡。そうか――


「――やっぱり眼鏡フェチだったのね」

「違うよ。全然違うよ。僕が好きなのは君だから、間違えないでね」


 余程慌てたのか口調が微妙に変わっていた。これはこれでありだよ。一粒で二粒分美味しい。


「去年は間違えたのに?また間違えました、だと許されないわよ?」


 私は調子に乗って、ちょっと大胆に答え合わせをする事にした。


「去年も間違えてないよ。少し照れただけ」


 期待した答えが帰ってきた。嬉しいけどまだ謎は半分しか解けていない。

 犯人役になりきれる彼なら本当の事を答えるはず。私は探偵役として追求の手を緩めなかった。


「でも二人接点なかったわよ。どこに私を好きになる要素があったのかしら?」

「電車でいつも見かけて気になってたんだ。知り合いになりたかったけどきっかけが無くて。たまたま読んでいる本のタイトルがわかったからそれをきっかけに話掛けようと思ったら、反射的に告白していた――」


 なるほど、馬鹿正直な彼ならあり得ない事ではない。

 計画してあの告白はない。つまり、今の状況も――

 そっと辺りを見回すと、頭を動かさずにこちらを見ている視線、視線、視線。突き刺さる視線が痛い。

 さらに何も言わずに知らん顔してスルーする皆さんの優しさに心が痛くなる。


「わかったわ。じゃあ、私の気持ちも言うわね」


 慌てない、慌てない、ここは一呼吸置くところだよ。

 小鳥遊君が唾を飲み込むのが見えた。視線の隅に座席から身を乗り出している人影も映った。


「私も小鳥遊君の事が大好きです。これからもよろしくお願いします。出来たら一緒の大学に行きたいので勉強も教えてくれると嬉しいな」

「こちらこそよろしくお願いします。勉強ならある程度は教えれると思う。一緒の大学に行けるといいね」

「そうだね!」


 右手を出してきた小鳥遊君の手を握り返すとパチパチと手を叩く音が聞こえてきた。

 一人、二人と増えていき、最終的には車両の全員が拍手をしていた。


「よっ、彼女を泣かすんじゃないぞ」

「幸せにな」

「学生の本分は勉強なのを忘れるな!」

「節度を持って。バカップルは成敗!」


 小鳥遊君は声を掛けてくる一人一人に頭を下げていた。変わらない彼らしさに安心する。

 これからも二人らしく付き合っていけばいいのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんかすごく爽やかで良いわ! 好きです!笑
[一言] ほのぼのした爽やかなお話!周りの乗客はずっと見てないようにでも暖かい目で見てたんですね。 面白かったです!
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