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下町の鶴  作者: 瀧ヶ花真太郎
10章.明希の祈り
98/121

98.ネオン街の少女

ホテルの一泊を対価に四季乃の情報を教える、という条件で交渉を成立させた三人は、早速その宿泊場所に向かうことにした。自己紹介というほど堅いものではなかったが、少女は二人に名を名乗った。名はフウカというらしい。入崎が名前について尋ねると、どうやら芸名だと言うことが朧気に分かった。

「それはこの街じゃ皆同じでしょ?探偵さん」

街を歩いていると、酔いどれから圧の強い客引きまで、色んな人たちが目に映る。そんなネオンの通りで必死に強がっている明希と、何食わぬ態度で軽快な足取りのフウカが妙な雰囲気を放っている。しかし、ぐっと気構えている明希に対し、その平静をぶち壊すような出来事は次々に起こっていく。視界の端では吐瀉物をぶちまけるサラリーマン、汚ない地面に腰を下ろして不可解な動きを見せる酔いどれ、明希には刺激の強すぎる街だ。早くホテルに退散しよう、などと考えている内に、彼女のお望み通りホテルに到着した。だが、どうも入る気が起こらない。せっかく一休みできると思っていたのに、何だか"思っていたのと違う"とでも言いたげな表情だ。フウカには一泊としての部屋を用意し、明希と入崎は休憩としての部屋を借りる。一同がフウカの部屋に合流すると、彼女はベッドの上で楽しそうに飛び跳ね、あどけない姿を恥じることなく放っていた。

「あんたらは泊まらないの?」

「ああ。この子は明日学校だし、俺もまだ仕事が残ってるからな」

「ふーん、あそ」

そして明希はというと、部屋の隅で安い丸椅子にちょこんと腰かけ、一言も口を開かずに鞄を抱き締めている。見渡せば怪しげな装飾と、わざとらしく佇む二人用のベッド。親友の行方を探しにやって来たのに、まさか人生初のラブホテルに入ることになるなんて明希にとっては思ってもみなかったことだろう。

「(お家帰りたい....)」


下町の鶴

10章-明希の祈り-

☆Episode.98「ネオン街の少女」


各々がある程度リラックス出来たところで、フウカは四季乃の話を懐かしむように話した。

「どこで知り合ったの?」

「偶然だよ。何か今にも死にそうな女の子が座り込んでてさァ」

彼女が言うには、夜売りの可愛らしい格好をしているのに、それに似合わない暗い雰囲気を放つ少女がいたという。これはきっと新入りだ、そう思って話しかける。それに反応してゆっくりとこちらに顔を向けるが、一言も喋ろうとしなかった。

話を聞いていた明希が不安そうな顔になるので、軽い補足を入れてやる。

「だいたい死んだ顔してんのよ、私くらいの新入りは」

「貴女もその...、そういう仕事を?」

「あんた今まで何を見てたのさ」

フウカは話を続けた。

死にかけの顔色をした四季乃に缶ジュースを奢ってやると、フウカはその隣に腰を下ろした。

「どしたー、迷子?」

「......」

「ふ、冗談だよ。札隠しときなぁ、盗られっからー」

フウカの助言に、四季乃は手のひらの1万円札を黙ってポケットにしまう。ふと目に映った紙幣は元に戻せない程にしわくちゃになっていた。

「キミあれでしょ、初日でヤバいのに当たった感じでしょ」

四季乃はうんともすんとも顔を振ろうとしない。

「大丈夫大丈夫。そんな奴ばっかじゃないから」

返答しないのに延々と話しかけるフウカに対し、何だか困惑しているような表情を浮かべる。どうせ今日限りの縁に心を寄せるというのも悲しい話だと思えたのだろう。何も喋らなかったが、フウカと別れるまでは貰ったジュースを大切そうに抱きかかえ、間接的に礼を伝えていた。フウカからも、この子とはもう会えないのだろうと予想していたのだが。

どういうわけか、明くる日もネオン街で彼女を見かけた。その次の日も、また次の日も。この稼業の同僚は絶え間なく変動するから、これだけの仲間がいてもずっと同じ場所で会えるような関係には滅多になれない。だからほんの少しだけ期待してしまったのかもしれない、とフウカは話す。明希はその情景を浮かべてか、小さくうつ向いた。

「どういう関係だったの?四季乃ちゃんとは」

「どういう?難しいなあ。まあでも、仲悪くはなかったよ。服の話とか、愚痴の共有とか。友達っぽいことはできてたんじゃないかな?」

「そうなんだ」

街で見かける度に四季乃に話しかけ、最初は返事さえしなかった彼女も少しずつ反応するようになってきた。そんな四季乃がフウカに初めて喋った言葉を話し、フウカは可笑しそうにお腹を抱えて笑っていた。

「「貴女どこの回し者なの?」だって。私、客引きか宗教勧誘に間違われてんの。もう吹き出しちゃってさ」

四季乃と言葉を交わせるようになってからは、二人の距離は一気に縮まった。それぞれが個々に設けたノルマを稼ぎ終わったあと、男に貢いで貰った金で一緒に外食することも多くなった。デザートに目を輝かせる姿や、お喋りに盛り上がった時に見せる笑顔はとても女の子らしく、会ったときの暗い雰囲気が別人に思えてくるほどだったという。

「へえ、フウカ北海道から来たんだ」

「家出少女、数千キロの旅ってね」

「へ~、やっぱ寒い?」

「寒いなんてもんじゃ。思いっきり息吸うと「痛っ」ってなるの」

「冷たすぎて?」

「冷たすぎて。もう実家の空気といーっしょ」

夜も遅く、人のまばらなファミレスの店内に二人の笑い声が響く。

「一日も早く地元出たかったからさ。日雇いで交通費稼いで、苫小牧からフェリーでのんびり逃亡生活」

「うわあ、もう映画じゃん」

「あはは、東京来た時はおっかなかったなあ。どこ行っても知らない街なんだもん。」

「来てどれくらいになるの?」

「もうちょいで半年かな。」

「そうなんだ」

「最初は帰りたいなんて思ったけど、こうやって四季乃とも知り合えたし、戻る理由なくなって良かった」

「まさかの友達第一号?」

「うーん、同僚含め五人目かな」

「うわ、サイテー」

「あはは、噓だよ。四季乃が一号」

「ほんとー?」

「ほんとだって。こんなに仲良いのはそっちだけだよ」

ベッドにうつ伏せで頬杖をつきながら、フウカはその時の思い出を懐かしむように語る。それが余程良い思い出だったのか、言葉の端々で柔らかい笑みを浮かべていた。

「良いなあ。そんな姿、私も見てみたかったな」

明希も貰い笑いするように口角が上がり、呟くようにそう言った。

「なに、勧誘の人に思われてたってこと?」

皮肉まじりの返答で悪戯に笑うフウカ。

「違うよ、ずっと大人しい子な印象だったの」

「あはは、四季乃が大人しい子か」

「本当だって、嘘つく理由ないよ」

「はいはい」

あり得ないと言わんばかりに軽くあしらうフウカ。明希はムキになる気持ちをぐっと抑えて話し合いを試みる。何を言っても信じて貰えない様子だったが、明希が

「半年前、最後に話した時までずっとそうだった」

と発すると

「ああ、半年前か」

と、フウカは突然と顔色を変えて言葉を溢した。

「どうしたの?」

「ちょっとね。その辺りから数ヶ月くらい顔を見せなかったの」

「何があったの」

「四季乃の親友なら分かるでしょ。腹の子下ろして鬱ンなってたって」

「ああ....」

「あの頃に知り合ったんだっけ?あんたよく殺されなかったね」

「そんな荒れてたの?」

「荒れてたなんてもんじゃないよ。自暴自棄っていうか、ありゃ完全に壊れてたね。誰ふり構わず当たり散らして、手ぇ出して」

その辺りから愚痴の内容も過激になってきて、気に障る同級生を苛めた、と誇らしげに話しているのが冗談なのかさえ見分けがつかなかったという。そしてある日フウカが四季乃の妊娠のことを聞いた時、喧嘩寸前の口論になったと話す。

「私言ったよね、万が一の時の金は残しとけって」

「金の問題じゃない」

「なに、命の大切さだとか説きたいワケ?」

「フウカに何が分かるの」

「何も分からないね。そんな大事になってたんなら何で相談の一つもしてこないの。えェ?そんくらいの義理すらないってか?」

「うるさい」

「あのね、私だって来ない月くらい幾らでもあった。気ィおかしくなりそうなことも一杯ね。でも生きるためなら切り抜けるしかないの。そのために仲間がいるんじゃないの?違う?」

「この私に説教するのか」

「"この私に"だ?私に話しかけられなきゃ野垂れ死んでた癖に」

「あんたが居なくたって十分やっていけたよ」

「へぇ?じゃあやってみせろよ。そのガキとっとと墜ろして私より稼いでみせろよ」

ベッドの上でフウカは、明希たちの前で自虐的に笑った。眉をぎゅっとひそめ、まるで治りかけた傷を無理に開くかのように。彼女の目は乾いていた。

「結局、この街で会った奴らは皆、この街を理由に消えていくんだよ」

「そう。話してくれてありがとう」

「いいって。四季乃を探してるんだろ?」

「うん」

「確か四季乃には兄貴がいたはず。尾行(つけ)てみたら?せっかく探偵なんか雇ってんならさ」


つづく。


フウカの部屋をでて、休憩として借りていた方の部屋に戻った明希は、彼女からおすすめされたお風呂に浸かっていた。何もかもがいやらしい装飾で満ちている、と予想していた明希だったが、思った以上に落ち着いた雰囲気の浴室で安心した様子。結局四季乃の目撃情報は聞けなかったが、明希の知らないネオン街での一面を知れて複雑な心境だった。

「明るい頃の四季乃ちゃん、か...」

暫くぼーっとお湯に浸かっていると、突然浴室のドアが開き、フウカが真っ裸で入ってきたので悲鳴を上げた。明希があまりにも驚くので、フウカそれを可笑しそうに笑う。

「なに、女同士でそんな驚くことないっしょ」 

「いきなり入るなんて非常識だよ!それになんで自分の部屋のを使わないの!?」

「だーってせっかくならネぇ?勿体ないじゃん」

「勿体ないって何が!!」

混乱して大慌ての明希を差し置いて、フウカは淡々とシャワーで身体を洗い始める。何一つ気にする素振りを見せず、あまりにも当たり前のようにあしらうので明希は何が普通なのかを真面目に考えはじめた。

暫く黙り込んでいると、湯気の立ち込める雨音の中からフウカが明希を呼んだ。

「喧嘩別れみたいな言い方したけどさ」

「え?」

「あのあと何回か会ってたんだよね」

「そうなの?」

「うん。でもよっぽど気に障ること言っちゃったんだろうね。前みたいに笑い話は出来なくなっちゃってさ」

「そう...」

「なんか妙にゲッソリしちゃって。もう売春(ドカタ)できるメンタルはないってよ」

「.......」

「まあ、良かったんじゃない?襲われる前までは苛めなんて想像も付かない性格だったし。あの子にこの街は合わなさすぎたんだよ」

「そうだね」

身体を洗い終えたフウカは

「よっとくれい」

と一声かけ、明希と同じ浴槽に身を沈めた。会ったばかりの女の子と一緒のお風呂で、緊張を露にする明希。そんな彼女にフウカは直球で

「明希だっけ?あんた、女の子もいける口でしょ」

と、にやけ顔で突いてくるので、明希はトマトみたいな赤い顔で反論する。しかし、突然と早口で口数も一気に増えてしまうようでは説得力の欠片もなく、言い負かされたかのように撃沈し、燃え尽きた。

「ほら」

そんな明希を慰めるつもりか、フウカは散々彼女を笑ったあと、お風呂の電飾にスイッチを入れた。するとたちまち水面はネオンの街並みと一つになり、幾重もの灯りが二人を彩った。

「うわあ...」

「気に入った?」

こくりと頷き、その光景に心奪われる明希。そんな彼女に、フウカはどこか重たい闇を滲ませた表情で伝えた。

「ネオンの光はね、空が明るくなるまで照りつづくの」

「へえ」

「そして朝が来れば何事もなかったように街が眠る。私たちがどんなに暗い気持ちを抱えても、その闇の置き場所はここには存在しないんだよ」

「え....?」

「ここはそういう街だってこと、忘れないでね。明希」

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