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下町の鶴  作者: 瀧ヶ花真太郎
2章.地球照
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9.六畳の空


【本編】

下町の鶴

2章-地球照-

☆Episode.9「六畳の空」

 

私たち家族の寝室は六畳の小さな部屋で、いつもならここに三つの布団がびっしりと並ぶ。

今日はお母さんが一階の居間で寝ていて、私の隣には河島がいる。

唐突に始まったお泊まり会、冷静に考えたらおかしすぎる状況だ。

お泊まり会って普通、何人かでやるものじゃないの?

ましてや男女二人だけなんてまるで豚と狼じゃないか。

...いや、誰が豚やねん。やかましいわ。

二人はずっと天井を見つめたまま、顔を横に向けることはなかった。

 

時計の針は1時を差している。

瞼を閉じれば、秒針の音が鼓膜に触れるのが分かるくらいに静かな部屋。隣の呼吸のリズムが両親のものじゃないことさえも、耳だけで伝わってくるほどだ。

 

常夜灯のオレンジに染まった天井をスクリーンにして、心の景色を映し浮かべる。

銭湯でのぼせかけたことや、今日突然、河島が家にやってきたことなど、出来事を遡りながら思い返していく。

そういえば、今朝は雨が降ってたんだっけ。それさえ昨日の出来事のように思える。

こんなにたくさんの事があって、ありえないほど疲れているはずなのに、まるで修学旅行の夜のように心が踊っていて眠れない。

....違う、元をたどれば朝の授業でほとんど居眠りをしていたせいだ。後悔先に立たず、それでいて成す術がない。

眠たくなるまで暇なので隣に声をかけてみる。

「河島?....寝た?」

「すぅ.....す、ぐがああああ。」

絶対起きてる。

「起きてるよね。」

「どうした?」

「.....暇。」

「ああそう、おやすみ~。」

「いや、待ってよ。」

河島は言葉を返さない。

「え、本当に寝ちゃうの...?」

「何それ、寝かせないよ的な意味?」

「いや、アホか。」

眉をひそめてツッコむと

「実のところお目目パッチリ。」

と、河島は打ち明ける。

いつも眠たそうな目をしてる彼のパッチリ目ってちょっと想像つかないけど。

「ああ、良かった。ちょっとおしゃべりしない?」

私はおしゃべりを持ちかけてみる。

「良いけど、何の?」

と、河島は聞き返す。

「何にしよっかな~。」

うーん、何から話そっかな。今日色んなことあったしなあ。

じっくり考えていると、部屋には少しの静寂が流れた。

しばらく言葉を発さないでいると、河島がからかうように言う。

「...おやすみ。」

「ねえ、待ってってば!!」

話題を絞り出そうとするも、焦ってしまって何も浮かばなくなってしまう。

「えと....えーと.......。」

たどたどしくしていると、河島にクスッと笑われた。

「何よ。」

「お前、ほんと面白いな。」

「なにが。」

「俺、お目目パッチリって言ったじゃん。」

こいつ本当に....。

「あーもう、知らない。」

「ははは。」

「夜中、催してもトイレ案内してやんないから。」

「俺は子供か。」

「可愛い可愛い弟ちゃんだよ、栄 汰 く ん 。」

私はできる限り盛大にからかってやった。

「お前さ、誕生日何月?」

「え?12月だけど。」

「俺、8月。」

「.....。」

河島が満面の笑みでこちらに顔を向ける。

「嗚呼、可愛い可愛い妹ちゃんだよ、詩 鶴 ち ゃ ん 。」

「ムキィィイイ!! 」

日本語覚えたての異国人でも聞き取れるレベルの遅さで馬鹿にしてくる河島。堪えかねた私は激昂状態の猫のような威嚇をした。

私は河島に嫌味をぶつける。

「お姉ちゃん、悲しいわあ。こんなに馬鹿にされて...。」

「お兄ちゃん、楽しいわあ。こんなにチョロくて。」

「シャアアアアアアアア!!(猫)」

言葉のボールを豪速球で投げ返す河島。喋れば喋るほどあいつの手のひらで転がされてしまう。

「もう知らない。ほんッとうに知らない...。」

私は完全に不貞腐れた。

「え。おしゃべり、もうおしまい?」

「うるさい。」

「悪かったって。」

「もう電気消すから。」

灯りの紐を引っ張って、部屋を真っ暗にした。

窓の外で、通りすぎてく車のハロゲンライトの明かりが部屋にこぼれ、天井を撫でるように光が通りすぎていく。

大きくため息をこぼしてみると、部屋中にその音が響き、こだまする。

「なあ、名取。」

河島が静寂の中に声を投げる。

私は何も答えずに聞く。

「寝れないんだったらワンワードゲームやろうや。」

中学の頃、よく遊んだゲームをやろうと私を誘う。

「ルール忘れた。」

「ほら、単語ひとこと言って、しりとり方式で交代しながらストーリー作っていくヤツだよ。」

河島にルールを思い出させてもらうと、私は頷くより先に先手をとって始める。

特に勝ち負けがあるゲームでもないのだが。

名取:「昔々」

まあ、ベタな始め方でいいや。あるところにおばあさんが~みたいな繋げかたでやれば....

河島:「井の頭公園に」

なんで場所特定したの。井の頭公園....いや、地味に遠いよ。葛飾から結構離れてるよ。せめて水元とかにしろよ。いや、モノローグでツッコミはしんどいって。(*モノローグ:心の声)

名取:「え...えっと....。おじいさんと」

河島:「蘇我入鹿が」

いや、イルカさん何してんだよ。江戸に奈良県民来ちゃったよ。てかおじいさんと蘇我入鹿ってなんだよ。あの人もうおじいさんとか言うレベルの年齢じゃねえよ。偉人だよ、歴史的人物だよ。

名取:「.....池で」

河島:「水泳教室を」

だから何やってんだよ、じいさんと入鹿。イルカと掛けてんの?いや、泳がせれるか。井の頭公園の池の水、100%の淡水だわ。

名取:「ひ、開いてました。」

もう分かった。ツッこんでばっかじゃ疲れるよね。

もう何も考えすに直感でやろ。さ、来いよ河島。

河島:「そこに」

名取:「現れた」

河島:「中大兄皇子が」

いや、待て待て待て待て。鉢合わせちゃいけない人に出くわしちゃったよ。入鹿さん逃げて。

名取:「参加を」

河島:「装って」

名取:「おじいさんを」

よし、軌道を変えてやらあ。

河島:「仲間に」

名取:「ね...寝返らせて」

っておいおいおい。じいさんとタッグ組んじゃったよ。

河島:「蘇我氏を」

名取:「は....はっ飛ばそうと」

河島:「したが」

名取:「蘇我氏も」

河島:「負けじと」

あれ?気づいたら主導権、私が握っちゃってんじゃん。

よし、今度は私が好き放題ストーリー作ってやろ。

名取:「変身して」

河島:「覚醒して」

名取:「中大兄皇子を」

河島:「はっ飛ばした」

名取:「めでたしめでたし。」

って、あれ?これ歴史変わっちゃってない?

「あのさ、河島。」

「ん?」

謎のストーリーが出来上がると、早速思っていたことを河島にぶつける。

「水泳教室ってなんだよ。」

「老後からのスポーツサークルみたいな。」

「いや井の頭公園で開くな。」

灯りを消した部屋の中は言葉がそのまま景色に変わっていくようで、目を閉じなくても情景が簡単に浮かぶ。

「でも」

私は、そう口を開いて、先ほどのゲームを思い出す。

「久しぶり過ぎて何か面白かった。」

少し表情が柔らかくなった。

 

「中2の居残りだよな、確か。」

彼は、このゲームを自分達で見つけ出した頃を思い出す。

「(教室を練習部屋に使っていた)一年の吹奏楽の子らサボらせて遊んだっけ。」

「そうそう、後でその部の先輩にこてんぱんにヤられててさ(笑)」

「うわあ、懐かしいなあ。」

思えばあまりに酷い話で、それでいてとても楽しい黄昏時だった。

河島は話を続ける。

「あの後輩共、先輩来たら一瞬で俺らを売るっていう。」

「あー、あったあった。」

―――――――――――――――

「おい、お前ら。楽器の音が全然聴こえて来ないんだが。」

「先輩、違うんです。この二人が練習の邪魔をしてくるんです。」

「言い訳すんなよ。」

その先輩は部の後輩を叱責したあと、こちらの方に目を向けた。

先輩が口を開く前に河島は後輩を裏切り返す。

「本当、言い訳なんて酷いっすよねセンパぁイ。」

足を組み、手首を身体の外側に倒して後輩との上下関係を見せつける。

彼は後輩の方に顔を向け

「ホント、あんたたち喋ってばっかで全然進んでないじゃない。アタシ達の宿題のジャマするなら楽器の音でジャマしなさいよ。っもう!」

オカマ口調で彼女らを挑発する河島。後輩たちは頬を名一杯に膨らませて私たちを睨んできた。

河島は先輩に近づき、彼女の口元でライターを点火させる動作をモノマネする。

「カチッカチッ。こいつらはアタイが焼き入れとくんで。」

先輩はそのボケに乗っかって二本指で煙草をふかす。

「フゥーーー。テメェにやれんのか?」

「任しておくんなまし。姉御ぉ。」

河島を鼻で笑う。

先輩は私に視線を送り、目が合うと、ジェスチャーで伝えた。

「お前・コイツら(河島含む)・シバき倒せ」

―――――――――――――――

「思えば名取、あの時なんで俺にまでチョップ入れたんだ?」

「教えてやんない。」

 

つづく。

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