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下町の鶴  作者: 瀧ヶ花真太郎
8章.眠らない下町
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70.絶賛募集中

下町の鶴

8章-眠らない下町-

☆Episode.70「絶賛募集中」


とある平日の夜、名取屋。お店のピークが過ぎ、お客さんも空っぽになった頃、私は客席にもたれかかって母と話していた。

「お母さーん、閉店まであと何時間ー?」

「二時間切った。」

「っても一時間以上はあんのね...。ひぇー、しんどー。」

「もうちょい頑張んな。それ普通のバイトでやったらボッコボコだからね。」

「いいのー。私、ここで終身雇用の身なんで関係なぁーい。」

そう言うと母は、呆れ顔で私に言った。

「それじゃあ少し厳しくしなきゃだね。」

「えー、やだー。」

「ヤダじゃないの。仮にもこの店なくなったら、否が応でも社会に出なきゃいけなくなるんだよ?」

しかし私はそんな母の言葉を重く受け止めることなく、カウンターの椅子で遊びながら適当に返した。

「ま、そうなったらそん時に考えまーす。」

「はぁー、知ぃーらない。詩鶴が大人になってウーンと困っても。」

そんな母の説教中に堂々と欠伸をすると、母はジト目で私を睨んだ。そこで更に悪態をついてみせる。

「お母さん。」

「うん。」

「その話、退屈。」

「こいつ....。」

足をプラプラさせて遊んでいると、店の扉がガラガラ、と音を立てて開いた。母が口を開こうとした刹那、

「いらっしゃいませー。」

と、愛想良く挨拶。母の額に光る冷や汗を見て、ニヤリと笑ってやった。

誰かと思い、改めてお客さんの顔を見てみると、河島の姉、千春だった。

「あ、どもども!久しぶり。」

「どもー、名取ちゃん久しぶりー。」

私の反応に母は

「お知り合いなの?」

と聞く。

「うん、河島のお姉ちゃん。」

母、納得したご様子。私は千春を席へと案内した。

「ま、とりあえずお好きなとこへ。」

そういうと彼女はカウンターの席へ座り、席についてすぐ水割りを頼んだ。相変わらずこの人、チョイスが渋い。そして私がお酒を作り始めると、何やら千春、ボソボソとひとり言を呟いている。

「うーん、一人酒でビールってのもアレだしなあ、ハイボールとかでも良いんだけど、うーん。やっぱ芋に限るな、芋に。」

それを放っておいていると、千春がこちらをチラチラと見てきた。

「な、何ですか...?」

「ね~、聞いてよ~。」

「何ですか。」

「元彼が冷たーい。」

「知らねえよ!え、てか彼氏いたんだ、千春さん。」

「失礼だな~、そりゃあ生きてりゃあ恋人の一人や二人できるさ。」

「ああ...、そう。」

「あ、でも今は居ないよー。横空いとるで。付き合う?」

「付き合わねえよ!!明日から学校行きづらくなるわ。」

今日の千春は、飲む前から何だか酔ってるような絡み方をしてくる。え、まさか素でこれなの?

出来たお酒を彼女の前に出すと、すぐさまそれを手に持って言った。

「ま、色々あってね。」

「...え?ああ、元彼の話ね。」

「そうそう。」

私は自分のコップに水を注ぎ、じっくり話を聞くことにした。千春が話し始める。

「大学の大事な試験があるんだけどさ、手伝ってくれないんだよねー。」

「手伝う?」

「一緒に勉強してくれない、みたいな?別れただけでそんな特典減りますー?みたいな!」

「うわあ...、どんな喧嘩別れしたらそうなるの...。」

「どうやって...?うーん、真面目過ぎたんだよね、あの人。」

「真面目かあ。」

「うん、ちゃんと貯金しろーとか、煙草吸うなーとか。いいじゃん、あたしの勝手じゃん!」

「うわあ、貯金は私も言えないや...。煙草は分かんないけど。」

「煙草良いよー、甘ぁーい香りにヤなことみんな吹っ飛んでいくから。」

「未成年に語らんで下さい。」

「あはは、大丈夫大丈夫。名取ちゃんは吸わないって信じてるよ。」

「なんだそりゃ。」

こうやって話していると本当に、河島と血がつながってるとは思えないくらいに明るい。唯一似ているとすればこの気楽な思考回路くらい。とろん、と眠たそうな目つきはアイツと似てると言えば似てるんだが、彼女の方はどちらかというと微睡んでいるみたいで綺麗だ。

ふと横を見ると母は椅子に座り、布巾などをたたんでいる。私に仕事丸投げモードのようです。といいつつ、今は千春と会話することがお仕事みたいになってますが。

「ま、そんなこんなで喧嘩ばっかりになって、別れようってなったワケ。」

と言って、千春は少し視線を落とした。

「恋も楽しいことばっかじゃないんですね。」

「ね。私も初めは、ずっとこのままだと思ってた。」

千春は少しだけお酒を喉に流し込んで、「ふぅー。」と溜息混じりの息を吐く。

「...まあ、またきっと良い人見つかりますよ。千春さん美人だし。」

そう励ますと、千春はニコッと笑みを浮かべた。そして人差し指を遊ばせながら彼女が言う。

「ふふ、名取ちゃん、なかなか口説き上手だねぇ...。付き合う?」

「だから付き合わねえよ。」

心なしか、彼女が少し元気を取り戻せたように見えた。

「てか、いつから吸ってたんですか?」

私は千春に尋ねた。

「んー?十八。」

「マジかよ。」

呆れ顔を浮かべると、千春は焼酎を一口飲んで言う。

「あの頃はさ、みんな「受験受験!」ってうるさくてさ、まだ私は青春し足りないって時に誰も構ってくれなくて。」

「あー...、辛いなあ。」

「でしょ、んでグレて吸った。」

「.....。」

「寂しかったんだろうな、あの時は。子供でいたい自分に誰も味方してくれないってのが。」

何だか未来の自分を映しているような気がして、少し胸が締め付けられた。

「いやあ、死ぬほどムセたよ~。声出なくなるんじゃないかってくらい喉痛くてさ。名取ちゃんは絶対やめときなよ?」

「そんなん聞かされて吸いたいってなりませんよ、普通。」

「ははは、それで良し。でもね、人間、追い詰められるとどこまでも変わっちゃう生き物だから、ふさぎ込むのだけは駄目だよ。」

「え?」

千春が意味深な言葉を吐く。その言葉の意味を探っている間に、今度は探偵のオッチャンが店にやって来た。

「どうも、まだやってるかい。」

「あ、ども、いらっしゃい。」

探偵入崎がノシノシと歩き出し、千春の前に来ると、彼は千春に

「お隣、いいかい?」

と、声を掛けた。

「え?ああ、どうぞどうぞ。」

と千春。私は彼女に説明した。

「オッチャン、いつもこの席でさ。気にしちゃうだろうけど、気にしないで。」

「お~、なんかドラマチックでいいねー。」

そういうと千春がワクワクしだしたので、私は調子に乗ってオッチャンの情報をもう一つ明かした。

「おまけに本物の探偵さん。」

「えー!?なにこれ撮影?ドラマの撮影か何か!?」

感動から興奮状態になる千春。そんな彼女に、母が後ろから補足を入れた。

「高校からの同級生でね。ちなみに探偵やる前は刑事さん。」

目がこの上ないくらいにキラキラしだす千春。そのやり取りを見ていたオッチャンは、冷や汗を垂らしながら言った。

「おい、頼むから会った人全員に職業公開するのは勘弁してくれ...。このエリアで仕事出来なくなる。」

困惑する彼を前に、千春が尋ねる。

「え、本当の本当に探偵さん!?」

「...どうだろうね。」

「えー!えー!じゃあ一つ依頼したいです!!」

「....。」

「あれ?もしかして常連さん以外お断りなやつ??」

「聞くだけ聞くよ、何かね。」

「探して欲しいものがありまして。」

「はい。」

「私の新たな恋...。」

「おい誰だー!コレ店に入れたヤツ!!」

母と私、ともに苦笑い。

それから後、しばらく四人でお喋りをしていた。私の学校生活の話や、仕事の愚痴話だったり。恋バナを話した時には、オッチャンが何か苦い過去を思い出したようで、ずっと悶えていた。

ある時、この輪の会話が将来の話になって、空気が少しだけ落ち着いた。少し真面目な話題だったからか、その時間だけやけに頭が重くなった。

「他のみんなはもう就職先とか決まってるみたいで。」

千春がほんのり困った顔で言って、それに

「何かやりたい仕事とかないの?」

と、母が聞き返す。

「うーん、やっぱりそれ、そろそろ答え出さなきゃですよね。」

「まあ、せっかく大学行ってるならね。選択肢、多いから迷うと思うけど。」

「そうなんですよ。多すぎて、逆にコレ!っていうのが見つからない感じで。」

悩む千春に、私も何かアドバイスを探してみる。

「うーん...、結婚して専業主婦とか?...あ、えっと。良い人見つけて。」

「名取ちゃん。」

「うん?」

「絶賛募集中!!」

「私に言ってどうするそれを!!」


つづく。

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