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下町の鶴  作者: 瀧ヶ花真太郎
2章.地球照
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7.青い星の光

【本編】

下町の鶴

2章-地球照-

☆Episode.7「青い星の光」

 

「いらっしゃー....」

「よう。」

店にやってきたのは、同級生の河島だった。

「河島....?どうしたの?こんな時間に。」

「どうしたって、飲みにきたんだよ。」

河島がここに来ること自体はそんなに珍しいことじゃないんだけど、こんな遅くに来たのは初で、状況の理解が追いつかない。夜遊びにふけて家を追い出されでもしたのか?

私は考えることをやめ、いつもの表情に戻して接した。

「あ....そう。...あはは、何飲む~?」

「バーボン....。あ....ロックで。」

「ねえよ。てか未成年だろ、お前。」

「あはは。....お前もな!」

「うるせえよ。今日お母さん、風邪気味だから私がやってんの。」

「そうか。偉いな。」

数瞬の沈黙が二人に流れる。

「....てか、本当にどうしたの?お家、心配してんじゃないの?」

「あー...。進路のことで親と揉めて、家を出てきた。」

「そう。まあ大学受験とか、就職とか、色々うるさい時期だもんね。」

そっか。もうそんな時期か。

「お前はここ継ぐんだっけ?」

と、河島が聞く。

「まあね、いつかは女将さんだね~。」

「いいよなあ....、お前は進路決まってて。」

「まあね。」

河島が少し悩んだ表情を浮かべる。

それを見て私は、今朝の険しい顔をした河島のことを思い出した。

誰にも応援されない辛さは、経験したことのない私には分からないけど、家を飛び出してきたっていうほど河島にとっては大切なことなのだろう。

ムードメーカー副長として、というのはなんだけど、ここは重たい空気にするべきじゃない。そんな気がする。

私は、肩に手をおいてやるような態度を示した。

「まあ...、そう落ち込むなって。お茶奢る。」

それを聞いた河島は私の方へ顔を上げて、軽く笑みを浮かべた。

「ロックで?」

「ロ ッ ク で 。 」

 

私はグラスを取り出し、カッ、カッ、と氷をかき出す。

カランコローンと、音を立て、グラスに入れ、冷蔵庫から家庭用の麦茶を取り出す。

注ぎながら私は、脳裏によぎった疑問を河島に聞く。

「そういえば聞いてなかったんだけどさ、」

「ん?」

麦茶の入ったグラスを河島に向けて滑らせる。

河島、ナイスキャッチ。

「今晩どうすんの?」

宿のことについて聞いた。

すると、河島は「あー....」と、少し考える。

私も少し考える。この近くに泊まれるとこなんてあったっけ...?

河島が口を開いた。

 

 

「泊めてくれないか。」

 

 

「.............は?」

この空間の音という音が消えた。とでも言うような沈黙が流れる。

「......ほら!野宿だと課題できないじゃん?」

「あー、まあね。それはキツいよな。」

この言い訳、今思いついて言ったろ、河島。

「だろ!?」

「うん。....いやいやいや、何考えてんの。うちにそんなスペースないよ?」

河島の口角が下がる。

「....だめ.....ですか。」

「ダメです。」

私は迷わずに即答する。

「まじか....。うわああああ!まじかああああ!!」

河島がこれ見よがしに嘆く。

「え、ちょっと....あの....」

困ったな...。いや、というか何、何なのこいつ!?

山岸ん家に泊まればいいじゃん。え、もしかしてもうお願いした感じ?お願いして断られた感じですかこのパターン。

いや、だからって異性の家に来て堂々とそんなことお願いするかよ、マジかよ。

ああ、もう。ワケわかんない。こうなったら

「ねえ、お母さーん?」

母のもとに逃げます。

「あ、おい!チョ待てよ。」

うるさいと言わんばかりに扉をバタンと閉めた。

「どうしたの?」

母は枕だけを頭において、畳に寝転がってる。

いや、布団で寝んかい。

「河島が家泊まりたいとか言ってんだけど。」

「あー、そう。」

「いや、''あーそう''じゃなくて」

風邪が治りかけのときのお母さんって、超絶おっとりになるんだよね...。いや、せめて私に同情くらいしてよ。

「今日、お父さん帰らないんでしょ?お父さんの布団貸してやったら?」

「え.....。いや、あり得ないでしょ。それはない。」

「あらそう...。」

「''あらそう''じゃなくてだな。」

「でも急に泊まりたいって、...何かあったの?」

「家出だって。喧嘩したんだってさ。」

「あら、それは大変だねえ。泊めてやりなよ。」

「だからなんでそうなるんだよ。お母さん風邪移しちゃうよ?」

「ああ、それなら私、ここで寝るから。二人で寝室使いな。」

「え、え!?絶対いや!!」

もう、なんで今日に限って風邪引いてるの。勘弁してよ。

 

 

一方、河島はカウンター席で気まずそうに麦茶を飲んでいた。

「(めっちゃ怒ってんじゃん...。)」

河島から、詩鶴と母親との会話は聞こえていたのである。

「だから!!それはおかしいって言ってんの!!」

ビクッ....

帰るべきだな、やっぱ帰るべきだな。

「なんで....少しくらい分かってくれてもいいじゃん...。」

え、泣いてる...?やばい、引くに引けないな...。

戻ってきたら謝ろう...。

「分かったよ!!やればいいんでしょ!?やれば!!」

ごめん、やっぱ俺怖いわ。逃げよう、今のうち逃げ――

 

ガラガラカラ

戻ってきたーーーー!!!!

 

 

キッチンに戻ると河島と目が合ったので、私はキツく睨み付けた。

「そこで寝て。」

「い....、いいのか?わ、悪いな。」

河島は緊張しきった目をしている。

「ご飯は。」

「え...?」

「食べたの?それとも?」

「あ....ああ!食べたよ。もう満腹満腹!」

「はあ...、今日はもう閉店だな。」

私はそうぼやいて、閉店の準備をする。

「......名取?」

「なに。」

河島が喉から心臓が出そうな様子で声を絞り出す。

「か、課題やってやるよ!お前の分も。」

「いい。それくらい自分でやる。」

私の機嫌を直したいの?結構結構。もういいよ、そんなの。でも...、宿泊代を払いたいって方なら...少しこき使ってやろう。

「それよりちょっと手伝ってくんない?」

「お、おう!なんなりと。」

 

私は店の片付けや、掃除を手伝わせた。

「あ、それそっち。」

「うい。」

河島は予想以上にテキパキと働いてくれた。分からないことも、教えてやれば飲み込みが速くて感心した。

本人曰く、普段バイトでしごかれてるから慣れてるらしい。

してやられたわけじゃないが、河島と仕事してるうちに機嫌も直っていった。だんだん空気は元に戻っていった。

 

「ふう、とりあえずこれでOK。ありがと。」

「おう、どうも?」

二人の額から汗が伝い、光る。

私はやるべきことがもうひとつあったことを思い出した。

「そういえば今日の課題、なんだっけ?」

「ああ....、国、数、英のプリント、一枚ずつ。」

「うわあ....めんど...。」

疲弊した表情を浮かべると、河島はそれを見て

「やろうか?マジで。プリントだけでも。」

''それくらい自分でやる''とか言っちゃったけど、正直、いまこの物量を明日までにこなせる気がしない。

ここは少し甘えよっかな。

「...英語だけお願いしていいすか?」

河島は快諾して私のプリントを受け取ってくれた。

さっきまでの私の言動が少し申し訳なく感じてきた気がした。まあ、泊めてやるのはまだ少し抵抗があるけど。

 

課題を始める河島の目の前で私はフライパンを火にかける。

ボウルに卵を溶き、味噌、砂糖、みりんなどが入った特性ダシを加える。フライパンの上に流し込むと、じゅわ~と良い音が鳴り響いた。塩コショウもかけちゃって濃いめの味にするのが私流。お母さんには「もっと減塩しなさい」と言われるけど、常連さん曰く、お酒に合うから濃いのも好き、と言ってくれる。

 

私がせっせと調理してると、河島がプリントとにらめっこして、ボソボソと一人言を呟く声が聞こえてくる。

「えー...アディクション...。....依存症っと。

うーんと....デッドエンド。デッドエンド...?あれ、なんだったっけ。」

「もうおしまいだー、とか?」

私も、調理をしながらプリントの回答を予想してみる。

「あ、行き止まりだ。思い出した。」

あれ?''死んでおわり''とか、そこらへんだと思ってた。

「......デットなのに?」

急に河島が吹き出す。

「何よ。」

「デッ 「ト」 は借金だよ?」

「え、嘘....。」

依存症....行き止まり....、....借金。

「っははは!お前天才じゃん。」

「うるさ!お前床で寝させんぞ。」

「ワー、モーオシマイダー ( ᐛ)」

こいつ。

「お前さ、今度のテストで赤点とったら―――」

「あー!!なんでそういうこと言うの!考えないようにしてたのに。また居残り食らったらどうすんの!?」

河島は笑いながら

「ええ~、いいじゃん。お前と居ると楽しいし。」

よく躊躇いもなくそんなこと言えるな、異性に向かって。

「んー、野宿プランに変更かな。」

そう言うと、河島は慌てて私のご機嫌を取ろうとする。

「もういいませんから。」

「分かればよろしい。」

 

卵が焼き上がる。それをお皿に移して、その横にほうれん草を添えて

「うし、出来た!名取屋名物、味噌卵焼き~。」

河島がそれに視線を向けると、予想通り驚いてくれた。

「旨そう~。」

「旨いよ~。お母さんに教えて貰ったんだもん。」

んで、父の弁当に仕込むと、帰宅後の機嫌が良いんだよね。両親が喧嘩にならないためのおまじないってやつだな。

 

茶碗にご飯を盛り、一式を河島の目の前に差し出す。

「はい、あげる。」

河島は目を丸くして驚く。

「え、え?いいのか?」

冷静さを保とうとしてるようで、尻尾を振りまくってるのが見え透いたように分かるから、見てて面白い。

「うん、食べな。」

さて、一段落落ち着いたことだし、シャワー浴びてくるか。

河島は大はしゃぎで私の作った卵焼きに飛びつく。

うまい、うまい、と笑顔になる河島に、私は少しちょっかいをかけてやった。

「ねえ、河島。さっき満腹とか言ってなかったっけ~?」

口の中のものを勢いよく飲み込むんだあと、少しむせた。目をそらして言い訳を探そうとする河島に私は、悪戯に微笑んで、からかってやる。

 

――うふふ、っはは。――

 

「ばーか。」

 

 

つづく。

Youtubeにて、今作7話のボイスドラマを公開。

https://youtu.be/-UvTbtPv0pw

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