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下町の鶴  作者: 瀧ヶ花真太郎
7章.ノ木の火
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56.呑気な掃除現場

下町の鶴

7章-ノ木の火-

☆Episode.56「吞気な掃除現場」


明希と瑞希との三人で屋上にやって来ると、うんと背伸びして風を浴びた。

「うーーん、っはああ!やっぱここ最高!」

昼休みの時間しか解放されない屋上は、昼食に持って来いのスポット。本来ならもっと人で賑わっているはずなのだが、珍しく私たちだけみたいで爽快感が凄い。お喋りも捗ることだろう。

「明希、何見てるの?」

瑞希が尋ねる。明希はフェンス越しの町の風景をじっと眺めていた。

「ううん、何でも。」

そう言いながら明希は遠くを見つめる。私は空気を楽しいものに変えようと二人に話しかけた。

「ねえみっちゃん、プチエビフライ食べる?ちょっと多めに入れてきたんだけどさ。」

持ってきたお弁当の中身を瑞希に見せる。

「わあ、本当!?良いの?もらっちゃって。」

「エビフライの話聞いて、そういえば!って思ってさ。奇遇じゃん?」

「凄い...。つるりん、さてはエスパーだなー?」

「えへへ~。明希明希、明希もおひとついかが?」

明希はこちらにキョロっと振り向いて、少し戸惑ってから答えた。

「...良いの?」

「良いよ良いよ、遠慮しないで。」

そうして自分のおかずを分けてあげると瑞希は嬉しそうに、明希は申し訳なさそうにして食べた。

「美味しい。」

その言葉が二人とも同じタイミングで被ると、明希が脳天から煙が出るくらいに顔を真っ赤にするもんで、私と瑞希は大笑いした。


さて、ちょうどいい雰囲気になってきたところ。私は体育祭の話題を切り出した。

「体育祭、楽しみだね。」

驚いてこちらに目を向ける瑞希。明希は空の曇を数えはじめた。

「...そうだね。」

と、慎重に返す瑞希。私は続けた。

「でも私さ、青組の組長みたいな奴に会議に呼びだされてさ。」

「組長??」

「応援団ってやつ?それか役員なのか知らんけど。」

「へえ、つるりん、そんな人達に呼ばれたんだ。」

「そう。でさ、散々私を褒め倒した挙句、何言い出すかと思ったら"優勝のために動ける奴以外は排除"みたいなこと言い出すんだよ?」

「へえ...、熱血な人達なんだね。」

「熱血っていうより独裁だよ。自分らさえ良ければそれで良いみたいな。」

「それはちょっと極端かもね。」

「でしょ?それで私だけ前線に立たせて、あとは要らないみたいなさぁ。滅茶苦茶だよ。」

「サイテーだね。それじゃあみんな置いてきぼりだよ。」

彼女に大きく頷き、次に私は明希に尋ねた。

「ねえ明希、そいつらからもし酷いことされたら直ぐ言うんだよ?」

すると明希はその声に反応してこちらを向き、ポカーンとした顔でこう言う。

「...え?あ、ごめん。聞いてなかった。」

...思わず私はベンチから転げ落ちた。明希ってば、なんでこのタイミングで聞いてないのさ...。

明希に先ほどの話をもう一度伝える。そして、ここで彼女が反応すれば犯人は確実にあいつらだ。そう思っていたのだが、彼女の反応は意外なものだった。

「...そんな人達もいるんだね。」

まるで奴らのことを今知ったかのような言い方だ。でも、もしかしたら私たちに気を遣っての演技なのかもしれない。私はこの話を続けた。

「そうなんだよ、酷くない?」

「うん、酷いと思う。みんなを引っ張るリーダーが、引っ張りたい人だけを引っ張るなんて間違ってるよ。」

明希の反応がさっきから新鮮すぎる。もし遠回しに愚痴を吐きたくて言ってるなら、もっとこう...、嫌みな言い方になるはず。それが今の明希には一切ないのだ。

私は瑞希と顔を合わせ、首も一緒に傾げた。暫く、気まずい沈黙の時間が流れる。このままの空気を維持してしまうと取り返しのつかないところまで踏み込んでしまう気がして、私は咄嗟に話題を変えた。

「まあいいや。明希のお弁当見ぃーせて。」

そう言うと、明希はまたキョトンとした表情を浮かべる。何にせよ、これ以上干渉するのはやめにした。あの青組過激派の奴らが関与していないなら無理に問い詰めるのも違うだろうし、緊急性も低い気がした。



昼休みが終わり、掃除の時間になるとそれぞれの決められた掃除場所へみんな移動し始める。休みが終わり、労働を課せられる生徒らの絶望を嘲笑うかのような明るいクラシック音楽が、この校舎全体に降り注がれるのである。大人の皆さん、お分かりだろうか。この時、この屋根の下の十代の目から晴天が消えていることに。もういっその事、ショパンの「別れの曲」でもかけてほしい。四時間目の終わりに産声を上げ、たった一時間ほどで消えてしまう自由への"追悼の意"を込めて。

さて、私の担当する場所は視聴覚室、いわゆるパソコン室ってやつだ。ここだけ学校感が全然ないというか、カーペット材の床による静粛さと、薄暗さが異世界のような雰囲気を醸し出している。そんな部屋にトボトボと歩きながら到着すると、三年生のお掃除班長が待ち構えていた。

「遅いぞー、名取。」

班長は四角顔でエネルギッシュな雰囲気。胸が張っててゴツく見えるものの、身長はさほど高くない。そんな彼が片腕で掃除機掛けをしながら、もう片方の空いた手は説教に合わせて流暢に動いてる。なんだろう、圧倒的に喧しい。

「雑巾がけじゃないから楽だけどさ?でも早く来ないと一番楽な掃除機を取られてしまうんだぜ?そうするとお前は埃まみれのデスク周りをピカピカにしなきゃいけない。ヤだろ?お前も一応は女なんだし、そういう―――」

う...うるせぇええ...!!口より手を動かせって言ってやりたいのに、右半身がちゃんと勤勉に仕事をしてるっていうのが余計に腹立つ。しかもこんな長文な説教を息継ぎさえ感じないスピードで発するから、脳により大きな負荷がかかる。根本的に悪い人じゃないのは分かるんだけど、溢れ出る"ビジネスくそ野郎"のオーラがそのイメージを塗りつぶしている。

「だからつまりだな?こっちも両手で掃除したいから名取も今後はそういう――」

「ああもう、ごめんなさいって!!ちゃんとやるから黙ってて!」

「...黙っててはないだろう、そもそもお前が遅れなければ――」

「わぁかったからもう、雑巾とってきます!」

「あ、ちょっと待った。」

「何ですか。」

「こっち使いな、今度からは早く来いよ。」

と班長は、「はい、レディーに優しくしてやりました。」とでも言うかのような恩着せがましい笑みで掃除機を渡した。ご丁寧に親指まで立てて。じゃあ最初からそうしろよ、面倒くさいなあ!

「俺は雑巾の方が好きなんだっ。」

「左様ですか。」

「おうっ☆」

私の前で盛大に格好をつける先輩。ジト目で固まっていると、横から一年生の男の子がテキパキと掃除をしながら横切る。

「班長、ナンパしてないで仕事してください。」

と、捨て台詞も付けて。私もそれに合わせ、にやけ顔で

「言われてますよ。」

と言って掃除機を手に、その場を去る。

「ちぇ、冷てえなあ...。」

班長は首をかしげたあと、何とも言えない切なさを放ちながら掃除を再開した。

「なあ、お前ら体育祭、何出んのー?」

班長が話しかける。

「両手で掃除したいんじゃなかったんですかー?」

私は皮肉を込めてからかった。

「口が暇なんだよぉ。」

「暇が理由であんな長く説教したんですか。うわあー、さいてー。」

「いや、だってそれは遅れてくんのが悪いんじゃん。みんな名取が来るのを待ってたんだぞー?」

そういうと一年生の子が無感情な声色で言う。

「僕は待ってないですよ。」

一瞬部屋が静かになる。わー、凄いなー、音という音が消えたー、はははー。...「待ってない」はちょっと傷ついた。


「なあ、足速いやつってモテんのかな。」

班長が呟く。

「どうしたんですか急に。」

「いや、モテんのかなーって。どう思う?名取。」

「知りませんよ。まあ、動ける男子が好きって人も多少はいるんじゃないすかー?」

「適当だなあ、おい。」

「もしかして班長、今好きな人いるんですか?」

班長を半笑いで小突く。

「いや、単純にモテたい。」

「誰でもいいのかよ、最低ですね。あんたも何か言ってやれー。」

一年生君に振ると、彼は氷のように冷たい表情で言った。

「喋ってないで掃除してください、班長。」

「掃除してんじゃん!!口も動かしてはいるけど!」

一年生君は今度は私の方に顔を向けた。え、なになに、その表情のままこっち見ないで。怖いんだけど!?

「名取先輩、貴女がノるから班長が喜んじゃうんですよ?」

「...辛辣だなあ。」


掃除する箇所が予定より早く終わり、掃除終了のチャイムがなるまで暇を持て余した。班長は窓際に、私は回転椅子に腰掛け、一年生君は律儀に磨き残しがないかと辺りを入念にチェックしている。ボーっとしていると、班長が言った。

「一年生、お前、休みの日なにしてんの?」

「僕ですか?」

「あ、私も気になるー。」

「うーん、そうですね。本屋さんに行ったりとかですかね。」

すると班長は半笑いで言った。

「インドアなんだかアウトドアなんだか分かんねえな。もうちょっと冒険しようぜ。」

「冒険...ですか??」

「ああ、サイクリングだとか、山登ったりとか。」

「僕にそんな体力ないですよ。」

「なかったら付けりゃあいいんだよ。運動ができたら楽しいぞ?」

うーん、と考え込む一年生君。私は班長に聞いた。

「先輩はガッツリアウトドア派なんですね。」

「ああ、もちろん!彼女出来たら色んな景色、見せてやるんだ。」

「...未来の彼女さん、大変そうだなあ。」

「大変の先に絶景は待ってるんだ。そういうもんだろ?」

「そういう女の子に出会えるといいですね。」

私は他人事のように素っ気なく答えた。そしてそのタイミングでチャイムが鳴り響く。

「ま、お前らといると楽しいから、今は無理して恋する必要もないわな、ははは。」

そう言うと班長は、慣れた手つきで雑巾を竿にかけ、ノシノシと歩き去っていった。

「班長、何も言わずに帰りおった...。」

「名取先輩、僕も教室戻っていいですか?」

「あーはいはい。お疲れ。」

一年生君は出口の前でクルリと振り返ると、お辞儀をして丁寧に言う。

「お疲れ様でした。」

そうして、今日ものんびりとした掃除の時間が終わった。

放課後の小道具制作の時間が始まる頃、私は不運にも職員室に呼び出され、課題提出のことで説教を受けた。強めの圧で問い詰める先生に

「体育祭で忙しいですし...。」

と言ってみたものの、

「だからって何で家でやって来ないんだ。みんなはちゃんと提出してるんだぞ。」

「おっしゃる通りでございます...。」

袋叩きに合う始末。

そんな披露とストレスの詰め合わせセットを先生から頂き、重たくなった心を引き連れて教室に戻る。しかしあまりにも疲れたので、私は少し遠回りをして戻ってやろうと考えた。

廊下から見える景色に溜息を吐き捨てながら心を入れ替えていく。だんだんと日没だ早くなっているせいか、少し空は青い。

暫く道草していると、人とすれ違うことのないヒッソリとした場所で妙な音が耳に入った。それは複数の男の声が誰かを問い詰めているようにも聞こえる。変に思い、私はその現場にゆっくりと近づいた。

「おい、聞いてんのか。」

「ごめんなさい...、ごめんなさい。」

そこに震えた少女の声が。恐る恐るそこを覗いてみると

「え...?」

そこには何故か明希がいた。


つづく。

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